第44話 査定係の叫び
迷宮町の買い取り所は、ギルドの出張所も兼ねていた。
石の建物の一階に、長いカウンターがある。奥に大きな秤。カウンターの横の扉は開けっぱなしで、そのまま隣の酒場につながっていた。
査定を待つ冒険者の列は、酒場の中までのびていた。
ジョッキの音。笑い声。焼いた肉のにおい。
「おなか、すいた」
リルが小さくつぶやいて、俺の外套のすそをにぎった。
カウンターの向こうで、大きな男が素材をにらんでいた。四十すぎくらい。腕は丸太みたいに太く、あごひげがもじゃもじゃだ。
「ほい、次ぃ! 大トカゲの皮! ……おいおい、穴が三つも開いてるじゃねえか! 半値だ半値!」
「そりゃないぜ、ハンスのおやじ!」
「穴を開けたのはお前だろうが! 次ぃ!」
声がでかい。耳がきーんとする。
この人が、査定係のハンスさんだ。前に並んだ冒険者たちの話で、名前はすぐに分かった。
俺たちの前の男が、こっちを振り返った。
「なんだ、仮面のちびか。駆け出しが、何を持ってきた」
男は、リルの抱えた袋を見て、鼻で笑った。
「角ウサギか? スライムのかけらか? 一日潜って、銅貨何枚になるかねえ」
俺は、黙っていた。
リルの耳が、フードの下でぴくりと動いた。でも、リルも黙っていた。えらい。
俺たちの番が来た。
リルが、袋の中身をカウンターに並べはじめた。
角ウサギの角。ゴブリンの小魔石。大ネズミの尻尾。光る苔のかたまり。
並べる。並べる。まだ並べる。
カウンターの上が、だんだん埋まっていった。
「……おい」
ハンスさんが、手を止めた。
角を一本つまみ上げて、明かりにかざす。くるりと回す。根元を見る。
もう一本。もう一本。
「傷が、ねえ」
低い声だった。さっきまでの大声と、まるで違う。
「根元までつるっつるだ。ナイフの跡もねえ。どうやって外した、これ」
リルが、かわりに答えた。
「あるじの、やりかた。ひみつ」
「ひみつ、ねえ」
ハンスさんは、魔石も一つずつ確かめた。ひびがない。欠けもない。苔は、根のまわりの土ごと、崩れずに固まっている。
それから、全部を秤に乗せた。
秤の針が、ぐうっと傾いた。
ハンスさんは、帳面にがりがりと書きこんだ。指で数えなおす。もう一度数えなおす。
そして、ばん、とカウンターに両手をついて、立ち上がった。
「なんだこの数値は!」
酒場まで、響きわたった。
ジョッキの音が止まった。笑い声も止まった。並んでいた冒険者たちが、いっせいにこっちを見た。さっき鼻で笑った男も、口を開けたまま固まっていた。
俺の頭の中で、何かが鳴った。
鐘の音だった。ファンファーレだった。花火だった。
――リスト七。ギルドの受付で、「なんだこの数値は!」と言われる。
前の世界で、ノートに書いた。何十冊ものラノベで、主人公が言われるのを読んだ。いつか俺も、と夢に見た。
それが今、叶った。
叫びたかった。踊りたかった。
でも、ノワールは、しゃべらない。
俺は、仮面の下で唇をかんで、まっすぐ前を向いていた。
「一日だぞ。駆け出しが、一日でこれだ」
ハンスさんは、まだ声が大きいままだった。
「しかも全部、傷なし。同じ獲物でも、これなら二割……いや、三割は高く買える。おい、仮面の。ランクは」
リルが、俺の札をカウンターに置いた。
ハンスさんは、銅の札を見て、眉を上げた。
「E? ノワ?」
ノワール、だ。
心の中でだけ、訂正する。
「Eのままにしとく理由がねえな」
ハンスさんは、引き出しから小さな道具を出した。札の字を削って、刻み直す。
「出張所の査定係はな、Dまでなら上げていいことになってる。ほらよ、Dだ。一人前だぞ」
戻ってきた札には、「D」の字があった。
ロウエンで登録してから、ずっとFとEだった。それが、王都の迷宮に初めて潜った日に、D。
カウンターに、硬貨が積まれた。銀貨が三枚と、銅貨がひとつかみ。
ロウエンでは、何か月もかかった額だ。
リルが、硬貨を一枚ずつ袋に入れていく。手が、かすかに震えている。
「……あるじ」
リルが、俺にだけ聞こえる声で言った。
「ぎんか。ぎんかが、いっぱい」
俺は、うなずくことしかできなかった。
ハンスさんが、カウンターに身を乗り出してきた。
「おい、仮面の。どこで覚えた、その取り方。どこの師匠だ」
リルが、すまして答えた。
「ひみつ、です」
「師匠もひみつか。……まあいい。冒険者の手の内を聞くのは、野暮ってもんだ」
ハンスさんは、にかっと笑った。
「次も持ってこい。傷なしなら、いつでも色をつけてやる」
さっき鼻で笑った男が、そろそろと近づいてきた。頭をかきながら、目をそらして言う。
「……あー、仮面の。さっきは、その、悪かったな」
俺は、黙ってうなずいた。
男は、ほっとした顔で列に戻っていった。
(しゃべらないって、便利だな)
黙ってうなずくだけで、勝手に「器が大きい」みたいな空気になる。
まわりの冒険者たちが、ひそひそと話しはじめた。
「おい、見たか。傷なしだってよ」
「あの仮面、何者だ」
「しゃべらねえな、あいつ」
俺は、何も言わずにカウンターに背を向けた。
かっこよく去る。影の強者の、退場の作法だ。
ただ――。
カウンターの下で、俺の右の拳は、ぎゅうっと握られていた。
ほどけなかった。どうしても、ほどけなかった。




