第35話 落第ー、と先生は言った
入学して二週間で、小試験が五つあった。
魔力の巡らせ方。詠唱。属性の基礎。魔物学。王国史。
俺は、全部で最下位を取った。
* * *
言いわけをさせてほしい。
まず、魔力の巡らせ方。体の中で魔力をぐるぐる回して、その速さを測る試験だ。
これは、わざとゆっくり回した。本気でやると、速すぎて測る道具が変な音を立てる。入学試験で、砂鉄盤を一枚割っている。二枚目はまずい。
次に、詠唱。
これは、本当にできなかった。補助輪をつけると転ぶ。前の授業で分かっていたことだ。
属性の基礎。土の玉を、どれだけ大きく作れるか。
これも、わざと小さくした。豆つぶくらいの、真ん丸の玉を出した。先生が「……ふーん」と言って、点を書いた。
王国史。
これは、本当に知らなかった。貧民街に、歴史の本はない。初代の王様の名前を書けと言われて、「王様」と書いた。
そして、魔物学。
これが、いちばんまずかった。
問題を見たとき、全部分かった。森狼は群れの頭を落とせば散る。角ウサギは巣穴の出口が二つある。黒樹海のふちで、何年も見てきたことだ。
でも、手が止まった。
貧民街の孤児が、どうして森狼の群れの崩し方を知っている?
怪しまれる。いや、絶対に怪しまれる。
俺は、全部の答えを、ちょっとずつずらして書いた。
結果、最下位だった。
(隠しすぎた)
分かっている。分かっているのだ。
* * *
成績は、寮の掲示板にはり出された。
どの列も、俺の名前のすぐ上に、ベルントの名前が並んでいる。
「ぼく、下から二番目なんだよぉ」
ベルントは、掲示板の前で焼き菓子をかじっていた。
「ティオがいてくれて、よかったぁ」
「……喜ぶところか、それ」
「だって、一番下だったら、落第なんだよぉ。知らないの?」
知らなかった。
背中に、冷たい汗がつうっと流れた。
「おい、0.3」
うしろから、大きな声がした。レオンだ。掲示板を見上げて、鼻で笑っている。
「全部、一番下か。Sの面汚しだな」
「……そうだな」
「そうだな、じゃねえ! 悔しくないのか!」
悔しい。
悔しいけど、半分はわざとだ。そうは言えない。
俺が黙っていると、レオンは顔を赤くして、どすどす去っていった。
「レオンくん、怒ってたねぇ」
「怒られる理由が、よく分からん」
「たぶん、ティオがやる気なさそうに見えるからだよぉ」
ベルントは、のんびり言って、焼き菓子をもうひとつかじった。
その日の放課後、先生の部屋に呼ばれた。
* * *
教官棟の二階の、いちばん奥。扉を開けると、酒のにおいがむわっと来た。
棚に、酒瓶がずらりと並んでいた。本より多い。机の上にも、一本。
「座ってー」
先生は、机の上に紙を一枚置いた。
成績表だった。どの列も、いちばん下に同じ名前があった。
ティオ。ティオ。ティオ。ティオ。ティオ。
五回並ぶと、なんだか知らない人の名前みたいに見えた。
「0.3」
「……はい」
「落第ー」
酒瓶のふたが、ぽんと開いた。
「え」
「Sクラスはね、成績が一番下のまま一学期を終えると、下のクラスに落ちるの。決まりなのよー」
「まだ、二週間ですけど」
「二週間で、五回連続最下位。新記録よ。おめでとー」
ちっともめでたくない。
先生は、成績表の一か所を指で叩いた。
「王国史。王様って書いたの、お前だけよ」
「……知らなかったので」
「で、こっち。魔物学」
指が、横にずれた。
「答えが、全部ちょっとずつずれてる。おかしいわよねー。ずらすってことは、正解を知ってるってことでしょ」
息が止まった。
先生は、じっと俺を見ていた。眠そうな目だった。なのに、奥のほうだけ、ぱっちり起きている。
「……勘です」
「ふーん」
先生は、それ以上聞かなかった。酒をひとくち飲んだ。
「で。お前が落ちたら、困るのは私なの」
「先生が?」
「お前をSに入れたのは、私が勝手に決めたこと。お前が落ちたら、私の目が節穴だったことになる。説明しなきゃいけない。書類も書かなきゃいけない」
心の底からいやそうな顔だった。
「めんどくさい」
* * *
「だから、条件」
先生は、指を一本立てた。
「月末に、実技評価がある。一対一の模擬戦ね。砂時計ひと回りぶん。そこで、結果を出しなさい」
「結果って」
「勝てとは言わないわよー。でも、お前がSにいる理由くらいは、見せなさい。見せられなかったら、落第ー」
俺は、膝の上で拳をにぎった。
リストの十八番。やっと叶ったところなのに。
「先生。もし、俺が……その、目立ちたくない、って言ったら」
先生の目が、ちらっとこっちを見た。
何もかも見透かされそうだった。俺は、思わず目をそらした。
「隠すのは、勝手よー」
先生は、窓の外を見た。
「でも、隠したまま落ちたら、それはただの落第生。かっこいい隠し方じゃないわね」
胸に、ぐさっと来た。
かっこ悪い隠し方。
それは、困る。
影の強者は、影にいても、ちゃんと強いから影の強者なのだ。隠したまま負けて消えるのは、ただの影の薄い奴だ。
「……わかりました。やります」
「はーい。じゃ、相手を発表ー」
名簿が、ぱらぱらとめくられた。
どうでもよさそうに、先生の指がひとつの名前を叩く。
なんとなく、嫌な予感がした。
「相手は、レオン・ブラントねー」
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