第53話 骨の絵とほめ合い合戦
噂は、三日で広まった。
十二の間の噴水が、止まった。しかも、0.3が何かやったらしい。そういう噂だ。
四日目の放課後、空き教室の戸が、こんこんと鳴った。
「えへへ。こんにちはぁ」
顔を出したのは、ノエルだった。
平民の出で、光と治癒の魔法を使う。いつもにこにこしていて、話すのがゆっくりだ。
「ベルントくんの水、止まったって聞いたの。ここで、何してるのかなぁって」
「修行だ」
「しゅぎょう」
「深淵の修行法だ」
ベルントが、横で大きくうなずいた。
「わあ、すごいねえ。あび……なんとか法」
一回では、覚えてもらえなかった。
そのあとから、大きな体がぬっと入ってきた。
「おう、ティオ! ここか、噂の教室は!」
ドミニクだ。学年でいちばん背が高い。身体強化の魔法で、体術の授業では、いつも組んだ相手をなぎ倒している。
その右手が、布でぐるぐる巻きになっていた。
「どうした、その手」
「がはは! 体術で、打ちこみ台を殴ったら、台が勝った!」
布の上からでも分かった。人差し指が、変な向きに曲がっている。
「医務室が混んでてな。ノエルに頼もうと思ってついてきた」
「ドミニクくん、そこ座ってぇ。すぐ治すからね」
ドミニクの手を、ノエルが両手で包んだ。
白い光が、ふわりと広がる。
あたたかそうな光だった。ドミニクの顔から、ゆがみが消えていく。
でも、俺は見ていた。
布の下の指は、曲がったままだった。
「待った」
光が、ぴたりと止まった。
「えっ、なあに?」
「そのまま治したら、曲がったままくっつくぞ」
「……え?」
いつもの笑顔が、初めて固まった。
「いつもは、痛いのを消して、くっつくまで光を当てるの。だいたい、それで治るんだけど……」
「だいたい、だろ」
ドミニクが、自分の左手を見せた。小指の先が、ちょっとだけ外を向いている。
「これ、去年、村で治してもらったやつだ。がはは、曲がってる」
俺は、黒板の前に立った。
* * *
チョークで、骨を描いた。
描いた、つもりだった。
「ティオ、それ、なに?」
「骨だ」
「骨……?」
ベルントが首をかしげた。黒板には、太い棒が二本、ずれて並んでいるだけに見える。いや、実際そうだ。
(絵は、前の世界でも下手だった)
「いいか。骨は、折れた端と端のあいだに、新しい骨が橋みたいにかかって、それでつながる。橋の材料は、体が勝手に運んでくる」
俺は、ずれた棒と棒のあいだに、ぐにゃっとした線を足した。
「ずれたまま橋をかけたら、ずれたままつながる。だから、先にまっすぐ合わせる。それから、橋がかかるのを手伝ってやればいい」
前の世界で、骨を折った同級生の話を聞いたことがある。それくらいの知識だ。でも、たぶん合っている。
黒板の下手な絵を、ノエルはじっと見ていた。
「……まっすぐ、合わせる」
「ドミニク。ちょっと痛いぞ」
「おう。殴れば分かる!」
「殴らない」
ドミニクは自分で、曲がった指をつかんだ。
ごきっ。
「がはっ……! い、痛え! がはは!」
笑いながら泣いている。器用な奴だ。
「ノエル、今だ」
ノエルが、もう一度、両手で指を包んだ。
白い光が広がった。
さっきと同じ光だ。でも、ノエルの顔がちがった。目を細めて、光の奥をのぞきこんでいる。
「……あ」
小さな声だった。
「見える。白いのが、つながっていくの、見える……」
光が消えた。
ドミニクの指は、まっすぐだった。
ドミニクは、指を曲げたり伸ばしたりした。それから、拳を作った。
「おお。前より、よく曲がるぞ!」
「前より、はおかしいだろ」
「がはは! 細けえことは分からん!」
* * *
そのあとが、大変だった。
「ティオくん、すごいねえ」
ノエルが、俺のそばに寄ってきた。
「お医者さんみたい。骨のこと、なんでも知ってるんだねえ」
窓の外で、何かがかさっと鳴った。
植えこみに、リルがいた。窓わくから、耳だけがのぞいている。その耳が、ぺたんと後ろに倒れた。
「……ティオさまは、もっとすごいです」
リルが、窓わくをまたいで入ってきた。
「ティオさまは、泥で人形を歩かせます」
「わあ、すごいねえ。でも、ティオくん、絵も描けるし」
(絵は描けてない)
「ティオさまは、どーんってやつ、できます」
「ティオくんは、あび……なんとか法を作ったし」
二人とも、技の名前を一つも覚えていない。
「お、おい、もういい。もういいから」
「それに、ティオさまは、においもいいです」
「えっ、そうなの?」
俺の肩に顔を寄せて、ノエルがくんくんした。
リルの尻尾が、倍にふくらんだ。
「……だめ。それは、だめです」
「えへへ。ほんとだ、土のにおいがするねえ」
「ほら、終わり! 今日の修行は終わりだ!」
耳が熱い。ごまかすために、黒板の絵を消しはじめた。明日の修行の段取りを、早口でしゃべりながら。
リルが、ふんと鼻を鳴らした。俺の耳の色まで、全部ばれている。
「がはは! いいなあ、ティオ。モテモテだ!」
「お腹すいたよぉ」
ドミニクとベルントは、最初から最後まで、何の役にも立たなかった。
帰りぎわだった。
ノエルが、教室の戸のところで振り向いた。いつもの、ふにゃっとした顔とはちがっていた。
「ティオくん」
「なんだ」
ノエルは、自分の両手を見下ろした。さっき、光を出していた手だ。
「ティオくんの言うとおりにしたら、骨のつながり方が見えたの」




