第43話 苔の洞窟の鎖
二層は「苔の洞窟」だった。
一層とはまるで空気が違う。じめっとしていて、ひんやりする。壁も天井も、ぼんやり光る苔におおわれていて、青白い明かりが奥まで続いている。
足元は、湿った土。
俺にとっては、ごちそうみたいな床だ。
「あるじ。……いっぱい、いる」
リルが鼻にしわを寄せた。
「何匹だ」
「わかんない。におい、まざってる」
俺は、靴の裏を土に押しつけた。
とんとん。
大地の囁き。
足の裏に、耳をすます。
ひた、ひた、という小さな足音が、足の裏に伝わってくる。重さの違う足が、いくつも。
この先の広い場所に、ゴブリンがいる。数えると、片手の指では足りなかった。
「七匹だ」
「……おおい」
多い。ふつうの駆け出しなら、引き返す数だ。
俺は、指を折って数えた。
大技は、一日に三回まで。さっきの黒曜の剣で、もう一回使った。
ゴブリンの群れを、残りの二回で。
広い範囲を一度に縛るのは、無理だ。そんな燃料はない。
なら、小さく使う。
前の世界の、電話の電池を思い出した。画面を明るくしたままだと、すぐ切れる。暗くして、要るときだけつければ、一日もつ。
魔力も同じだ。
「リル。順番にやる。あそこの細いところまで、あいつらを引っぱってこられるか」
リルは、俺の指さした通路を見た。人が一人通れるくらいの幅しかない。
「できる。でも、あるじ、だいじょうぶ?」
「大丈夫だ。細いところなら、あいつらは一列で来るしかない。順番に来るなら、小さい魔法で足りる」
「わかった。いってくる」
フードを深くかぶりなおして、リルは音もなく洞窟の奥へ消えた。
一人になると、急に洞窟が広く感じた。
苔の明かりが、ゆらゆらと揺れている。どこかで、水がぽたりと落ちる音。
俺は、通路の床に手を当てて、土の固さを確かめた。湿っていて、やわらかい。ひもを作るには、ちょうどいい。
足の裏で、揺れを追う。小さな足音が一つ、広い場所に近づいていく。リルだ。
次の瞬間、群れの揺れが、いっせいに跳ねた。
* * *
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が近づいてきた。
細い通路を、リルが全力で走ってくる。そのあとを、ゴブリンが一列になって追いかけてくる。
「あるじ、つれてきた!」
「よし、そのまま来い!」
リルが俺の横をすり抜けた。
先頭のゴブリンが、俺の目の前に飛びこんでくる。
とんとん。
「大地の鎖」
――要するに、足首に土を巻きつけただけだ。
床の土が、細いひものように伸びて、ゴブリンの両足首にくるりと巻きついた。ぎゅっと固まる。
ゴブリンは、前のめりに顔から倒れた。
そこへリルのかかと落とし。
次のゴブリンが、倒れた仲間につまずいた。足首を、また土で巻く。すかさず、リルのひざ。
相手が一匹なら、細いひもを作るだけだ。泥玉を作るのと、そう変わらない。これは大技に数えなくていい。
次。その次。
その次のやつが、仲間の体を飛びこえてきた。鎖が間に合わない。
「リル、右!」
「うん!」
横から、リルの蹴りが飛んだ。壁にぶつかって、ずるずると落ちる。
「ナイス、リル」
「ないす」
残りは、前の仲間が倒れているのを見て、逃げようとした。
背中を見せたところで、まとめて足首を巻く。並んで転んだその上に、リルが着地した。
苔の明かりの中に、足首を土に巻かれたゴブリンが、ずらりと並んでいた。
俺は、手のひらを見た。
へその下のぬるいお湯は、まだ残っている。大技二回ぶんは、手つかずだ。
(燃料の配分……これだ。これが俺の戦い方だ)
大きく使わない。小さく、正確に、何度も。三歳から毎日やってきたことと、同じだ。
「あるじ。いまの、計算?」
首をかしげて、リルが聞いた。
「……計算通りだ」
小声で言った。言ってみたかった。
(計算したのは、細い通路までだ。飛びこえてくる奴は、計算に入っていなかった)
「かっこいい」
リルは、何でも信じてくれる。
そのとき、後ろから声がした。
「おい……なんだ、こりゃ」
通りがかった三人組の冒険者が、通路の入口で立ち止まっていた。足首を土で巻かれて並んだゴブリンを、口を開けて見ている。
「これ、全部お前らがやったのか?」
俺は、黙ってうなずいた。
リルが、かわりに言った。
「あるじが、やった」
「ちびが? ……しゃべらねえのか、こいつ」
三人組は、首をひねりながら去っていった。
去りぎわに、一人がぼそっと言うのが聞こえた。
「仮面のちびが、ゴブリンの群れを丸ごとか。……世の中、変なやつがいるもんだ」
変なやつ、で結構だ。
影の強者は、最初はいつも変なやつ扱いされる。ラノベでもそうだった。
* * *
その日、俺たちは二層を夕方まで回った。
ゴブリンの小魔石。大ネズミの尻尾。光る苔のかたまり。どれも傷をつけないよう、ていねいに取った。
大ネズミは、すばしっこかった。足首を巻こうとしても、ひょいとよけられる。何度目かで、やっと巻けた。小技でも、外せば燃料はへる。
「いまの、はずれ、いっぱい」
「数えなくていい」
「でも、さいご、あたった。えらい」
ほめられた。
帰り道、素材の袋は、はちきれそうにふくらんでいた。
リルが、両手でそれを抱えなおした。ずっしりと重そうだ。
「持とうか」
「いい。わたしが持つ」
リルは袋に頬をくっつけて、目を細めた。
「……重い。うれしい重さ」




