第25話 森のふちの稼ぎ方
次の闇の日。
森のふちの草地に立って、俺は靴を脱いだ。
「リル。頼む」
「うん」
リルが、草地にしゃがむ。鼻を地面すれすれに近づけて、ゆっくり動いていく。
ぎざぎざの葉。裏の白い草。この前、俺が籠いっぱい摘んだのと同じ形のものが、一面に生えている。
その中を、リルは迷わず進んでいった。
一株の前で止まる。茎のにおいをかぐ。
「これ。すっとする」
となりの、まったく同じに見える株の前で、首をふる。
「これは、にがい」
俺には、どっちも同じに見えた。同じどころか、裏の白さはにがいほうが白い。
(どう見ても、ひっかけ問題だ)
「これ」と言われた株だけを、俺が摘む。根は残して、葉と茎だけ。来月また生えてくるように。
日が高くなるころには、籠いっぱいの熱冷まし草が集まった。今度は、茎を折るたびに、すっとするにおいがした。
* * *
薬草だけだと、籠一杯で銅貨三十枚。パンなら三十個。悪くない。でも、週に一度しか来られない。
もう一つ、稼げるものがほしい。
森のふちには、角ウサギがいる。額に一本角の生えた、大きなウサギだ。角は薬の材料に、毛皮は手袋になる。見習いでも狩っていい、いちばん弱い魔物だ。
ただし、すばしっこい。草むらで見つけても、跳ねたらもう追いつけない。
だから、追わない。
俺は、はだしの足の裏を、草地に押しあてた。
つま先で二回、とんとん。
目を閉じる。
リルから写した鼻の感覚を、足の裏に重ねる。土を伝わってくる小さな揺れを、においをかぐみたいに感じとるのだ。
「――大地の囁き」
風の音。リルの足音。それから、地面の下の、とくとくと速い小さな音。
一つ、二つ。いや、もっとある。
角ウサギの巣穴だ。草地の下を、細い通り道がいくつも走っている。そして、巣穴の出口のすぐ下に、何匹かがじっとしている。
目を開けた。
「リル。あそこと、あそこ。それから、あの石の右」
「わかった」
指した場所へ、リルが静かに回りこんでいく。足音が、ほとんどしない。
俺は、巣穴の出口のすぐ外に、小さな穴を作った。
大きさは、ウサギの後ろ足一本ぶん。深さは、手首まで。上の土は、紙みたいに薄く残す。
大きな穴はいらない。大きな穴は、魔力をたくさん使う。俺のお茶わん一杯では、三つも掘れば空っぽだ。
でも、足一本ぶんなら、いくつでも作れる。
十個作った。
「リル、いいぞ」
リルが、巣穴の反対側の入口に鼻をつっこんで、ふんっと鳴らした。
地面の下で、とくとくが一斉に速くなる。
次の瞬間。
ぼこっ。ぼこっ、ぼこぼこっ。
巣穴から飛び出した角ウサギが、出口のすぐ外の小さな穴に、次々と後ろ足を取られた。
前に跳ぼうとした体が、がくんと止まる。じたばたしても、足一本がすっぽりはまって抜けない。
十個の穴のうち、八個に一匹ずつ。
端から順に、リルがそっと押さえていく。
角は、どれも無傷だった。毛皮も、泥がついただけで、どこも裂けていない。
八匹。……いや、もう一匹いた。九個目の穴のふちを蹴って、抜け出したやつが。
角ウサギは、ひと跳びで俺の背丈より高く跳ねた。草地の向こうへ、白い尻が遠ざかっていく。
追いつけない。そう思った瞬間、灰色の風が横を抜けた。
リルだ。
四つ足に近い低い姿勢で、草の上をすべるように走る。三歩で追いつき、四歩目で跳んで、ウサギの首の後ろをひょいとつかんだ。
そのまま、何事もなかったように歩いて戻ってくる。
「九ひき」
「……お前、また速くなってないか」
「ティオが、ゆっくりなだけ」
言い返せなかった。
草地にしゃがんで、きれいに並んだ小さな穴を見下ろした。
(……計算通りだ)
今回は、本当に計算した。ちょっとだけ。
帰り道、リルが俺の外套のすそを引いた。
「ねえ、ティオ。さっきの、足でじーってやつ」
「大地の囁きだ」
「だいちの……」
「囁き。アース・ウィスパー」
「あーす……」
リルは、真剣な顔で三回くり返した。
それから、にこっと笑った。
「じーってやつ、かっこいい」
覚える気は、ないらしい。
* * *
夕方のギルドで、籠と、角ウサギ九匹を受付台に並べた。
ペトラさんは、まず熱冷まし草の茎を一本折った。においをかぐ。
「……本物ね。全部?」
「全部だ」
リルが選んだのだから、全部だ。
次に、ペトラさんは角ウサギを一匹ずつ持ち上げて、ひっくり返した。毛皮をなでる。角の根元を見る。
途中で、手が止まった。
「傷が、ない」
「ない」
「矢の穴も、刃の跡も、かみ傷も。……足一本、ちょっとすりむいてるだけ」
ペトラさんは、九匹全部を見終わってから、ゆっくり顔を上げた。
「ふつうはね、見習いが角ウサギを持ってくると、毛皮が穴だらけなの。石を投げたり、棒で叩いたりするから。角も、半分は折れてる」
酒場のほうから、何人かが首をのばしてこっちを見ていた。
「この毛皮なら、手袋屋さんが喜ぶわ。角も全部売れる」
ペトラさんは、銅貨を数えて、受付台に積み上げた。この前の、ゼロとは大ちがいだ。
それから、受付台にひじをついて、仮面の奥をのぞきこんだ。
「……ノワさん、これ誰に習ったの」
俺は、何も言わなかった。
影の強者は、手の内を明かさない。
かわりに、黙って親指を立てた。
となりで、リルも黙って親指を立てた。俺と、まったく同じ角度で。
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