第48話 二層の墓穴
次の闇の日。
俺たちは、朝いちばんに迷宮へ入った。
まずは二層の、あの細い通路へ行った。誰もいないのを確かめてから、床の土に手を当てる。
とんとん。
大技は使わない。小技を、何度も、何度も。
通路の床の、表面から腰の深さまで。土の粒と粒のすき間を、ほんの少しずつ広げていく。上から見ても、踏んでも、何も変わらない。ただ、中だけが、ふかふかになる。
ロウエンで岩猪を落とした、あの落とし穴と同じやり方だ。
「あるじ。なに、してるの」
「墓を掘ってる」
「おはか?」
「たとえだ。誰も死なない」
首をかしげながらも、リルは通路の入口で見張りをしてくれた。
あのときは、猪一頭ぶんで息が切れた。今は、通路まるごとでも、昼前に終わった。
(なんか成長を感じる)
最後に、自分で踏んでみた。
足の下は、ふつうの固い床だ。でも、つま先で二回叩くと、足の裏に返ってくる揺れが違う。中が、ふかふかの綿みたいに頼りない。
「リル。ここ、歩いてみてくれ」
リルが、とことこと通路を往復した。
「……ふつう。なにも、ない」
「よし。リルの足でもわからないなら、あいつらにもわからない」
「わたしの足、すごい?」
「すごい」
尻尾が、マントの下でばたばたした。
* * *
一度一層まで戻って、角ウサギを何匹か仕留めた。見せびらかす袋の中身を、増やしておくためだ。角は全部、根元からきれいに外す。
「ふくろ、ふくらんだ」
「よし。えさは十分だ」
「えさ、って、なんか、かわいそう」
「えさにかかるほうが悪い」
それから、二層の入口近くの広い場所に戻った。人通りの多いところだ。
リルが、袋をわざと大きく開けて、中身をのぞかせた。小魔石。角。光る苔。朝から集めたぶんだ。
「あるじ。きょうも、たくさん」
いつもより大きな声だった。
ちょっと棒読みだ。
すれ違った冒険者が、ちらりと袋を見た。
「お、黙り岩。今日も景気いいな」
「はい。たくさん。とても、たくさん」
ぎこちなく胸を張るリルを見て、冒険者は笑って通りすぎていった。
俺は、仮面の下で小声で言った。
「……リル。もうちょっと自然に」
「しぜん、むずかしい」
「さっきのでいい。十分、目立ってる」
そのまま、二人で奥へ歩きだす。
しばらくして、リルの鼻が、ひくりと動いた。
前を向いたまま、小さな声で言う。
「……きた。あの四人。うしろ、ずっと遠く」
「まちがいないか」
「ない。……いやなにおい。うそのにおい」
俺も、つま先で地面を叩いた。
足の裏に、揺れが伝わってくる。俺たちの後ろ、ずっと離れたところを、四つの足音がつかず離れず歩いている。
食いついた。
(本当に来た。ハンスさんの言ったとおりだ)
喜んでいいのか、腹を立てていいのか、分からなかった。あいつらは、また誰かの袋を狙っている。今日は俺たちだっただけだ。
リルの尻尾が、マントの下でぴんと固くなっていた。
「リル。ふつうに歩け。気づいてないふりだ」
「ふり。……むずかしい」
「さっきの自慢よりは簡単だ」
俺たちは、ゆっくり、細い通路のほうへ曲がった。
* * *
通路の奥は、行き止まりだ。
俺とリルは、その行き止まりの壁を背にして立った。
ここから先へは逃げられない。逃げる気もない。
通路の入口から、行き止まりの手前まで、ふかふかの床がまっすぐ続いている。俺たちの立っているところだけが、固い土だ。
俺は、外套のすそを払った。仮面の位置を直す。
来る。
足音が、だんだん近づいてくる。
胸が、どくどく鳴っていた。
怖い。正直に言えば、怖い。相手は大人で、Dランクで、四人だ。刃物も持っている。
「あるじ。こわい?」
リルが、ささやいた。
「……ちょっとな」
「わたしも。でも、だいじょうぶ。わたしが、いる」
その声は、ふるえていなかった。
足音は、まだ遠い。曲がり角を一つずつ、確かめるように進んでくる。
俺は、小声で続けた。
「リル。もし、あいつらが一人でも刃物を投げてきたら、すぐ俺の後ろに入れ」
「やだ」
「やだ、じゃない」
「あるじが、まえに出ると、わたしが、こまる。わたしが、まえ」
こういうとき、リルは絶対に譲らない。ロウエンで、ピアを探しに森へ入ったときもそうだった。
「……じゃあ、二人とも前だ。並んで立つ」
「うん。ならんで」
リルが、俺の左に半歩寄った。肩と肩が、軽く触れた。
それで、俺の胸の音も、すっと落ち着いた。
(来いよ)
俺は、ゆっくり息を吸った。
声を、できるだけ低くする。のどの奥から、地面の下から響くみたいに。
「――お前らの墓は、もう掘ってある」
言えた。
ちゃんと、決まった。
ロウエンの森で、狼の群れに言って以来だ。今度は、人間相手に。
横で、リルが、両手を頭のほうへ持っていった。
頭を抱えるやつだ。ネロがよくやるやつだ。
でも、リルの手は、途中で止まった。
そして、ぎゅっと胸の前で組まれた。
「……あるじ、声、へん」
「低くしたんだ」
「でも」
リルの尻尾が、マントの下でばたばた動いた。
「かっこいい」
……うん。そうだろう。
仮面の下で、顔が熱くなった。
そのとき。
通路の入口で、足音が止まった。
ひそひそ声。くすくす笑い。
それから、四つの足音が、そろって、ふかふかの床へと踏みこんできた。




