第31話 十二の間の空席
制服は、つぎはぎだった。
古着屋で、いちばん安いのを買った。ひじに穴があったので、リルが夜なべして布を当ててくれた。当てた布だけ色が濃い。遠くから見ると、ひじに目玉がついているみたいだ。
「ティオさま。えりが、曲がって、います」
リルが、少しかがんで俺の襟を直した。
リルも新しい服を着ている。襟の高い、灰色の従者服だ。首輪は、襟の下に隠れている。灰色の耳だけが、ぴんと立っていた。
「……さまは、やめろって」
「人前、です」
まだ人前じゃない。寮の玄関だ。でもリルは、もう背筋を伸ばしていた。
* * *
王立アルディア魔導学園の入学式は、前庭で行われた。
正面に、白い石の本館がそびえている。そのてっぺんに時計塔。春の空に、針がきらきら光っていた。
新入生は、クラスごとに並ぶ。従者たちは、前庭のいちばん後ろだ。振り返ると、大人の従者たちの列のすみっこに、灰色の耳が一組だけ見えた。
校長の話は長かった。
(校長の話が長いのは、どこの世界でも同じか)
俺は、時計塔を見上げていた。
前の世界で、何百回も読んだ場面だ。魔法学園の入学式。貧しい主人公が、つぎはぎの服で並んでいる。周りは貴族の子ばかり。誰も、主人公の本当の力を知らない。
今の俺だ。
口のはしが上がりそうになって、あわてて引きしめた。
リストの十八番。「学園で実力を隠す」。
ついに、この日が来た。
入学試験で聞いた、酒くさい女の先生の声を思い出す。
――一粒ずつ?
あれは、ちょっと危なかった。
これからは、気をつける。目立たない。笑われても気にしない。ふつうの、魔力の少ない平民でいる。
前庭に、鐘の音が響いた。
* * *
Sクラスの教室は、時計塔のすぐ下にあった。
本館の最上階、東の端。扉の上の札には「十二の間」と書いてある。
扉を開けて、俺は息をのんだ。
丸い部屋だった。真ん中に、大きな丸い机がひとつ。そのまわりに、椅子が十二。窓の外には、王都の屋根がどこまでも続いている。
(円卓だ)
円卓の騎士だ。いや、魔導士だから円卓の魔導士か。どっちでもいい。かっこいい。
問題は、どこに座るかだ。
丸い机には、えらい人の席も、下っぱの席もない。でも、俺にはこだわりがある。壁を背にして、扉が見える席。誰が入ってきても、先に気づける場所。
つまり、影の強者の席だ。
俺はそこに座った。扉のすぐ横の、窓から遠い席。となりの二つは、空いていた。
あとから入ってきた眼鏡の少年が、本から目を上げた。俺の席と、扉と、窓を、順番に見る。
「その席を選んだ理由は?」
「扉が見える」
「……なるほど。論理的ではあるな」
少年は、それだけ言って、窓ぎわの席に座った。また本を開く。
初めて、誰かに分かってもらえた気がした。たぶん、ぜんぜん違う意味で。
学友が、一人ずつ入ってきた。
大きな体の少年が、がははと笑いながら入ってくる。続いて、焼き菓子の袋をかかえた、ぽっちゃりした少年。入学試験で、魔量計の光を柱のてっぺん近くまで伸ばした奴だ。
次に入ってきた少女を見て、背中がひやりとした。銀色の髪。冷たい青い目。試験で首席だった令嬢だ。通ったあとの空気が、なんだか寒い。
赤い髪の少年が、扉を蹴るように開けた。鉢植えをかかえた、ふわふわした髪の少女。にこにこ笑っている、やわらかい雰囲気の少女。
最後に、明るい目の少女がひょいと顔を出した。
「わっ、丸い机! これ、どうなってるの?」
誰かが小声で言った。
「……王女さまだ」
教室のすみには、フードを深くかぶった少女が、いつの間にか座っていた。誰とも目を合わせない。
十二の椅子に、座っているのは十人。
空いているのは、俺の左どなりから二つだけだった。
「なあ、ここ、誰か来るのか?」
大きな体の少年が、俺のとなりの空席をのぞきこんだ。
「知らない。俺も、今来たところだ」
「そっか! がはは」
何がおかしいのかは、分からなかった。
にこにこした少女が、俺のひじをのぞきこんだ。
「その服、ひじのところ、目があるみたい。かわいいね、えへへ」
「……どうも」
かわいいと言われたのは、たぶん人生で初めてだ。ひじが。
* * *
鐘が鳴って、しばらくしてから。
扉が、だるそうに開いた。
入ってきたのは、あの女の人だった。今日も、ほんのり酒のにおいがする。
「はーい、静かにー」
まだ誰もしゃべっていなかった。
「担任のマグダレーナ。先生でいいわよー。名前、長いから」
先生は、丸い机の上にどさっと名簿を置いた。
「先に言っとくわね。空いてる席のこと。一つは、秋から来る留学生の席。手続きが遅れてるんだって。めんどくさいわよねー」
「もう一つは?」
眼鏡の少年が聞いた。
「ずっと空いてる。気にしなくていいわよー」
先生は、それ以上言わなかった。
俺は、となりの空席を見た。
ずっと空いている席。誰も座らない椅子。
(……設定として、最高だ)
どんな秘密があるんだろう。昔ここに座っていた天才が、行方不明になったとか。呪われた席だとか。
想像していたら、先生と目が合った。
先生の目が、すっと細くなった。
「はーい、静かにー。……で、そこの0.3」
教室の全員が、俺のほうを振り向いた。
学園での生活が始まりました。次回は10月6日7時に公開します。以降は7時・12時・15時・18時・20時に1話ずつ更新します。




