第2話 燃料は増えない
転生ものには、お約束がある。
子どものうちに魔力を鍛えると、大人になってからとんでもない量になる。
やり方も決まっている。魔力を空っぽになるまで使う。気絶する。起きたら、ほんの少し増えている。これを毎日くり返す。
何十冊も読んだ。どの本にも、だいたいそう書いてあった。
だから俺は、やった。
三歳の夏から、毎日。
路地の奥の、誰も来ない空き地。そこが俺の修行場だ。崩れた塀に囲まれていて、外からは見えない。雑草と、水はけの悪い泥。修行には最高の場所だ。
泥をこねて、泥玉を作る。一個作るたびに、へその下のぬるいお湯が減っていく。
一個。二個。三個。
十個をこえると、頭がぼんやりしてくる。
十一個。
十二個。
そこで、目の前が真っ暗になる。
気がつくと、空き地に寝転がっている。空はオレンジ色。泥玉が十二個、並んでいる。
「よし」
俺はにやりと笑う。
これで、明日は十三個作れるはずだ。
* * *
十三個は、作れなかった。
次の日も、十二個で倒れた。
その次の日も、十二個。
まあ、すぐには増えないんだろう。ラノベでも、主人公は何年もかけていた。
俺は続けた。
雨の日は、廃屋の床下の土で。
風邪をひいた日も、鼻をすすりながら。
冬は、凍った土を手で温めてから。指がかじかんで、泥玉がうまく丸まらない日もあった。
気絶する場所にも、気をつけるようになった。最初のころ、水たまりの近くで倒れて、顔半分が泥に沈んでいたことがある。起きたとき、ネロが真っ青な顔で俺を引っぱり上げていた。
それからは、乾いた草の上で倒れることにした。
修行は、地味で、泥くさい。
毎日、毎日、十二個。
そして、一年がたった。
四歳の夏。俺は空き地で、泥玉を並べていた。
十個。
十一個。
十二個。
……目の前が、真っ暗になった。
* * *
「ティオ、生きてる?」
顔をのぞきこんでいたのは、ネロだった。
ネロは九歳。俺たち孤児の中でいちばん年上で、みんなのまとめ役だ。背が高くて、目つきが悪い。口も悪い。でも、拾ってきた芋は必ず人数分に分けるし、小さい子が泣いていると、文句を言いながら背負ってやる。
「……生きてる」
「お前、毎日ここで寝てんのな。泥遊びしながら」
「遊びじゃない。修行だ」
「はいはい。なんの修行だよ」
「……いつか、世界を救うための」
ネロは、たっぷり三つ数えるくらい黙った。
「そっか。がんばれよ」
ネロは、並んだ泥玉を一つ拾った。指でつまんで、くるくる回す。
「変な遊び。……でも、これ、やたら丸いな」
ネロはそれだけ言って、泥玉をぽいと戻した。空き地を出ていく。晩飯の芋を取りに行くのだ。
俺は、寝転んだまま空を見た。
一年。
一年間、毎日、空っぽになるまで使った。
十二個のままだ。
一個も増えていない。
鼻の奥がつんとした。
ラノベのうそつき。
いや、違う。この世界では、そうなっていないだけだ。魔力の量は、生まれつき決まっている。どんなに鍛えても、増えない。
つまり俺は、ずっと、お茶わん一杯ぶんの魔力で生きていく。
火を出す守備隊の人は、きっと風呂おけくらい持っている。
(……地味な土魔法。しかも、燃料がお茶わん一杯)
五十三個のリストが、頭の中でぱらぱらとめくれた。二つ名。仮面の冒険者。隠れ里。
全部、遠くなった気がした。
* * *
その夜、俺は眠れなかった。
廃屋のすみで、みんなの寝息を聞きながら、手のひらを見ていた。
ネロの言葉が、頭に残っていた。
――これ、やたら丸いな。
俺は起き上がって、床下から土をひとつかみ取った。
ぬるいお湯を、ほんのちょっとだけ流す。
泥玉を一個、作る。
月明かりにかざした。
丸い。
本当に、丸い。でこぼこが一つもない。表面が、つるりと光っている。
一年前に作った泥玉を思い出す。ゆがんでいた。ひびが入っていた。形を保つだけで精一杯だった。
俺は、もう一個作ってみた。
今度は、もっと小さく。豆つぶくらいに。
できた。
もっと小さく。ゴマつぶくらい。
できた。
手のひらに、ゴマつぶみたいな泥玉が乗っている。丸い。ちゃんと丸い。
そして、魔力はほとんど減っていなかった。
俺は、息を止めた。
もう一つ、試す。
床の土から、砂つぶを一つだけ選んで、浮かせる。
一つだけだ。となりの砂つぶは、動かさない。
……浮いた。
砂つぶが一つ、指先の上で、ふわりと止まっている。
一年前の俺には、絶対にできなかった。土をつかむと、全部まとめて動いてしまった。
燃料は増えていない。
でも、使い方がうまくなっている。
同じお茶わん一杯のお湯でも、ばしゃっとこぼせば一瞬でなくなる。一滴ずつ、狙ったところに落とせば、ずっと長く使える。
ラノベは、半分だけ当たっていたのだ。
俺は、砂つぶを床にそっと戻した。
口のはしが、勝手に上がっていく。
量で勝てないなら、うまさで勝てばいい。
誰よりも細かく。誰よりも正確に。砂つぶ一つまで、思いどおりに動かせるくらいに。
それは、たぶん、すごく地味な強さだ。
でも。
(地味な強さって……逆にかっこよくないか?)
俺は、廃屋の天井を見上げて、声を出さずに笑った。
燃料は増えない。
でも、腕は上がる。
翌朝から、修行のやり方を変えた。
十二個の泥玉は、やめた。
かわりに、一個の泥玉を、どこまで小さく、どこまで正確に作れるか。それを毎日、くり返すことにした。




