第30話 一粒ずつ
王立アルディア魔導学園は、王都の北の丘の上にあった。
白い石の建物が、いくつも並んでいる。真ん中には、空に刺さりそうな高い時計塔。門の前には、受験生の行列ができていた。
貴族の子は、馬車で来る。従者が荷物を持って、後ろからついてくる。
平民の子は、歩いて来る。ほとんどが、一人だ。
俺は、門の前でリルと別れた。試験のあいだ、従者は中に入れない決まりだ。
「ここで待ってる」
「寒いぞ」
「だいじょうぶ。わたしがいる」
なんの答えにもなっていない。でも、リルが言うと、そういうものかと思えてしまう。
* * *
最初の試験は、魔力の量を測るものだった。
広い試験場の真ん中に、背の高い水晶の柱が立っている。手を当てると、中に光の柱が伸びる。その高さで、魔力の量が分かるのだという。目盛は、零から十まで。
受験生が、一人ずつ前に出て、柱に手を当てていく。
試験官が、つまらなそうに数字を読み上げる。四だの、五だの。そのたびに、あちこちで小さな声が上がる。
途中で、試験場の空気が変わった。
まっすぐな背中の女の子が、柱の前に立った。きれいな服。きちんとまとめた髪。手を当てた瞬間、柱のまわりの空気が、ひやりと冷えた気がした。
「7.8」
ざわめきが広がった。「侯爵家の」「今年の首席は決まりだな」。
女の子は、表情一つ変えずに列へ戻った。すれちがった受験生に「おめでとうございます」と言われて、短く答える。
「別に。当然の数字でしょう」
かっこいい。俺も一度は言ってみたい台詞だ。
しばらくして、今度は丸々とした男の子が前に出た。ずっと、手に持ったパンをかじっていた子だ。
おそるおそる柱に手を当てる。
光が、ぐんぐん伸びた。てっぺん近くまで。柱の表面に、なぜか水滴がびっしり浮いた。
「9.6」
試験場が、しんとした。男の子は、おろおろしながら、パンを落とした。
「ご、ごめんなさい。ぼく、どこかこわしちゃった?」
「……こわしていない。濡れただけだ。次」
試験官は、ため息をつきながら柱をふいていた。
すごい。
俺のお茶わん一杯に比べたら、あれは湖だ。
そして、俺の番が来た。
水晶の柱の前に立つ。ひんやりした表面に、手のひらを当てる。
へその下の、お茶わん一杯を、柱のほうへ流した。
光が、伸びた。
……伸びた、と言っていいのか。
柱の底のほうで、ろうそくの火みたいな光が、ぽつんと灯った。それきり、上がらない。
試験官が、目を細めて目盛をのぞきこんだ。顔を近づける。もう一度、近づける。
「……0.3」
それから、試験官は顔を上げて、俺を見た。
「……なんだこの数値は」
試験場のあちこちから、くすくす笑いが起きた。
『七、ギルドの受付で「なんだこの数値は!」と言われる』
言われた。
一字一句、ほぼ同じだ。
(違う、そうじゃない)
高すぎて言われるはずだったのに。
* * *
二つ目の試験は、魔力の制御を見るものだった。
机の上に、平たい水晶の板が置いてある。「砂鉄盤」というらしい。板の中に、黒い砂鉄が閉じこめられている。魔力で砂鉄を動かして、板の表面に描かれた見本の模様をなぞる。どれだけ正確になぞれるかで、点数がつく。
見本の模様は、花の形だった。細い線が、何重にも重なっている。
受験生たちは、みんな苦労していた。砂鉄がまとまって動きすぎて、線からはみ出る。途中で止まる。
さっきの侯爵家の女の子は、ほぼ完璧になぞって、試験官が「八十五」と書いた。
パンの男の子は、砂鉄を全部板の端に吹き飛ばした。「十二」。
「ぼく、無理だよぉ……こまかいの、ぜんぜんだめなんだよぉ」
「はい、次」
俺の番が来た。
水晶の板に、両手をそっと置いた。
そのとき、頭の中で、もう一人の俺がささやいた。
――実力を隠すんだろ。リストの十八だ。ほどほどにしておけ。
分かっている。分かっているけど。
さっきの数字が、まだ耳に残っていた。くすくす笑いも。
ほんの少しだけ、本気を見せてもいいんじゃないか。
ほんの、ちょっとだけ。
魔力を、ほんの一滴ずつ、砂鉄に流した。
砂鉄は、俺にとって、砂つぶと同じだ。九年間、毎日動かしてきた。
一粒。もう一粒。
見本の線の上に、砂鉄を一粒ずつ置いていく。はみ出さない。止まらない。花びらの一枚一枚が、黒い線で浮かび上がっていく。
あっという間に、花の模様が完成した。
試験官が、身を乗り出した。
――で、やめておけばよかった。
見本の線をよく見ると、水晶の中に、髪の毛より細いすき間が走っていた。線の形にそって、模様の奥のほうまで。
(あそこにも、通せるんじゃないか)
気がついたら、やっていた。
砂鉄を一粒ずつ、その細いすき間に送りこむ。一粒。また一粒。すき間の奥へ、奥へ。
水晶の中で、みしり、と音がした。
あ。
まずい、と思った瞬間には、もう遅かった。
ぴしっ。
水晶の板が、内側から、真っ二つに割れた。
試験場が、静まりかえった。
試験官は、割れた板と、俺の顔を、何度も見比べた。手に持った羽ペンが、ふるえている。
「さ……採点、不能……」
「割れた? 水晶が?」
「何をしたの、あの子」
受験生たちが、ざわざわと首をのばす。侯爵家の女の子が、遠くの列から、氷みたいな目でこっちを見ていた。パンの男の子は、口を開けたまま固まっている。
俺の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
(実力を隠すはずが、初日に試験の道具を割った)
影の強者として、最悪の出だしだ。
* * *
そのとき、試験場の後ろのほうから、こつ、こつと靴音がした。
女の人だった。
ぼさぼさの髪を、適当に後ろでまとめている。黒い上着の襟はよれよれ。ふらりと近づいてくると、ふわっと酒のにおいがした。
試験官が、あわてて背筋を伸ばした。
「せ、先生。これは、その」
「はーい、いいからー」
女の人は、気だるそうに手をふった。それから、机の上の割れた水晶のかけらを一つ、指でつまみ上げた。
窓からの光に、断面をかざす。
断面の、髪の毛より細いすき間に、黒い砂鉄がびっしり詰まっていた。一粒の乱れもなく、一列に。
女の人の目が、すっと細くなった。
さっきまでの眠そうな目が、どこかへ消えていた。
「……一粒ずつ?」
小さな声だった。俺にしか聞こえなかったと思う。
俺は、何も答えられなかった。
女の人は、かけらを机に戻した。それから、もう眠そうな顔に戻って、くるりと背を向けた。
「めんどくさー」
それだけ言って、試験場を出ていった。
* * *
三日後。
学園の門の前に、合格者の名前が張り出された。
リルと二人で、人だかりの後ろから背のびをした。
クラスは、AからDまでと、その上のS。Sは、学年でいちばん上のクラスだ。
D。ない。
C。ない。
B。A。ない。
平民の特待枠は、受かればどこかのクラスに名前が載るはずだ。どこにもないということは。
俺は、目をつぶりかけた。
「……ないな」
「ティオ、まだ。上のほう」
「上って、もうSしか」
「ティオ」
リルが、俺の袖を引いた。指さす先を見る。
S。
並んだ名前の、いちばん最後に。
『ティオ』
……え?
頭が、ついていかなかった。
Sクラス。魔力0.3が。水晶の板を割った受験生が。
「ティオ、あった。いちばん上」
「あった……な」
「すごい。かっこいい」
リルの尻尾が、フードつきの外套の下で、ばたばた暴れていた。
後ろから、酒のにおいがした。
振り向くと、あの女の人が、あくびをしながら立っていた。
「……0.3、お前Sな」
俺の顔を見下ろして、面倒くさそうに言う。
「理由は聞くな。めんどくさいから」




