第5話 砂つぶを数える
六歳の夏になった。
俺の修行は、ますます地味になっていた。
空き地に、乾いた砂を一山。そこから砂つぶを一つだけ選んで、となりへ動かす。また一つ。また一つ。数えながら、並べていく。
百。二百。三百。
動かすのは、目に見える中でいちばん小さい砂つぶだ。魔力は、ほとんど減らない。そのかわり、目と頭がものすごく疲れる。
一年前は、三つ同時に浮かせると、全部ぽろぽろ落ちた。今は、十個くらいなら別々の方向へ動かせる。
(誰もいない空き地で、砂つぶを数える六歳)
字にすると、かなりあぶない。
でも俺は、この修行が好きだった。砂つぶを並べると、絵が描けるからだ。
今日描いているのは、地図だ。
山があって、谷がある。谷の奥に、小さな家が並んでいる。まわりをぐるりと岩の壁が囲んでいて、入口は一つだけ。外からは、ただの岩肌にしか見えない。
リストの三番。秘密の隠れ里。
家の数は、まだ三つ。一つは俺の家。あとの二つに誰が住むのかは、まだ決めていない。
谷の真ん中に、いちばん小さな砂つぶで旗を立てた。
名前は、まだない。名前は大事だから、ちゃんと考えてからつける。
「ティオー、なにかいてるの?」
塀の上から、声がした。
ピアだ。五歳になって、塀によじ登るのを覚えた。
俺は、手のひらで地図をざっと崩した。
「なにも」
「いま、おうち、あった」
「なかった」
「あった」
「……あめは、ないぞ」
ピアはほっぺをふくらませて、塀の向こうへ降りていった。悪いことをした。
でも、これは誰にも見せない。俺だけの地図だ。
* * *
砂つぶの修行をしているうちに、癖が一つできた。
魔法を使う前に、つま先で地面を二回、とんとんと叩く。
最初は、ただのかっこつけだった。
「大地に、聞く」
そうつぶやいて、つま先で二回。ラノベの主人公がやりそうな仕草だ。
ところが、やってみると本当に役に立った。
叩いたときに足の裏へ返ってくる手ごたえが、場所によってちがう。固い土は、こつこつ。やわらかい土は、ぼふぼふ。下に石が埋まっていると、かちっと硬い。
スイカを指で叩いて、中身を確かめるのと同じだ。音と手ごたえで、見えない場所の様子が分かる。
それからは、とんとん、が手放せなくなった。
「ティオ、また足でとんとんしてる」
ネロが空き地をのぞいて、あきれた顔をした。
「大地に聞いてるんだ」
「はいはい。で、大地はなんて?」
「……ここの下、石がある」
ネロが、試しに足元を棒で掘った。拳くらいの石が出てきた。
「……マジかよ」
「大地は、嘘をつかない」
「お前はよく嘘つくけどな」
ネロは石をぽいと投げて、仕事に戻っていった。十一歳になったネロは、市場で荷運びの手伝いをしている。
* * *
夏の終わり、東門の近くで隊長に会った。
東門のすぐ内側には、大きな石碑が立っている。俺の背の三倍くらいある、灰色の石だ。表面には、細かい字がびっしり彫ってある。
隊長は、その前に一人で立っていた。
俺とピアは、市場の帰りだった。手には、もらいものの芋が二つ。
「……坊主か」
隊長は俺たちに気づいて、ひげをなでた。
「たいちょう、これなあに」
ピアが、石碑を指さした。
「名前だ。死んだ人の」
隊長の声は、いつもより低かった。
「八年前、森から魔物があふれた。大暴走という。この門も、街の半分も燃えた」
八年前。俺が生まれる、二年前だ。
俺は、石碑を見上げた。字は、数えきれないほどある。これが全部、名前なのか。
「また、来るの?」
俺が聞くと、隊長はしばらく黙った。
「……あれは、また来る」
それだけ言って、隊長は俺の頭に大きな手を置いた。
「腹は減ってないか」
「芋がある」
「そうか」
隊長は、門のほうへ戻っていった。門の前では、守備隊の人たちが顔を寄せて話しこんでいる。
「森から、何か下りてきてるって話だ」
「でかい足跡を見たやつがいる」
「どうせ見まちがいだろ」
ピアが、俺の手をきゅっと握った。
「ティオ。まものって、くる?」
「来ない。来ても、守備隊がいる」
「ティオは?」
「俺は……」
影の強者だから、とは言えなかった。五歳のピアに言っても、意味が分からない。それに、六歳の俺に何ができるのか、自分でも分からなかった。
「俺は、芋を持って帰る係だ」
「ふーん」
ピアは、俺の手を握ったまま、石碑をもう一度見上げた。
帰り道、俺は何度か振り返った。灰色の石は、夕日の中で黒っぽく見えた。
* * *
その夜、俺はなんとなく眠れなくて、貧民街の外れまで歩いた。
どぶ坂のいちばん低いところ。街の汚れた水が集まって、城壁の下の水路から外へ流れていく場所だ。とにかく、におう。だから、誰も来ない。
水路の出口には、鉄の格子がはまっている。赤くさびて、ところどころ細くなっていた。
月が明るかった。
格子のそばの泥に、何かのくぼみがあった。
俺はしゃがんで、つま先で地面を二回叩いた。とんとん。くぼみの底だけ、土がぎゅっと押し固められている。重いものが、上から踏んだあとだ。
足跡だった。
ひづめの形をしている。牛や馬の足跡なら、見たことがある。でも、これはそのどれとも大きさがちがう。
俺は泥に手をついて、くぼみに顔を近づけた。
――俺の頭より、でかい。




