第50話 噂は学園の食堂へ
買い取り所の前に、人だかりができた。
縄でつながれて、まだ目を回している男が四人。その縄の端を握っているのは、フードの獣人の少女。横には、黙って立つ仮面の男。
ハンスさんが、カウンターから飛び出してきた。
四人の顔を見て、俺の仮面を見て、リルの持つ小袋を見た。
それから、腹をかかえて笑いだした。
「がっはっはっは! 黙り岩が、岩ごと持ってきやがった!」
まわりの冒険者たちも、どっと笑った。
リルが、ハンスさんに全部を話した。
「誰も殺さず、四人まとめてか」
ハンスさんは、気を失ったブルーノの頬をぺちぺち叩いた。
「おい、起きろブルーノ。新入りから盗んだうえに、ナイフ抜いて襲いかかって、逆に生け捕りだとよ。笑えねえ……いや、笑えるな。がっはっは」
目を覚ましたブルーノは、まわりの顔を見て、何も言わなかった。
俺は、腰に結んだままにしておいたひもの切れはしを外して、黙ってカウンターに置いた。リルが、取り返した小袋をその横に並べる。
ハンスさんが、二つの切れ口を太い指でつまんで、合わせた。
ぴたりと、合った。
ハンスさんは、そのまま、ブルーノの腰帯をつかんで引き寄せた。帯の金具に、同じ色の糸くずが、からまったまま残っていた。
「ここに結んで、下げてたな」
ブルーノは、目をそらした。
ハンスさんが、帳面を開いた。
「鼻のことは、帳面に書けねえ。だが、ひもなら書ける」
その日のうちに、ほかの冒険者からも話が出てきた。
「俺も前に、袋をやられた」
「俺の仲間もだ。けが人のふりでな」
「ブルーノのやつ、ずっとやってやがったのか」
ブルーノたちは、ランクを落とされ、罰金を払うことになった。しばらくは迷宮にも入れない。
ハンスさんは、俺の肩をばしんと叩いた。
「よくやった、黙り岩。お前さんの名前、今日でこの町じゅうに知れたぞ」
ノワールの名前だったら、もっとよかった。
でも、まあ、いい。
帰りぎわ、ハンスさんが声をかけてきた。
「おい、黙り岩。お前さん、そのうち三層に下りるつもりだろ」
俺は、立ち止まった。
「地底湖の大トカゲは、ゴブリンとはわけが違う。水の中から来るぞ。下りるなら、ちゃんと準備してからにしな」
俺は、うなずいた。今度は、さっきより深く。
ハンスさんは、それを見て満足そうに笑った。
「しゃべらねえのに、わかりやすいやつだな、お前さんは」
帰り道、リルが聞いてきた。
「あるじ。ばいで、かえせた?」
「どうだろうな。袋を取り返して、あいつらは迷宮に入れなくなった。……倍以上かもしれない」
「やった」
リルは、星の下で小さく跳ねた。
* * *
五月も、もうすぐ終わる。
夜。俺は従者部屋の床に、袋の中身を全部広げた。
銀貨と銅貨を、種類ごとに積んでいく。リルが、横で一枚ずつ数える。
「……じゅうご」
銀貨にして、十五枚。
王都に着いたとき、俺の財布には銀貨が二枚しかなかった。それが、ひと月で、ここまで増えた。
「すごい」
「まだまだだ。ここからだ」
「なにに、つかうの」
「まだ決めてない。でも、いつか必ず要る」
隠れ里も、ロマンのある道具も、全部お金がかかる。リストの半分は、たぶんお金で動いている。
リルが、銀貨を一枚つまんで、高い窓の月明かりにかざした。
「きらきら」
「きらきらだな」
二人で、しばらく銀貨の山をながめていた。
その夜、ロウエンのペトラさんに手紙を書いた。
『王都で元気にやってます。ちゃんと食べてます。傷薬、役に立ちました』
黙り岩のことは書かなかった。書いたら、絶対に笑われる。返事に「はいはい、黙り岩さん」と書かれるのが目に見えている。
傷薬が、どう役に立ったのかも書かなかった。それは、言わなくていいことだ。
* * *
次の日の昼。学園の食堂は、ごった返していた。
俺はベルントと並んで、豆のスープをすすっていた。
ベルントは、隣の部屋のぽっちゃりだ。俺が仮面を「前衛芸術」だとごまかしたあの日から、なぜか昼はいつも隣に座る。今日もパンを三つ確保している。
「ティオ、そのパン食べないなら、ぼくがもらっていい?」
「食べる」
「だよねぇ……」
リルは、壁ぎわに立っていた。従者は、主人と同じ机には座れない。襟の高い従者服で首輪を隠し、背筋をのばしている。手袋をした両手を、前でそろえている。
隣の机で、上級生たちが話していた。
「聞いたか? 迷宮町の話」
「黙り岩だろ。仮面の」
スプーンが、口の手前で止まった。
「獣人の奴隷を連れててさ。Dランクの四人組を、生け捕りにしたんだって」
「南の小せえ民族の大人らしいぜ。一言もしゃべらねえんだと」
「最初の日に、査定係が『なんだこの数値は』って叫んだらしい」
俺は、スープを一気に飲みこんだ。熱かった。むせた。
「ごほっ、げほっ」
「ティオ!? だいじょうぶ? お水、お水……あ、ぼく、水なら出せるんだよぉ」
「出すな。ここで出すな」
ベルントの指先から、もう水があふれかけていた。俺はあわてて、その手を机の下に押しこんだ。
(危ない。食堂が水びたしになるところだった)
「ねえティオ、黙り岩って、かっこいいねぇ。仮面の冒険者だって。ぼく、会ってみたいなぁ」
「……そうか」
「あ、そういえばティオも、仮面持ってたよねぇ。前衛芸術の」
「あれは芸術だ。関係ない」
「そっかぁ」
ベルントは、パンを両手に持ったまま、うっとりと天井を見上げた。
壁ぎわのリルが、ほんのわずかに胸を張ったのが見えた。やめろ。顔に出すな。
息を整えて、顔を上げた。
そのとき、気づいた。
食堂の向こう、窓ぎわの席。
背筋をぴんとのばした女の子が、スプーンを持ったまま、動きを止めていた。
学年首席の、セシリアだ。
彼女の目は、噂話をしている上級生たちに向いていた。
それから、ゆっくりと動いた。
食堂の壁ぎわ。従者たちが並んで立っているところ。
襟の高い従者服を着た、獣人の少女の上で、その目はぴたりと止まった。




