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土魔法しか使えない俺の隠れ里に、捨てられた天才たちが集まりすぎている  作者: 雅龍(がりゅう)
第1部 幼少編

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第4話 パンの借り

 俺は、路地の角に体を引っこめた。


 心臓が、ばくばく鳴っている。


(見つかったら、どうなる?)


 怒られるのか。ほめられるのか。それとも、どこかへ連れていかれるのか。読んできたラノベの展開が、頭の中で全部まとめて騒ぎだした。


 隊長は、井戸の前から動かなかった。


 やがて、水をくみに来た子どもたちが集まってきた。隊長はしゃがんで、一人ずつに聞いた。


「この桶、誰が置いた」


「しらない」


「わかんない。いつの間にかあった」


 みんな本当に知らないから、答えが早い。


 最後に、毛布を引きずったピアの番が来た。


 俺は、息を止めた。


 ピアは、隊長の顔をじっと見上げた。路地の角のほうは、ちらりとも見なかった。


「ないしょ」


「……ないしょ?」


「あめのやくそく。だから、ないしょ」


 隊長の太い眉が、ぴくりと動いた。


(ピア、それ、半分しゃべってる)


 隊長は、しばらくピアを見ていた。それから、大きな手でピアの頭をぽんと叩いた。


「そうか。約束なら、守れ」


 隊長は立ち上がり、桶をもう一度だけ見た。そして何も言わずに、見回りに戻っていった。


 俺は路地の角で、壁にもたれてずるずると座りこんだ。


 影の強者の秘密は、四歳の口の固さで守られた。半分くらいは。


     * * *


 その年の冬は、寒かった。


 雪が早く降った。市場の店が、昼前に閉まるようになった。ゴミ箱に捨てられる野菜くずも、どんどん減った。


 芋がない。パンの耳もない。


 廃屋の真ん中の鍋は、三日前から空っぽだった。


「……ネロ、おなかすいた」


 小さい子が、ネロの袖を引っぱった。


「わかってる。寝てろ。寝てりゃ腹は減らねえ」


 ネロはそう言って、自分の毛布をその子にかけた。ネロだって、もう何日もまともに食べていない。頬がこけている。


 俺は、廃屋のすみで手のひらを見ていた。


 土なら動かせる。泥の人形も作れる。屋根の穴もふさげる。井戸の水もきれいにできる。


 でも、土は食べられない。


 前の世界の知識を、頭の中でひっくり返した。畑。肥料。種。どれも春にならないと役に立たない。今は全部、雪の下だ。


(チートって、腹はふくれないんだな)


 それでも、何かしたかった。


 俺は夜のうちに、みんなの寝床のまわりに、ひざの高さの泥の囲いを作った。すき間風の通り道を、全部ふさぐ。かまくらと同じだ。雪でできた家でも、風さえ止めれば中はあたたかい。


 朝、小さい子たちは、囲いの中で丸くなって眠っていた。


「なんか、きのうより寒くない」


「ほんとだ。なんでだろ」


 みんな首をかしげていた。泥の囲いは、夜の暗がりでは壁のしみにしか見えない。


 でも、寒くないだけだ。腹は、やっぱり鳴っていた。


 その夜。


 みんなが寝静まったころ、ネロが起き上がった。ぼろ布を肩に巻いて、そっと戸口へ向かう。


 俺は先回りして、戸口の前に立った。


「どこ行くんだよ」


「……起きてたのか」


「どこ行くんだよ、ネロ」


 ネロは、俺を見下ろした。十歳のネロは、五歳の俺よりずっと大きい。


「市場のパン屋。裏の窓、鍵がゆるいんだ」


「盗むな」


「は?」


「盗むなよ。つかまったら、ネロがいなくなる」


 ネロの目が、すっと細くなった。


「じゃあ、お前が飯を出せんのか」


 答えられなかった。


「出せんのかって聞いてんだよ。ピアは昨日から水しか飲んでねえ。チビどもは、泣く力もなくなってきてる。それ見て、盗むなって言うのか」


「……言う」


「言うだけなら、誰でもできんだよ」


 肩を押しのけられた。強い力ではなかった。それでも、俺の足は勝手に一歩下がった。


 言い返す言葉が、一つも出てこなかった。


 戸が、がたりと開いた。


 冷たい風と雪が、どっと吹きこんできた。


 そして、戸口に立った背中が、そのまま動かなくなった。


「……なんだ、これ」


 俺は、ネロの脇から外をのぞいた。


 戸口の前の雪の上に、布の包みが置いてあった。


 しゃがんで包みを開くと、中は黒パンだった。数えると、十二個。廃屋で寝ている全員と、ちょうど同じ数だった。


 包みのまわりの雪には、足跡が残っていた。大人の、大きな靴の跡だ。それが一列、東門のほうへ続いている。


「……隊長だ」


「わかるの?」


「こんなでかい足、この街に一人しかいねえよ」


 パンを抱えたネロが、廃屋の中に戻った。小さい子たちを一人ずつ揺すって起こし、一個ずつ手に持たせる。ピアは寝ぼけたまま、パンにかじりついた。


 最後の一個を、ネロは俺に放ってよこした。


「ほら。お前の分」


 黒パンは固くて、すっぱくて、まだほんのり温かかった。


 自分の分をかじりながら、ネロがぼそっと言った。


「隊長んち、お前くらいのガキがいるんだってよ」


「俺くらい?」


「五つか六つか、それくらいの息子。だからチビを見ると、ほっとけねえんだろ」


 それからネロは、戸口のほうをにらんだ。


「言っとくけどな。次もパンが落ちてるとは限らねえぞ」


「……わかってる」


「わかってんなら、いい」


 それきり、ネロは黙った。俺も、何も言えなかった。


 みんなが寝たあとも、俺は起きていた。


 ネロは、間違っていなかった。俺は、盗むなと言っただけだ。腹をすかせたみんなを救ったのは、隊長の十二個の黒パンだった。俺の土魔法は、何もしていない。


 俺は、廃屋の壁の前にしゃがんだ。


 爪を立てて、古い板にがりがりと字を刻む。


『借り パン十二こ』


 影の強者は、名乗らない。


 でも、借りは返す。


 何年かかっても、必ずだ。


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