第45話 黙り岩と呼ばれて
◆リル視点
ティオは、しゃべらない。
ノワールのときのティオは、しゃべらない。声が子どもだから。それと、かっこいいから。
だから、わたしがしゃべる。
それが、わたしの仕事。
* * *
査定が終わって、出ようとしたら、通せんぼされた。
大きな男の人が三人。お酒のにおい。わくわくしてるにおい。いやなにおいは、しない。
「よう、仮面の。一杯おごらせろよ」
「ハンスのおやじに、あそこまで叫ばせたやつは久しぶりだ」
ティオが、ちょっとだけ、わたしを見た。
仮面で目は見えない。でも、わかる。においが、困ってる。
「……ちょっとだけ、なら」
わたしが答えた。
酒場のすみの席に、座らされた。ティオの前に、お酒のジョッキ。わたしの前に、果物の水。ティオはジョッキにさわらない。わたしが、こっそり取りかえた。
男の人たちは、いっぱい聞いてきた。
「どこから来た」
「南、です」
ほんとうは東。ロウエンは東。でも、ティオが前に言ってた。聞かれたら南って言えって。
「なるほどな。南の小せえ民族か。あっちのやつらは、大人でも背が低いからな」
「無口なのも、あっちの風習か?」
「あるじは、しゃべらない、です」
「何を聞いても?」
「はい」
「一言も?」
「はい」
「歌も歌わねえのか?」
「はい」
「くしゃみは?」
「……はい」
ほんとうは、くしゃみはする。でも、言わない。
男の人たちは、顔を見合わせて、げらげら笑った。
ノワールは、じっと座っている。背中をまっすぐにして、腕を組んで。ぜんぜん動かない。
でも、テーブルの下で、つま先がもぞもぞしてる。わたしには見える。
ハンスのおじさんが、カウンターから大声で言った。
「おう、そいつはな、一言もしゃべらねえんだ! 岩みてえに黙ってやがる!」
「黙り岩だな!」
だれかが言った。
みんなが、どっと笑った。
「黙り岩!」
「いいじゃねえか、黙り岩のノワ!」
ジョッキがぶつかる音がした。
となりのにおいが、ぎゅっと変わった。
すねてるにおい。
知ってる。どぶ坂で、ピアに「はいはい、影の人」って言われたときと、同じにおい。
でも、わたしは、胸がどきどきしていた。
だまりいわ。
かたくて、おもくて、ぜったい動かない。どんな魔物がぶつかってきても、へいき。
それって、すごく、かっこいい。
「嬢ちゃん。あんたの主人、強いのか」
いちばん大きい男の人が、聞いてきた。
わたしは、まっすぐ答えた。
「つよい。いちばん」
男の人たちが、また笑った。今度は、ばかにする笑いじゃなかった。
「奴隷にそこまで言わせるか。いい主人なんだな」
いちばん大きい人が、わたしの首輪を見た。
首輪は、本物。ここでは、見えるようにしてる。そのほうが、ノワールらしいから。
首輪を見て、いやな顔をする人は多い。でも、この人は、しなかった。
「首輪、きつくねえか」
「へいき。あるじ、やさしい」
「そうかい」
男の人は、ジョッキをかかげて、ノワールの前の果物の水に、こつんと当てた。
ノワールは、やっぱり動かなかった。でも、つま先が、またもぞもぞした。
うれしいときの、もぞもぞ。
* * *
帰り道。迷宮町の明かりが、うしろに小さくなった。
王都までの道は、まっくら。星だけが、いっぱい。
ほかの人のにおいがしなくなってから、ティオは仮面を外した。
「……黙り岩ってなんだよ」
やっと、しゃべった。
「漆黒の地導師はどこいったんだよ。ノワールはどこいったんだよ。ノワで、黙り岩。どんどん短く、どんどん地味になっていく」
「かっこいい」
「どこが」
「かたそう。つよそう」
「岩だぞ。ただの岩」
「ティオ、岩、すき」
「土は好きだけど、岩って呼ばれたいとは言ってない」
ティオは、口をとがらせた。
それから、ふっと笑った。
「……でもまあ、二つ名は二つ名か。リストの一番、半分くらいは叶った」
「りすと?」
「やりたいことのノートだ。前に話しただろ」
「おぼえてる。七ばんも、かなった。なんだこのすうち」
「そう、それ! あれは最高だった」
ティオは、急に早口になった。
「なんだこの数値は、だぞ。本物の査定係が、本気で叫んだんだ。ラノベの中だけの話だと思ってたのに。あのとき俺、仮面の下で泣きそうだった」
「しってる。においで、わかった」
「……においでわかるのか、それ」
「わかる」
ティオは、耳が赤くなった。暗くても、わたしには見える。
ノートの話も、覚えてる。
まだ小さかったころ。名前をもらった夜。ねむれなかったわたしに、ティオがずっと話してくれた。かっこいい名前。仮面。隠れ里。ケモミミの仲間。
ケモミミが、わたしのことだって知ったのは、ずっとあとだった。
ティオは、夜空を見上げて歩いている。仮面を手に持って、ぶらぶらさせて。
わたしは、その横を歩く。
ちょっと、近づいてみる。
肩と肩が、こつんとぶつかった。
ティオは気にしない。前を見たまま、「明日の授業、眠いだろうな」って言っている。
わたしは、気にする。
なんでかは、わからない。最近、ときどき、こうなる。
風が吹いた。
ティオのにおいが、ふわっと来た。
土のにおい。お日さまのにおい。それと、ほんのちょっと、汗。
市場の裏で、はじめてかいだときと、同じ。
王都に来ても。Dランクになっても。黙り岩になっても。
ティオのにおい、変わってない。




