第21話 黒い粘土の仮面
十歳になった。
五月十日。ネロが決めた、俺の誕生日だ。
この国では、十歳になると冒険者ギルドに「見習い」として登録できる。薬草を採ったり、小さな魔物を狩ったりして、お金をもらえるようになる。
俺は、この日をずっと待っていた。
ノートのリストの、二番目。
『二、仮面の冒険者になる』
顔を隠した、正体不明の冒険者。誰も素顔を知らない。でも腕は一流。酒場では噂になる。「あいつは何者だ」と。
――最高だ。
問題は、仮面がないことだった。
* * *
仮面は、自分で作ることにした。
材料は、川原の黒い粘土だ。水はけの悪い場所の、いちばん底にたまっている。指でつまむと、ねっとりして重い。
空き地に座って、粘土を顔の形にのばす。
ここで、土魔法の出番だ。
粘土の粒を、一つずつ寄せて詰める。すき間をなくすと、焼いたときに割れにくい。砂つぶを動かす練習を、七年も続けてきた。こういう作業なら、誰にも負けない。
形は、目から上だけを隠す半面にした。口が出ていないと、ご飯が食べられないからだ。
(仮面の冒険者も、腹は減る)
目の穴は、細く切れ長に。おでこには、ゆるいとがりを一本。
夜、貧民街のみんなで使うかまどの灰に埋めて、ひと晩かけて焼いた。
最初の一枚は、朝になったら、おでこのとがりの根元からぱっくり二つになっていた。
かっこよくしようと、とがりを長くしすぎたのだ。そこだけ厚くなって、焼けるのが遅れた。
(ロマンは、焼き物の敵だ)
二枚目は、とがりを指一本ぶんに縮めた。厚さも、端から端まで同じにそろえた。粒を詰める作業を、前の倍の時間かけてやった。
朝、灰の中から取り出すと、仮面は真っ黒に光っていた。ひびは一本もない。
俺は、両手でそっと持ち上げた。
「……できた」
顔に当てる。ぴったりだ。俺の顔の形に合わせて作ったのだから、当たり前だけど。
ひんやりして、粘土のにおいがした。
* * *
「ティオ。これ」
昼すぎ、ネロが廃屋に戻ってきて、何かを放ってよこした。
灰色の外套だった。すそがほつれて、ひじに当て布がしてある。
「俺のお古だ。もう着ねえから」
「え、いいのか」
「でけえだろうけどな。冬は寒いぞ、森は」
ネロは十五歳になった。背がぐんと伸びて、今は市場の荷運びで働いている。孤児たちのまとめ役は、まだやめていない。
着てみた。すそが地面につきそうだった。
「……引きずってんぞ、チビ」
「伸びる予定だから、問題ない」
「はいはい」
ネロはそれだけ言って、また出ていった。
俺は外套のすそを折り返して、ひもで縛った。
仮面。外套。
あとは、名乗りだ。
* * *
空き地の真ん中に立つ。
仮面をつける。外套の襟を立てる。
ここがいちばん大事なところだ。名乗りの角度で、かっこよさの半分が決まる。
右手を前に。あごを引く。外套を、ばさっとひるがえす。
……違う。ひるがえしたすそが、顔に当たった。
もう一回。
手の高さを変える。足を開く。
もう一回。
今度は、決めのあとに半歩下がってみる。
もう一回。
三十回目くらいで、外套のすそを踏んで転んだ。
「――ティオ」
塀の上から声がした。
顔を上げると、ピアが崩れた塀のてっぺんに座って、頬杖をついていた。
ピアは九歳になった。前より髪が長い。毛布は、もう肩にもかけていない。そのかわり、いろんなことに鋭くなった。
「……いつから見てた」
「ぜんぶ」
「ぜんぶか」
「ぜんぶ」
ピアは、塀の上で足をぶらぶらさせた。
「それ、何のれんしゅう?」
「これは、その……」
俺は立ち上がって、外套の泥をはらった。仮面の奥で、顔が熱い。
「――世を忍ぶ、仮の姿の、練習だ」
「はいはい、影の人」
ピアは、ネロと同じ返事に、一言だけ足した。
「ないしょね」
飴は、もうねだられなかった。成長だ。それはそれで、ちょっとさびしい。
* * *
夕方、廃屋の前でリルが待っていた。
灰色の耳が、ぴくりと動く。俺のにおいで、空き地から帰ってくるのが分かるのだ。
リルは、俺と同い年だ。九月で十歳になる。拾ったころは骨と皮だけだったのに、今はほっぺたに肉がついた。背も、もうすぐ俺を追いこしそうだ。
「ティオ。粘土のにおい」
「仮面ができたんだ。ほら」
見せると、リルは目を丸くした。尻尾が、ゆっくり左右にふれる。
「……かっこいい」
全部、本気で言ってくれる。リルだけだ。
「明日、ギルドに行く。登録してくる」
「わたしも行く」
すぐに返事が来た。
俺は、そこで気がついた。
「……リル。今、わたしって言った?」
「うん」
「前は、リルって言ってたよな。自分のこと」
リルは首をかしげた。それから、考えるみたいに耳を伏せた。
「ピアが、わたしって言うから。……へん?」
「へんじゃない」
へんじゃない。ただ、知らないうちに変わっていたのが、なんだか不思議だった。
毎日一緒にいるのに。
* * *
六月のはじめの朝。
俺とリルは、北門通りに立っていた。
目の前に、木造の二階建て。看板には、剣と盾の絵。中から、酒と汗のにおいがもれてくる。
冒険者ギルドだ。
仮面をつける。外套の襟を立てる。リルが、フードを深くかぶる。
俺は、扉の前で、つま先で地面を二回、とんとんと叩いた。
大地に聞く。いけるか、と。
地面は、何も言わなかった。
でも、足の裏は温かかった。




