第42話 黒い剣と角ウサギ
光の日の放課後、そのまま王都の北門を出た。
七層迷宮までは、歩いて半日かかる。道は、この前の下見で覚えた。
月明かりの街道を、二人で歩いた。
「あるじ。めいきゅうの、なか、どんなにおい?」
「さあな。たぶん、土と、カビと、魔物のにおいだ」
「たのしみ」
「俺もだ」
本当に楽しみだった。ラノベで何十回も読んだ、あの迷宮だ。中に入るのは、明日が初めてになる。
アルデン七層迷宮。下に行くほど魔物は強く、素材は高く売れる。
いちばん下の七層には、古い石の扉があるという。開けた人は、記録にたった一人しかいない。それが誰なのかは、噂でしか伝わっていない。
「あるじ、七層、いく?」
「いつかな。今は一層からだ」
「いっそう」
「一番上の、一番弱いところだ。ラノベでも、最初はスライムと決まってる」
「らのべ?」
「……昔読んだ本の話だ」
着いたのは真夜中だった。雑魚寝の宿で、リルと二人、壁ぎわに丸くなった。
いびきの合唱の中で、俺はほとんど眠れなかった。
* * *
闇の日の朝。
下見のときは、草地から黒い穴を見ただけだった。近くで見ると、それは丘の斜面に開いた、四角い石の門だ。冒険者たちが、次々と吸いこまれていく。
門の横に、ギルドの見張りが立っていた。リルが札を見せる。
「Eか。一層と二層までにしとけよ。三層からは、駆け出しが死ぬ」
「はい」
見張りの後ろで、何人かが俺たちをじろりと見た。
「なんだ、ありゃ。仮面のちびと、獣人の奴隷か」
「どこの田舎者だよ」
聞こえないふりをする。影の強者は、雑音を気にしない。
……気にしないが、ちびは余計だ。
一層は「石の回廊」と呼ばれている。
壁も天井も白っぽい石で、どこからともなく明かりがさしている。たいまつがなくても、足元が見えるくらいだ。
床だけは、土だった。
何千、何万という冒険者の靴が、外の土を運びこんで、踏み固めたのだ。俺にとっては、ありがたい。それに、腰には土を詰めた袋を二つ下げてある。燃料は少ない。だから、材料は持っていく。
「あるじ。……あっち。ぷるぷるしたの」
リルが鼻をひくつかせた。
通路の先に、水色のかたまりが揺れていた。スライムだ。真ん中に、豆つぶくらいの核が浮いている。
俺は、つま先で地面を二回、とんとんと叩いた。
床の土が、するすると盛り上がった。スライムを下からすっぽり包む。中で、核の位置を探る。
――ここだ。
ぎゅっと、土を一点に絞った。
ぷちゅ、と小さな音がした。土をほどくと、スライムは水たまりになって、床にしみこんでいった。核のかけらだけが残る。
「すごい」
「まだ一層だ」
でも、手は勝手に拳を作っていた。
次は、角ウサギだった。額に一本角の、大きなウサギだ。ロウエンの森で何度も相手にした。
足が細い。そこが弱点だ。
とんとん。
ウサギが跳んだ先の床に、指一本ぶんの穴を開ける。前足がすぽっとはまって、ウサギが前のめりに転んだ。
そこへリルが飛びこんで、首を押さえる。あっという間だった。
俺は角を根元から、土魔法でそっと外した。骨と角のすき間に、砂つぶを一つずつ入れていくやり方だ。ナイフで切るより、ずっときれいに取れる。
「きれい。きず、ない」
「傷がないと、高く売れるんだ。ペトラさんに教わった」
「ペトラ、げんき、かな」
「元気だろ。たぶん今ごろ、誰かの書類をドンってやってる」
リルが、くすっと笑った。
* * *
二層への階段が見えてきたころだった。
階段の下から、ぺたぺたと足音が上がってきた。
緑色の肌。とがった耳。手には、太い木の棒。
ゴブリンだ。二層から迷い出てきたのだろう。
ゴブリンは俺たちを見て、黄色い歯をむいた。
「あるじ、わたしが――」
「いい。俺がやる」
試したいものがあった。
とんとん。
腰の袋から、土を手のひらに呼ぶ。細長く伸ばす。ぎゅっと、固める。もっと固める。土の粒と粒のすき間を、一つ残らずつぶしていく。
手の中で、土が黒く変わった。
「黒曜の剣」
――要するに、土をぎゅうぎゅうに固めた、黒い棒だ。
でも、形は剣にした。刃もつけた。名前は大事だ。
通路の明かりが、剣の表面に吸いこまれていく。光らない。黒い。かっこいい。
(よし。持ってるだけで強くなった気がする)
ゴブリンが棒を振り上げて、突っこんできた。
俺は剣を横にして受けた。
がつん、と腕がしびれた。重い。剣を振るのは、正直に言えば苦手だ。
でも、剣は欠けなかった。
かわりに、ゴブリンの木の棒に、深い割れ目が入っていた。
二撃目。棒が、真ん中から折れた。
ゴブリンが、折れた棒をぽかんと見た。
そのすきに、黒い剣を胸に突き入れた。ゴブリンは短く鳴いて、動かなくなった。
俺は、大きく息を吐いた。
……俺の剣の腕は、たぶんゴブリンといい勝負だ。剣の固さで勝っただけだ。
「あるじ、かっこいい。くろいの、かっこいい」
「黒曜の剣だ」
「くろいの」
「黒曜の、剣」
「くろいの、けん」
半分だけ覚えた。
ゴブリンの胸から、小さな魔石を取り出した。これも、傷ひとつない。
俺は剣を床に向けて、手をゆるめた。黒い剣は、さらさらと崩れて、ただの土に戻った。床にしみこんで、もう見分けがつかない。
それから、魔石と角を布でくるんで、袋の底にそっとしまった。
二層への階段の下から、湿った風が上がってきた。
リルの鼻が、ひくっと動いた。




