第37話 火の癖を数える
次の日の朝、教室の扉を開けたとたん、大声が飛んできた。
「おい、0.3!」
レオンだった。丸い机の向こうから、まっすぐこっちへ歩いてくる。
「月末の実技評価、お前とやるんだってな」
「らしいな」
「勝負だ!」
レオンは、俺の鼻先に指を突きつけた。
「手加減はしねえ。お前が落第しかけてるのも聞いた。でも関係ねえ。全力でいく」
教室が、しんとなった。
俺は、レオンの指を見ていた。
(……今、ラノベのライバルに、勝負って言われた)
顔が、ゆるみそうになった。必死でこらえた。
「……わかった」
「よし! 燃えてきた!」
レオンは満足そうに席に戻っていった。
クラウスが、本から目を上げずに言った。
「ティオ。勝算は」
「ない」
「論理的に言って、正直だな」
* * *
放課後。
俺とリルは、演習場の柵の外にしゃがんでいた。
演習場は、本館の裏にある。砂をしいた広い四角い場所で、まわりを木の柵がかこんでいる。
その真ん中で、赤い髪の少年が一人で剣を振っていた。
練習用の、刃のない剣だ。振るたびに、剣から火が飛ぶ。赤い炎が、的の丸太をなめていく。
俺は、指を折って数えていた。
リルが、となりで同じように指を折っている。何を数えているのかは、たぶん分かっていない。
「ティオ。なに、かぞえてるの」
「火が出る、間だ」
レオンが、剣を振りかぶる。振り下ろす。
――いち。
火が出る。
振りかぶる。振り下ろす。
――いち。
火が出る。
やっぱりだ。
レオンの火は、剣を振り下ろしてから、半拍おくれて出てくる。剣の先から、まっすぐ、剣を振った線にそって飛ぶ。
ほかにも、いくつか分かった。
大きな火を出したあとは、肩でひと息つく。始めの一歩は、必ず右足で、大きくふみこむ。そして、その一歩目をふむ場所は、だいたい毎回同じだ。
「火の前に、こげくさいにおい、強くなる」
リルが、鼻をひくつかせて言った。
「剣を振る、前。においが、ふくらむ」
「本当か」
「うん」
半拍よりも、もっと前に分かるということだ。
そのとき、演習場の真ん中から大声が飛んできた。
「おい、0.3! 何見てる!」
見つかった。
「……見学だ」
「見学ぅ?」
レオンは、剣を肩にかついで、柵のそばまで歩いてきた。汗だくだ。俺と、となりで指を折ったままのリルを、じろじろ見る。
「見たきゃ見ろ。見たって、どうにもならねえぞ」
それから、くるりと背を向けた。
演習場の真ん中に戻って、剣を大きく振りかぶる。
さっきまでの倍くらいの火が、丸太にぶつかった。丸太の表面が、黒くこげた。
わざとだ。見せつけている。
でも、おかげでよく分かった。大きい火でも、半拍は半拍だった。
(ありがとう、レオン)
口には出さなかった。
「リル。それ、評価の日、柵のところで教えてくれ」
「どうやって」
「においがふくらんだら、尻尾を立てろ」
リルは、まじめな顔でうなずいた。
評価の日に、俺がリルの尻尾を見る余裕があるかどうかは、分からないけど。
* * *
寮に戻って、燃料の計算をした。
俺の大技は、一日に三回まで。四回目を使うと、倒れる。人の背丈の壁を、まともに立てたら、それだけで一回ぶんだ。
問題は、レオンの火だ。
あれを正面から止めようとしたら、分厚い壁が要る。分厚い壁は、魔力をたくさん食う。しかも、たぶん一発で焼け割れる。
止めるのは、無理だ。
だったら――。
前の世界で、川の水を見たことがある。大水を板一枚でせき止めるのは無理だ。でも、板を斜めに置けば、水は板にそって横へ流れていく。
止めるんじゃない。向きを変えるだけだ。
向きを変えるだけなら、壁は薄くていい。
それに、先生は「勝て」とは言わなかった。
理由を見せろ、と言った。
なら、目指すのは一つだ。砂時計が落ちきるまで、レオンの火に一度も当たらない。勝たない。でも、負けもしない。
魔力0.3がSにいる理由を見せるには、それでたぶん足りる。
俺は、机の上に土をひとつまみ置いて、小さな斜めの壁を作った。指でつついて、角度を見る。
それから、レオンの右足のことを考えた。
始めの一歩。毎回、同じ場所。
* * *
その夜から、俺は夜中に寮を抜け出すようになった。
窓の下で丸くなっていたリルが、毛布から顔を出した。
「ティオ。どこ、いくの」
「散歩だ」
「毎日?」
「毎日だ」
リルは、何も言わずについてきた。
月の出ていない夜に、演習場の柵をこえる。真っ暗な砂の上を、手さぐりで歩く。
二晩目には、見回りに見つかりかけた。
本館のほうから、ランプの明かりが近づいてきた。足音が、ざっ、ざっ、と砂を鳴らす。
隠れる場所がない。
次の瞬間、襟をつかまれて、地面に引き倒された。リルだ。俺の頭を押さえて、自分も砂にぴたりと伏せる。
ランプの明かりが、すぐ上を通りすぎていった。
足音が遠ざかってから、リルが小声で言った。
「……ティオ。散歩、へた」
「……すまん」
俺は、ある場所にしゃがんで、砂に手を置いた。
つま先で、二回。とん、とん。
魔力は、使ったか分からないほどのひとしずく。それを、ていねいに、ていねいに流していく。
三晩、それを続けた。
帰り道、リルが俺の手のにおいをかいだ。
「……土のにおい。いっぱい」
「散歩だからな」
「……ふうん」
リルは、それ以上聞かなかった。
そして、月末。
評価の日の朝、演習場の砂は、やけに細かかった。




