第39話 流砂と熱血
レオンが、ふうっと肩で息をした。
大きな火を出したあとの、ひと息だ。
それから、にやりと笑った。
「……割れたな」
レオンは、剣を構え直した。
今度は、右足を、ぐっとうしろに引いた。
「火が流されるなら、壁ごとぶった切る!」
ふみこむ気だ。
始めの一歩。右足で、大きく。
毎回、同じ場所に。
砂時計の砂は、まだ半分残っている。
右足が、砂を蹴った。
一歩目が、落ちてくる。
あの場所に。
俺は、つま先で二回、地面を叩いた。
「――深淵の流砂!」
要するに、足もとの砂をゆるくしただけだ。
その右足が、ずぶりと沈んだ。
「なっ――」
左足も、つられて前に出る。そこも、ゆるい。ずぶ、ずぶ、と、レオンは膝まで砂に沈んだ。
走ってきた勢いのまま、上半身だけが前につんのめる。剣の火が、空に向かってめちゃくちゃに飛んだ。
* * *
種を明かすと、こうだ。
三晩かけて、あの場所の砂を、毎晩ほぐしておいた。砂つぶ一つずつ、すき間を作って、重みがかかったら崩れるように。魔力は、ほとんど使っていない。時間をかけただけだ。
だから、今日の流砂は、大技一つぶんですんだ。
前もって掘っておく落とし穴と同じだ。
膝まで砂に埋まったまま、レオンは剣を振り回した。
「くそっ、抜けねえ!」
火が、四方に飛ぶ。
俺は、ひびの入った壁のうしろに回りこんだ。火が来るたびに、壁のかげに入る。壁は、火を受けるたびにひびが増えていった。
三度目の火で、壁が崩れた。
土の山が、どさりと砂に戻る。
俺は、もう一歩うしろに下がった。レオンの剣が届かない場所へ。
燃料は、あと一回。
使えば、もう一枚、壁が立つ。でも、それで終わりだ。四回目はない。みんなの前で、倒れるわけにはいかない。
だから、使わない。
逃げる。ひたすら、火の届かないところへ。
「逃げるな、0.3!」
「逃げるのも、技だ」
「かっこつけんな!」
剣が、低く横に振られた。地面すれすれを、火が走ってくる。
俺は、跳んだ。
足の下を、熱い風が抜けていく。着地した砂が、じゅっと鳴った。
柵の外が、わっとわいた。
「跳んだ!」
「0.3が跳んだ!」
跳んだだけで、なぜかわく。魔力0.3は、跳ぶのも珍しいと思われているらしい。
オリヴィアが、柵から身を乗り出していた。
「ねえ、今の、どうなってるの? なんで火が来るって分かったの?」
分かったのは、リルの尻尾のおかげだ。言えないけど。
クラウスは、砂時計と俺を見比べていた。
「……砂の残り、あと三十呼吸」
声に出して数えるな。プレッシャーだ。
セシリアは、何も言わなかった。柵をつかんだ手のまわりだけ、白く霜が広がっていた。
レオンが、砂から片足を引き抜いた。すごい力だ。でも、もう片方の足が、もっと深く沈んだ。
柵の外で、ドミニクが笑っていた。
「がはは! レオン、沼にはまった牛みてえだ!」
「うるせえ!」
砂時計の砂が、細くなっていく。
レオンが、両手で剣を握りしめた。剣の火が、ぐんと大きくなる。顔が、汗でびっしょりだ。
最後の一発が来る。
「くらえ! えーと……」
レオンが、叫びかけて止まった。
「……燃える、すごい斬り!」
技の名前だった。たぶん、今考えた。
(三十点)
セシリアの声が、頭の中で勝手に採点した。
でも、名前をつけたくなる気持ちは、よく分かる。
尻尾が、立った。
俺は、地面に伏せた。
頭の上を、炎が通りすぎた。背中が、かっと熱くなる。
炎は、そのまま柵の手前で消えた。
顔を上げると、砂時計の砂が、ちょうど落ちきるところだった。
* * *
「はーい、そこまでー」
先生の声が、演習場に響いた。
俺は、砂の上に座りこんだ。足が、がくがくしていた。燃料は一回ぶん残っているのに、体のほうが限界だった。
先生は、酒瓶を片手に、立ち上がりもせずに言った。
「判定、レオンー。出力の差ね」
当然だ。
俺は、一度も攻撃していない。点を取れるわけがない。
落第がかかっているのに、ふしぎと胸は落ち着いていた。
理由を見せられたかどうかは、先生にしか分からない。
俺は、柵の外を見た。灰色の耳が、まっすぐこっちを向いていた。
柵のまわりは、ざわざわしていた。
「……0.3、一回も当たってないぞ」
「ずっと、立ってた。最後まで」
「レオンの火を、全部……」
ドミニクが、柵をこえて入ってきた。レオンの両わきに手を入れて、砂から引っこ抜く。大根みたいに、すぽんと抜けた。
その手を、レオンはふりほどいた。
膝から下が、砂で真っ白だった。靴の中まで砂だらけらしく、一歩ごとに、じゃりっと鳴る。
砂まみれの足で、まっすぐ俺のところへ歩いてくる。
見下ろされた。
顔が真っ赤だ。怒っている。
でも、怒っているだけの顔とは、何かが違った。
「おい」
「……なんだ」
「なんでだ。魔力最低が、なんで俺の火を流せる!」
「流れたかったんだろ」
「ふざけんな! 納得いかねえ! もう一回だ!」
剣に、また火がついた。勝手についたみたいだった。
柵の外で、灰色の尻尾が、ばたばたばたっと揺れていた。
先生が、あくびをした。
「はーい、終わりー」




