目標へ向かって
恐怖の呼び出しから一転、武道館ライブへ向けた準備と新曲のレコーディングが同時に始まった。
レコーディング・スタジオには、大量の機材が置いてあり、レイスがものすごく怖い顔で睨みをきかせながら他のメンバーの録音を見守っている。
なんでファンのあたしがレコーディングにまで呼ばれているんだろうって思ったけど、前回の一件でレイスからすっかり気に入られてしまったらしい。スタジオで再会したスッピンのレイスは相変わらずおっかないオーラを放っていたけど、あたしの姿を見るとちょっとだけ笑った。
「すげえな、おい。レイスにここまで気に入られた部外者って、おそらく怜愛ちゃん以外にはいないぞ」
あたしにしか見えないキールが感心した口調で言う。見えない誰かと会話をしているのを見られると色々とアレなので、軽く頷くぐらいしかできないけど。
武道館ライブについてはキールも相当テンションが上がっているみたいで、幽霊なのに一番張り切っていた。
だけど、ルンルン気分で鼻歌交じりに歩いていくキールが急に止まった。向こう側へ視線を遣ると、ものすごいスタイルのいい人が歩いてくる。
キールの表情を見た時に、なんとなしにピンときた。
「もしかして、あれが莉乃さん?」
「なぜ分かった? 怜愛ちゃんは超能力者なのか?」
「分かるよ。そんなの」
だって莉乃さんが来た時、キールの表情は明らかに変わった。あれは好きな人にしか見せない表情だ。残念だけど、あたしはそれが分かってしまった。
あたしの予感通り、スタジオには現在レイスと付き合っている莉乃さんも来ていた。彼女も元々は業界の人で、今はクリエクをはじめとしたバンドの裏方でエンジニアやら美術などを器用にこなしているとのことだった。
「あなたが怜愛ちゃん?」
栗色の髪をした、モデルみたいなスタイルの女性に話しかけられた。見た瞬間に白旗を上げたくなる美貌の持ち主が莉乃さんその人だった。
レイスと並んで歩いたらさぞ尊い光景になるだろうなとは思いつつ、いざそのような美貌を持つ人が目の前に現れると、あたしは圧倒されるしかない。
「そうです。あの……キールの遠い親戚です」
レイスから「嘘をつくな!」ってキレられた設定はそのまま維持していた。レイスの機嫌が良くなったからスルーされているけど、この設定が無いとあたしがキールの未発表曲を持っている説明がつかなくなる。
「キールにこんなかわいい親戚がいたなんてね……」
そう言って、莉乃さんは悲しそうな笑顔を浮かべた。
あ、そういえばこの人って前はキールのことが好きだったんだっけ。そう思って宙に浮いているキールを見ると、直視できないせいか微妙に莉乃さんから目を逸らしていた。いや、キール。死んだのに照れてるってどんだけよ。
そう思ったけど、すぐにキールもこの人が好きだったんだろうなって気付いた。キール曰く、「愛してる」って言えないがために曲を作って遠回しに告白を試みるような不器用さだから、結局両思いでもどうにもならなかったんだろう。
難儀だなとは思いつつも、その回りくどさが数々の名曲を生んだのかと思うと、不器用さも創作の世界では結構な武器になるんだなと思った。
そんな思いに浸りながら、あたしは莉乃さんとの会話を続ける。
「レイスさんから聞きましたけど、莉乃さんがキール……さんとレイスさんを引き合わせたんですよね?」
「ああ、よく知ってるね。それ、あんまり大っぴらにしたくないんだけど」
そう言って莉乃さんはペロッと舌を出す。その仕草に何か裏があるように見えた。
「大っぴらにしたくないっていうのは?」
「ああ、ほら。キールもレイスもそれぞれが天才じゃない? よくケンカはしたけどさ。それは二人が無名時代の時からもオーラが別物で、誰もが見た瞬間に大物になるって分かるレベルだったの。それで、彼らのステージを見ている時に『この二人を引き合わせたらとんでもない化学変化が起こる』って思ってたのよね」
莉乃さんがそう言った瞬間、バカなあたしでも何となく話が見えてくる。
「え? っていうことは……?」
「そのーなんていうか、あの二人を会わせてみたいな~って思ってたのね。うん、まあ、
そういうこと」
莉乃さんの話を解説すると、つまりこういうことだ。
――のちにクリムゾン・エクリプスを結成するキールとレイスは、三橋梨乃によって意図的にくっつけられた。
なんと……。まさか、ファンや関係者ですら知らない裏話がこんなところに転がっていたとは。
「今の、レイスには秘密ね。キールは知らないまま旅立ってしまったけど」
莉乃さんは人差し指を口に当てて、イタズラっぽく笑った。
見上げると、キールが苦笑いを浮かべていた。ああ、知らなかったんだな。あたしも知らなかったよ。「第六のメンバー」がこんなところにいたなんて。
だけど、そんな莉乃さんの好奇心から武道館の公演をやるようなバンドが生まれたのだから、本当に人生って分からないなって思う。
「新曲のレコーディングはどれぐらいで終わるんですか?」
「どうだろうね。レイスもこだわりまくる人だからさ。とはいえ、武道館の公演まで時間も無いし。そう考えると昔みたいにレコーディングで倒れるレベルの時間はかけないと思うけど」
そう言って苦笑いする莉乃さん。その口ぶりからして、メンバーの誰かが倒れたこともあるんだろう。ここ最近でレイスの職人ぶりというか、ステージの裏側へいくと怖い職人のイメージが強くなった。とはいえ嫌いになったわけじゃない。それだけガチで音楽に取り組んでるってことだから。
「怜愛ちゃん、ちょっと力を貸してほしいんだけど」
「何でしょう?」
「怜愛ちゃんにはもちろん客席で公演を見てもらうんだけど、演出面でどんな効果があればお客さんにとってエモいかなって思っていて……。それで、『こんな風な演出が欲しい』っていうのがあれば意見がほしいのよね」
「はあ、まあ……」
ちょっと口を開けてバカっぽそうな顔を晒したであろうあたしは、数秒間宙に浮いているキールと目が合う。なんとなしに、その時にテレパシーを受け取った気がした。
「やっぱり、キールが歌っている姿が見えるってところですかね。キールあってのクリエクだと思うし」
「だよねえ。ベストはホログラムなんだろうけどね」
そう言って莉乃さんは顔をしかめる。
「技術的には可能らしいんだけどさ。ホログラムを使うと予算が絶望的な数字なんだよね。調べたら数千万から数億かかる場合もあるとか」
マジか。それだと利益が消し飛ぶどころか、一生支払えない借金を背負って生きていくことになる。
見上げるとキールが「ダメダメ」って感じで首を横に振っていた。ちょっと笑いそうになる。
「それなら、やっぱりキールの立ち位置は空けてもらって、いつも通りに五人で演奏している風にやったほうがいいと思います。後ろの映像でキールの歌う姿を映すとかして」
実際問題キールの映像はそこまでふんだんにあるわけじゃない。そうなると生前の映像作品とかから歌っている姿を編集してくっつけるしかないんだろうなって思う。それでもだいぶ大変そうな気がするけど。
「そうだね。じゃあ、本当のキールの姿は、みんなの頭に思い描いてもらうようにしておこうか」
莉乃さんはどこか腑に落ちたようにそう言う。
「これから徹夜かあ……。お肌には悪いけど、しょうがないよね」
「え? 莉乃さんが自分でやるんですか?」
あたしが驚いて訊くと、莉乃さんが微妙な笑みを浮かべて言う。
「そもそも私はそういうお仕事をしてるからね。この仕事、センスもそうだけど、自分で決めた表現をやり通す体力と意志の強さも必要になるのよね」
そう言って莉乃さんはこれからキツいトレーニングをすると知っているアスリートのような顔をした。そうか、レイスってきっとバンドのメンバー以外にも厳しいんだろうな。美術とか音響の人に「クオリティ落とすなよ!」って怒鳴っている姿がなんとなく想像できる。
でも、それだけみんな本気なんだよね。キール、あなたは本当に幸せだよね。こんなに一生懸命になって取り組んでくれる仲間がいる。
きっとキールにはそう思わせるような何かがあるんだろうな。
武道館公演が本当に成功するよう、あたしもクリエクのみんなを支えていこう。それは本当に微力なものでしかないかもしれないけど、そこにきっと意味はあるんだ。




