第24話 鼻を信じろ
最初の闇の日の朝、ギルドの受付で包みを二つ渡された。
「はい、これ。お昼」
ペトラさんだった。包みの中は、黒パンと干し肉だ。
「え、いや、これは」
「余ったの。捨てるのもったいないでしょ。……で、最初の依頼はこれね」
受付台に、一枚の紙が置かれた。
『熱冷まし草の採取。籠一杯につき、銅貨三十枚』
熱冷まし草。名前のとおり、熱を下げる薬になる草だ。黒樹海のふちの、日の当たる草地に生えているという。
「葉っぱがぎざぎざで、裏が白いの。茎をちぎると、すっとするにおいがするから。そっくりの草があるから気をつけてね」
「心配いらない」
俺は、仮面の奥でうなずいた。
「薬草採取は、冒険者の基本だ。俺はその道を、よく知っている」
ラノベで、何十回も読んだ。主人公が最初に受ける依頼は、だいたい薬草採取だ。そして主人公は、なぜか一目で本物を見分ける。
ペトラさんは、何か言いたそうな顔をした。でも、「いってらっしゃい」とだけ言った。
* * *
東門を出て、草地を半刻歩く。
目の前に、黒樹海が広がっていた。
木の幹が、どれも黒っぽい。葉が厚く重なって、昼なのに奥のほうは夕方みたいに暗い。風が通るたびに、森全体がざわざわと低く鳴る。
ここから先は、入らない。ペトラさんとの約束だ。
森のふちの草地は、日がよく当たっていた。
そして、あった。
ぎざぎざの葉。ひっくり返すと、裏が白い。それが、草地のあちこちに、わさわさ生えている。
「……あった。しかも、こんなに」
さっそく摘みはじめた。
やっぱり、ラノベの主人公は一目で分かるのだ。
ああいう主人公には、たいてい「鑑定」という力がある。見ただけで、ものの名前や値打ちが頭に浮かぶ。俺にはそんな力はない。でも、七年も土をいじってきた目がある。
(つまり、実質、鑑定だ)
どこが実質なのかは、聞かないでほしい。
「ティオ」
リルが、すぐそばにしゃがんだ。鼻を草に近づけて、ひくひくさせる。
耳が、ぴんと立った。
「……におう。ちがう」
「え?」
「すっとするにおい、しない。にがいにおい」
「いや、でも葉っぱはぎざぎざだし、裏も白いぞ。ほら」
葉を一枚ひっくり返して、リルに見せた。
リルは、黙って俺の顔と葉っぱを見比べた。
「……ちがう、と思う」
「大丈夫だ。こういうのは、だいたい最初に見つけた草むらが当たりなんだ」
なぜそう言いきれたのか、今となっては自分でも分からない。
リルは、それ以上は言わなかった。耳を伏せたまま、俺のとなりで黙って草を摘んだ。
昼すぎには、籠が山盛りになった。
ペトラさんの弁当を、二人で木の根元に座って食べた。干し肉は、塩がきいていてうまかった。
リルは、ほとんどしゃべらなかった。
いつもなら、ご飯のときは、においの話をする。どこの家のスープが今日はうまそうだったとか、ペトラさんの手は紙とインクのにおいがするとか。
その日は、何も言わなかった。
俺は、山盛りの籠ばかり見ていて、そのことに気づかなかった。
* * *
夕方。ギルドの受付台に、籠をどさっと置いた。
「ただいま戻った。籠一杯だ」
胸を張った。
ペトラさんは、籠の中の草を一本つまんだ。茎を折る。においをかぐ。
顔が、すうっと真顔になった。
「……ノワさん」
「なんだ」
「これ、腹くだし草」
酒場が、しんとした。
「熱冷まし草とそっくりなの。葉の形も、裏の白さも。でも茎のにおいが違うし、食べると三日はお腹をこわすわ。……言ったわよね、そっくりの草があるって」
言った。確かに言っていた。
「買い取りは、ゼロ」
ペトラさんは、受付台の判をつかんだ。
ドン。
帳面に、「不可」の判が押された。
その音が、俺の胸のど真ん中に押された気がした。
酒場のあちこちから、くすくす笑いが聞こえる。「ノワちゃん、初日から腹くだしか」「籠いっぱいとは、やる気だけはあるな」。
俺は、仮面の下で、どんどん小さくなっていった。
たぶん、背が半分くらいになっていたと思う。
ペトラさんは、籠を受付台の下に引っこめた。それから、ため息をついた。
「最初はみんな、何かやらかすのよ。……その子、最初に気づいてたんじゃないの?」
となりのリルを見た。
リルは、フードの奥で、じっと床を見ていた。
* * *
帰り道。
夕焼けの北門通りを、二人で歩いた。
ずっと、二人とも黙っていた。
どぶ坂へ下りる角まで来たところで、俺は立ち止まった。
リルは、言った。ちゃんと言った。におう、ちがう、と。
俺は、聞かなかった。
ラノベの主人公なら一目で分かるはずだ、という、ただそれだけの理由で。
ここにいるのは、ラノベの主人公じゃない。お茶わん一杯の魔力の、どぶ坂の孤児だ。
そして、となりには、世界でいちばん鼻のきく仲間がいる。
(影の強者の作法、その四。仲間の鼻を、信じろ)
今、決めた。
「リル」
「……うん」
「ごめん」
リルの耳が、ぴくりと動いた。
俺は、仮面を外した。夕焼けの風が、顔に冷たかった。
「……次は、お前の鼻を信じる」
リルは、俺の顔をじっと見た。
それから、ゆっくり尻尾をふった。
「うん。わたしも、ティオの足、信じる」




