第32話 魔力0.3の自己紹介
「自己紹介ー。めんどくさいから、数字は私が書いとくわね」
先生は、黒板にチョークを走らせた。
入学試験の、魔量計の値だ。座っている順に、名前と数字が並んでいく。
大きい数字ばかりだった。銀色の髪の令嬢は、7.8。
ぽっちゃりした少年のところで、先生の手が止まった。
9.6。
教室が、おおっとどよめいた。少年は、焼き菓子をくわえたまま赤くなった。
そして、そのとなり。
0.3。
俺の数字だ。
しんとした。それから、くすくす笑う声。それが、だんだん大きくなった。
(並べるなよ。よりによって、一番大きい数字の横に)
黒板の上で、九と零が仲よく並んでいる。
となりの席のぽっちゃりした少年が、こっちを見た。焼き菓子を持ったまま、口だけで「ごめんよぉ」と言った。
謝られても困る。お前の数字のせいじゃない。
……いや、半分くらいは、お前の数字のせいだ。
* * *
「はい、そっちからー」
先生があごで指したのは、赤い髪の少年だった。
少年は、椅子を鳴らして立ち上がった。
「レオン・ブラント! 火と剣だ! 騎士になる! 以上!」
声が大きい。窓がびりびりした。
ブラント、か。
王都に来た日、大通りで看板を見た。「ブラント鍛冶」。その先には「ブラントのパン屋」。宿の主人も、たしかブラントさんだった。
(王都にも、ブラントさん多いな)
俺は、それきり忘れた。
「セシリア。氷。……以上よ」
銀色の髪の令嬢は、座ったまま言った。それだけで、机のはしがうっすら白くなった。
「ぼく、ベルント……水なんだよぉ。でも、制御が、その、だめで」
ぽっちゃりの少年は、言いながらどんどん小さくなった。
「ドミニク! 身体強化! 殴るのが得意だ! がはは!」
「クラウス・ヴェルナー。風。専門は理論だ」
眼鏡の少年は、本から顔を上げずに言った。
「ノエルです。光と、治癒です。よろしくね、えへへ」
ひじの目玉をほめてくれた子だ。
「オリヴィア! 付与! 気になることがあったら、何でも聞くから! 全部聞くから!」
王女さまは、本当に全部聞きそうな目をしていた。
「……ミレイユ・ローゼン。植物、です」
鉢植えの少女がそう言うと、どこかで小さな笑いがもれた。植物? 畑仕事? そんなささやきが聞こえた。少女は、鉢を抱く手に力をこめた。
「……イリス。……闇」
フードの少女は、それだけだった。何人かが、椅子ごと少し身を引いた。
そして、俺の番が来た。
* * *
立ち上がる。
全員の目が、俺と黒板の数字を行ったり来たりしている。
胸の奥で、何かがうずいた。
言いたい。
名乗りたい。椅子に片足をかけて、外套をひるがえして。漆黒の――。
いや、だめだ。
ここで名乗ったら、リストの十八番が全部台なしだ。
俺は、できるだけふつうの顔をした。
「ティオです。土です。ロウエンから来ました」
それだけ言って、座った。
一拍おいて、教室がざわついた。
「魔力が一より下で、土?」
「土って、あの、壁を作るだけの?」
「なんでSにいるの」
最後の声は、はっきり聞こえた。
レオンが、机に身を乗り出した。
「おい、0.3」
「……なんだ」
「なんでお前がSなんだ。Sクラスは、遊びじゃねえぞ」
「先生に聞いてくれ」
全員が、先生を見た。
先生は、窓の外を見ながらあくびをした。
「理由は聞くな。めんどくさいから」
それで終わりだった。レオンは口をぱくぱくさせて、どすんと座った。
「はーい、休憩ー」
先生は、名簿を抱えて出ていった。
* * *
休憩になると、王女さまが真っ先に飛んできた。
「ねえねえ、ティオ! 魔力がそんなに少ないのに、どうやって魔法を使うの? どうなってるの?」
顔が近い。目がきらきらしている。
「……ちびちび使う」
「ちびちび!」
王女さまは、手を叩いて喜んだ。何がそんなにうれしいのか、まったく分からない。
「ちびちびって、どのくらい? 一回に、どれだけ? ねえ、今度見せて!」
「オリヴィアさま、次の授業の支度を」
お付きの人が来て、王女さまは引きずられていった。最後まで、こっちに手を振っていた。
嵐が去ったと思ったら、目の前に人が立った。
銀色の髪。セシリアだった。
「あなた。入学試験で、砂鉄盤を割った人でしょう」
「……人違いじゃないか」
「わたくし、見ていたわ。説明なさい。あの魔力で、どうして盤が割れるの」
まずい。
入学初日に、もう聞かれている。
「盤が、古かったんだろ」
「学園の備品よ。毎年、新しくしているわ」
「じゃあ、運が悪かった」
セシリアは、しばらく俺を見下ろしていた。机のはしに、霜がうっすらとついていく。
「……別に。興味はないわ」
くるりと背を向けて、自分の席に戻っていった。
興味がない人は、たぶん霜をつけない。
そのあいだも、くすくす笑いは続いていた。
俺は、机の上で手を組んだ。
いい。これでいい。
最初は笑われる。それが、お約束だ。前の世界の本では、笑った奴らはあとで必ず驚いた。
(ただし、驚かせる予定は、今のところない)
卒業まで、ずっと魔力最低の変な奴でいる。そう決めたのだ。
なのに。
机の下で、右のつま先が勝手に動いた。
とん、と一回。
床を叩く。大地に聞く、いつもの癖だ。技を出す前に、必ずやってしまう。
二回目の前で、俺は足を止めた。




