第27話 せがれも受ける
冬が終わって、春が来て、俺は十一歳になった。
闇の日ごとに、森のふちへ通う日々は続いていた。熱冷まし草。角ウサギ。たまに森狼。Eランクになってから、受けられる依頼も増えた。
仮面には、細いひびが三本入った。そのたびに、粘土を足して直した。外套のすそは、もう縛らなくても地面につかない。
(伸びる予定は、ちゃんと予定どおりだった)
ただ、リルのほうが伸びるのが速い。それは今は考えないことにしている。
* * *
七月の、ある夕方だった。
森から戻ると、俺は東門の手前で仮面を外す。外套を裏返して、ただの灰色のぼろにする。リルはフードをかぶったまま。そうすれば、どぶ坂の孤児と、その連れの獣人の子に戻る。
その日、東門をくぐったところで、大きな背中が目に入った。
守備隊の詰所のわき。見張り塔の影になったところに、古い石碑が一本立っている。
その前に、ブラント隊長が立っていた。
俺は、どうしようか迷った。隊長とは、ギルドで「あの坊主は大丈夫だ」と言われて以来、ちゃんと話していない。会えば、なんとなく目をそらしてしまう。
隊長のほうが、先にこっちを向いた。
「坊主か」
「……こんばんは」
「腹は減ってないか」
「減ってない、です」
隊長は、ひげをなでた。いつもの、「やっぱり、減ってないと言った」という顔だ。
リルが、俺の背中をつついた。
「わたし、先に帰ってる」
気をつかったのか、ただ腹が減ったのか。たぶん後ろのほうだ。
* * *
俺は、隊長のとなりに立って、石碑を見上げた。
表には、たくさんの名前が彫ってある。どれも、雨と風で角が丸くなっていた。
六歳の夏に、東門の大きな石碑の前で、隊長から聞いた大暴走。俺が生まれる前の話だ。これは、その守備隊のぶんの碑だ。ここには、そのとき死んだ守備隊の人たちの名前だけが並んでいる。
隊長は、しばらく黙って名前を見ていた。
それから、低い声で言った。
「坊主。王都の学園を知ってるか」
「学園?」
「王立アルディア魔導学園。魔法を学ぶところだ。国中から、魔法の才のある子が集まる」
魔法学園。
その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かがはじけた。
ラノベで、何十回も読んだ。転生した主人公が、魔法学園に入る。入学試験で、とんでもない結果を出して、教師たちが青ざめる。
――いや、待て。
俺は、お茶わん一杯の魔力だ。
「でも、ああいうところって、貴族の子が行くんじゃ」
「平民の特待枠がある。試験に受かれば、学費も寮の金もいらん」
「ただ、ですか」
「ただだ」
隊長は、うなずいた。
「受けられるのは、十二になった子だ。冬の二月に王都で試験。受かれば、春から四年」
俺は、頭の中で指を折った。
今は、十一歳の七月。十二になるのは、来年の五月。その次の二月が、試験。
「……再来年、ですね」
「そうなる」
隊長は、石碑から目を離さずに言った。
「うちのせがれも、その年に受ける」
「せがれ……息子さん、いたんですか」
「ああ」
それだけだった。名前も、どんな子かも言わない。隊長は、言う必要のないことは言わない人だ。
* * *
俺の頭の中で、ノートのページがぱらぱらとめくれた。
『十八、学園で実力を隠す』
魔法学園に入る。でも、本当の力は見せない。授業では、平凡なふりをする。そして夜は、仮面をつけて――。
(最高じゃないか)
ただの特待生として入学して、裏では謎の冒険者ノワール。まさに、影の強者の生き方だ。
でも。
俺は、もう一つのことを思い出した。
「隊長。学園って、従者を連れて行けますか」
隊長は、こっちを見た。
「獣人の子か」
「……はい。リルは、置いていけないので」
隊長は、ひげをなでた。
「従者の部屋は、別の金がいる。特待でもな。それと、王都までの馬車代だ」
「いくら、ですか」
隊長が言った金額を聞いて、俺は目を閉じた。
今の貯金では、ぜんぜん足りない。部屋代だけで、今の貯金の何倍もする。
前の世界の言葉で言えば、「授業料無料! ※寮費・同伴者の費用は別途」みたいなものだ。だいたい、小さい字のほうが高い。
(あと一年半。闇の日だけで、足りるか?)
足りないかもしれない。
でも、置いていく、という答えだけは、最初から頭になかった。
隊長は、しばらく俺の顔を見ていた。
それから、石碑のほうへ向き直って、ぽつりと言った。
「受けるなら、試験は再来年の二月だ。……それまでに、腹をこわすなよ」
それは、たぶん「がんばれ」という意味だった。
* * *
廃屋に帰ると、リルが入口のところで待っていた。手に、ふかした芋を二つ持っている。
「おかえり。ネロが、ティオのぶんって」
「ありがとう」
芋を受け取って、俺は廃屋の前の段にすわった。リルも、となりに座った。
夏の夕方の空が、西のほうだけ赤い。西の街道の、ずっと先。王都のある方角だ。
「リル」
「うん」
「俺、王都に行く」
リルの耳が、ぴんと立った。
「いつ?」
「再来年の、冬」
「……ずいぶん、先」
「準備が、いろいろあるんだ。金とか」
リルは、芋をひと口かじった。もぐもぐと、ゆっくりかんで、飲みこんだ。
それから、西の空を見ながら、ぽつりと言った。
「わたしも、行く。……王都って、どんなにおい?」




