徹夜明けの頑固職人
それから何日もすると、レコーディングが終わったとの連絡があった。レイスからSNSでメッセージが届いたけど、「とんでもない曲ができたから覚悟しておけよ」と書いてあるのを見て思わず笑ってしまった。普通は「楽しみにしていて」とか、そんな感じなのに。
メッセージが届いたのは深夜だか早朝だかも微妙な午前四時だった。当然のこと、その時間帯のあたしはスヤスヤと眠っていた。
この後は音をバランスよく組み合わせるトラックダウンという工程と、そのあとにマスタリングと呼ばれる最終的な編集がなされるとのこと。
レイスが空気も読まずに専門用語満載の長文メッセージを送ってきたので、キールに内容をかみ砕いて教えてもらった。その熱量から興奮しているのは分かった。
「珍しいな。こういう文章を書く奴じゃないのに。徹夜明けでおかしなテンションになってるんだろうな」
キールが思わず苦笑いしている。たしかに中身は頑固な職人なので、レイスの打つメッセージは素っ気ないものが多い印象がある。それだけに今回できあがったものについては相当な自信があったのだろう。
「まさか死んでから新曲を発表するなんて思わなかったな」
キールが笑いながら言う。あたしも一緒に笑ってあげたいところだけど、あらためてキールが亡くなっていることを思うと笑うに笑えない。キールもそれが分かったのか、それ以上その話は掘り下げなかった。
「もうちょっとで完成するから、そうしたら聴きに来いよ」
長文メッセージの後にはその言葉が続いていた。レイスとしては早く誰かに聴いてもらいたくて仕方がないらしい。
「もちろん」
そう返すと、まだ起きていたのかレイスから返信が届く。ピコンという音を聞いて、思わずキールと顔を見合わせて笑ってしまった。
「試聴会だって」
レイスの返信にはメンバーとごく一部の関係者だけを集めた試聴会を行うとあった。そこでマスタリングまで終えた新しい音源を披露するみたい。場所は都内のスタジオで、マスタリングが終わったらすぐに呼び出しがあるとのこと。レイスの場合だと「今すぐ来てくれ」が普通にあり得る人なので、油断しないようにしないと。
しかしパソコンでも大変な作業だったけど、あのガチのレコーディングの風景からして、完成された音源については比較にならない労力が費やされているんだろうなって、素人のあたしにも分かった。
あたしはキールと作業をしていたから元の曲を知っているけど、あれはパソコンで作ったサンプルの音に過ぎない。
クリエクのメンバーたちが文字通りに命を吹き込んだ音があれば、どんなバケモノみたいな曲に変わっているのか。それを思うととても楽しみだった。それはキールも同じようだった。
「完成品か。こりゃ楽しみだな」
キールがにっと笑う。彼自身がファンみたいなリアクションだった。
「うん、本当に楽しみだね」
決して嘘じゃないし、新曲を聴くのを誰よりも楽しみにしている自信もあるけど、それでも新曲が完成するってことは、それだけキールとのお別れが近付いているような気もして複雑だった。
いつまでもこのままでいる状態がお互いにとっていいことではないっていうのは分かってる。だけど、それでもあたしは終わりを受け入れることが素直にできないところもある。
大人になるっていうのは難しい。
その曲を聴いたら、キールが生き返る世界だったら良かったのに。そんなことはありえないのに、少女の幻想めいた考えが脳裏をよぎってしまう。
その日になっても死なないように、あたしも少しずつ覚悟を決めていかないと……。




