第47話 盗られた小袋
ハンスさんは、カウンターに太い腕を組んで、うなった。
「ブルーノか」
夕方の買い取り所だ。リルが、二層であったことを全部話した。けが人のふり。傷薬。切られたひも。
ハンスさんの顔は、話を聞くうちにどんどん渋くなった。
「あいつら、前にも似たような話が何度かあった。新入りから素材をかすめる。でもな」
ハンスさんは、首を振った。
「証拠がねえ。迷宮の中には、見てたやつがいねえ。ブルーノは『薬をもらっただけだ』と言うだろうよ。小魔石なんて、どれも同じ顔してるしな」
「におい、ある」
すかさず、リルが言った。
「わたしの鼻、覚えてる。四人とも」
「嬢ちゃんの鼻を疑うわけじゃねえ。けどな、ギルドの帳面には、鼻のことは書けねえんだ」
リルの尻尾が、マントの下でぶわっとふくらんだ。
「じゃあ、どうするの」
ハンスさんは、声を落とした。
「……迷宮の中のことは、迷宮の中で片をつける。それが冒険者のやり方だ。ただし、殺しはだめだぞ。生きて連れてくりゃ、あとはこっちでなんとかする」
そう言って、ハンスさんは俺の仮面を見た。
「できるか、黙り岩」
俺は、黙ってうなずいた。
ハンスさんは、鼻を鳴らした。
「いい返事だ。しゃべらねえ返事だがな。……ああ、それとな、ブルーノは見た目ほどばかじゃねえ。この前うまくいった手は、また使ってくる。新入りが、たくさん持ってるときにな」
それは、いいことを聞いた。
* * *
その夜は、迷宮町の安い個室に泊まった。
雑魚寝の四倍の値段だ。痛い出費だ。でも、作戦会議には机が要る。ほかの冒険者に聞かれたくもない。夜明け前に出れば、昼からの授業には間に合う。
部屋に入って、扉に閂をかけて、俺はやっと仮面を外した。
顔が熱かった。
腹が立っていた。
小魔石を盗られたことにも、もちろん腹が立つ。俺たちの一日だ。
でも、いちばん腹が立ったのは、別のことだった。
けが人のふりをされたこと。
次に、本当にけがをした誰かが「助けてくれ」と叫んだとき。俺は、一瞬迷うかもしれない。あの四人は、それを俺の中に置いていった。
「ティオ」
寝台のはしから、リルが俺の顔をのぞきこんだ。
「怒ってる」
「……怒ってる」
「わたしも、怒ってる」
耳は、まだ後ろに倒れたままだった。
「ごめんな、リル。お前の鼻は、当たってた。俺は、けが人ばかり見て、うしろの手を見てなかった」
「いい。ティオは、たすけようとした。それは、いいこと」
きっぱりした声だった。
「わるいのは、あの四人」
俺は、大きく息を吐いた。
それから、机の上に、腰の袋から土を出した。
とんとん、と床をつま先で叩く。
土が、机の上で形を変えていく。洞窟の壁。通路。広い場所。細い場所。行き止まりの小部屋。
二層の、地図だ。
足の裏で聞いた揺れと、目で見た道を、覚えているかぎり土で作った。
「すごい。ちいさい、洞窟」
「ここだ」
俺は、一本の細い通路を指さした。人が一人通るのがやっとの幅で、奥は行き止まり。床は、やわらかい土。
「ここに、あいつらを呼びこむ」
「どうやって」
「えさをまく。俺たちが、たくさん素材を持ってるところを見せる。あいつらは、また来る。一度うまくいったやつは、必ずもう一度やる」
リルの耳が、ぴんと立った。
「わたし、なにする?」
「大きな声で、袋の中身を自慢してくれ。それから、あいつらが近づいてきたら、においで教えてくれ」
「じまん。……できる。たぶん」
「言ってみろ」
すうっと、リルは息を吸った。
「……あるじの、ふくろ、いっぱい。すごく、いっぱい」
声が、ふだんの半分くらいしか出ていなかった。
「もっと大きく」
「あるじの、ふくろ、いっぱい!」
今度は、隣の部屋の壁がどんと鳴った。うるさい、ということらしい。
二人で、首をすくめた。
「……本番で頼む」
「うん。ほんばん、がんばる」
俺は、土の地図の上に、小石を四つ置いた。四人だ。
「大技は三回。一回目で、あいつらの足を止める。二回目で、動けなくする。三回目は、使わない。帰り道のために残す」
「のこす」
「そうだ。全部使いきったら、俺は倒れる。倒れたら、リルを守れない」
リルは、地図の上の小石を、指でつんとつついた。
「わたしが、あるじを、まもる」
「……じゃあ、お互いさまだな」
俺は、指を一本立てた。
「影の強者の作法、その五」
リルが、背筋をのばした。この「作法」の話をするとき、リルはいつも真剣に聞く。
「やられたら、倍で返す」
「ばい」
「二倍ってことだ。でも――」
指を、もう一本立てる。
「殺さない。生きたまま、ハンスさんのところへ連れていく」
リルは、しばらく黙って、それからこくりとうなずいた。
「ころさない。つれていく」
「そうだ」
俺は、土の地図を見下ろした。
細い通路。やわらかい床。大人が四人。俺の燃料は、大技三回。
一つずつ、頭の中で順番を並べていく。
リルが、窓の外の暗い丘を見ながら、低い声で言った。
「におい、覚えた。次に来たら、わかる」




