第49話 四人まとめて
四人は、通路の真ん中まで入ってきたところで、足を止めた。
ブルーノが、先頭でにやりと笑った。
「よう、黙り岩。今日は、ずいぶん持ってるじゃねえか」
ほかの三人も、にやにやしている。前に「けが人」だった男は、今日はぴんぴんした足で立っていた。いちばん後ろの細い男は、短い弓を持っている。
「この前の傷薬、よく効いたぜ。礼に、今日の袋も預かってやるよ」
「足、もう治ったんだ。黙り岩の薬のおかげでな」
けが人だった男が、自分の太ももをぱんと叩いて、げらげら笑った。
ブルーノが、腰のナイフを抜いた。
リルが、低くうなった。
「ふくろ、かえして」
「は? なんのことだか」
ブルーノは、肩をすくめた。
「ちびの仮面に、ちびの奴隷。ここは行き止まりだ。痛い目にあいたくなきゃ、さっさと袋を――」
とんとん。
俺は、つま先で地面を二回叩いた。
「深淵の流砂」
声には出さない。口の中だけだ。
朝のうちに、中までふかふかにしておいた床だ。最後のひと押しだけでよかった。土の粒をつないでいた力を、ふっとほどく。
床が、砂になった。
四人の足が、ずぶりと沈んだ。
「うおっ!?」
ひざ。もも。腰。
前の三人は、あっという間に腰まで砂に埋まった。
でも、いちばん後ろの細い男は、通路の入口ぎわにいた。沈んだのは、ひざまでだった。男は、あわてて弓を構えた。
「リル!」
「うん!」
リルが、壁をけって跳んだ。
せまい通路の左の壁、右の壁。砂に沈んだ三人の頭の上を、跳ねるように飛びこえていく。
弓の男が、矢をつがえる前に。
リルのひざが、男のあごに入った。
男は弓を落として、ひざまで砂に埋まったまま、後ろにひっくり返った。
残りの三人は、砂の中でもがいていた。
「くそっ、抜けねえ!」
「なんだこれ、魔法か!?」
「詠唱なんて、聞こえなかったぞ!」
けが人だった男が、砂に埋まったまま腕を振りかぶった。手には、小さな投げナイフ。
ナイフが、俺の仮面めがけて飛んできた。
とっさに、つま先で床を叩く。目の前の床から、手のひらほどの土の板が跳ね上がった。
かつん。
ナイフは土の板に刺さって、止まった。
板を崩すと、ナイフはぽとりと床に落ちた。小技だ。燃料は、まだ大技二回ぶん残っている。
(危なかった。今のは、本気で危なかった)
心臓が、どくどくと鳴っていた。仮面の下で、冷や汗が一筋流れた。
三人は、まだもがいていた。もがけばもがくほど、砂は動いて、足をくわえこんでいく。
ブルーノが、ナイフで砂をかきながら、俺のほうへ腕をのばした。
とんとん。
「大地の鎖」
――要するに、砂の下で、あいつらの足首に土を巻きつけた。
これで、二回目の大技だ。四人ぶんの足首を一度に巻くのは、小技ではすまなかった。
砂の中で、四人の足が、ぴたりと止まった。
もう、もがくこともできない。
リルが戻ってきた。
一人ずつ、前に立つ。
まずは、けが人のふりをした男。リルは、その男の顔をじっと見て、においをかいだ。
「……このにおい。うそつきのにおい」
「ひっ、ま、待て、嬢ちゃん――」
ごん、と額に拳。男は白目をむいた。
次の男も、その次の男も、同じように静かになった。
最後に、ブルーノが残った。
ブルーノの額に、汗が浮かんでいた。
「ま、待て。待ってくれ。悪かった。返す。袋は返すから」
ブルーノは、腰のあたりの砂をかいて、小袋を引っぱり出した。
ひもの切れた、俺の小袋だった。
リルが、それを受け取った。
中をのぞいて、においをかいで、こくりとうなずく。
「ぜんぶ、ある」
「なっ? 返したろ? な? だから――」
ブルーノが、俺を見上げた。
俺は、黙っていた。
仮面の奥から、ただ、ブルーノを見下ろしていた。
しゃべらないのは、ノワールだからだ。
でも、今は、それだけでもなかった。
言いたいことが、多すぎた。だから、何も言わなかった。
ブルーノの顔から、すうっと血の気が引いた。
「……な、何とか言えよ……」
リルの拳が、ブルーノのあごを打った。
ブルーノは、静かになった。
通路が、しんと静まった。
リルが、ふうっと息を吐いて、俺のほうを振り向いた。フードの奥の目が、まだ少し光っている。
「あるじ。みんな、いきてる」
「ああ。それでいい」
俺は、砂に埋まった四人を見下ろした。
殺そうと思えば、たぶんできた。流砂をもっと深くすれば、それで終わりだった。
でも、それをやったら、俺はこいつらと同じ側に立つことになる。袋を盗むのと、命を盗むのは、きっと同じ道の上にある。
* * *
砂をほどいて、四人を引っぱり出すのに、しばらくかかった。
大技は、あと一回残っている。でも、これは使わない。
かわりに、腰の袋の土で、細い縄をなう。小技をくり返して、四人の手首を一本の土の縄でつないでいく。
縄の端を、俺とリルで持った。
「せーの」
引っぱる。
重い。
大人四人だ。重いに決まっている。
ずる、ずる、と、気を失った男たちが、苔の床をすべっていく。
十歩で、俺の腕がぷるぷるしてきた。
リルが、俺の手から縄を取った。
「わたしが、引く」
「いや、俺も」
「あるじは、うしろ、見てて」
リルは縄を肩にかけて、ぐいっと前に出た。四人の大人が、ずるずるとついていく。
……俺より、リルのほうが、ずっと力持ちだ。
俺は、仮面の下で情けない顔をしながら、その後ろを歩いた。
二層の階段を上り、一層の回廊を抜けて、地上の光の中へ。
入口の前にいた冒険者たちが、ぎょっとして道を開けた。
縄でつながれた大人四人を、小柄な仮面と獣人の少女が、引きずって出てきたのだから。
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