↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土魔法しか使えない俺の隠れ里に、捨てられた天才たちが集まりすぎている  作者: 雅龍(がりゅう)
第1部 幼少編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/92

第17話 足の裏で聞く

 眷属共鳴で写した鼻には、困った弱点があった。


 届かない。


 三軒先までは、においが選べる。でも、その先はぼやける。魔物が森から来ても、三軒先まで近づかれてからじゃ遅い。


 冬のはじめの朝。俺は、はだしで空き地に立っていた。


 もともと、靴なんか持っていない。足の裏は、もう石みたいに硬い。


 目を閉じる。


 鼻でにおいを選ぶとき、俺は空気の中の、目に見えないくらい細かい粒を感じている。だったら同じやり方で、土の中の粒を感じたらどうだろう。


 土の粒は、いつもかすかに揺れている。誰かが歩けば、その揺れが土を伝って広がっていく。


 前の世界に、糸電話というおもちゃがあった。ぴんと張った糸は、空気より声をよく運ぶ。土も、たぶん同じだ。


 足の裏から、魔力を細く、細く流す。


 鼻でにおいを一粒ずつ選ぶ、あの感覚を、土の揺れに重ねる。


 ――とん。とん。


 来た。


 足音だ。路地の向こう。三軒先、四軒先、もっと先まで。


 重い足音と、軽い足音。大人と子ども。走っている足音と、のんびり歩く足音。


 地面の下で、何かがちょろちょろと動いている。ネズミだ。巣穴の中で、三匹固まっている。


 土だけじゃ、揺れが大きすぎて何が何だか分からなかった。


 鼻のやり方を重ねたら、聞こえた。


 俺は目を開けた。


「名づけて――大地の囁き(アース・ウィスパー)」


 要するに、足の裏で、地面の揺れを聞く技だ。


「……かっこいい」


 塀の上から、声がした。リルが、ちょこんと座ってこっちを見ていた。


 この世界で初めて、俺の技名をほめてくれた声だった。


「だろ? もう一個あるぞ」


 俺は、足もとの泥人形を指さした。手のひらくらいの、いつもの人形だ。


「こいつは、土塊の従者(クレイ・サーヴァント)。見張り役だ」


 要するに、いつもの泥人形だ。


 泥人形が、ちょこちょこと塀のすき間から路地へ走っていく。人形が踏んだ土の揺れも、足の裏でちゃんと聞こえた。


「すごい。……あの、とことこ、のやつ」


「土塊の従者な」


「とことこ」


 覚える気はないらしい。


「リル。ちょっと、塀の向こうを歩いてみてくれ。俺は目をつぶってる」


「うん」


 リルが塀から飛び降りて、路地へ出ていった。


 足音は、軽い。猫みたいに軽い。でも、聞こえる。右へ三歩。止まる。左へ五歩。今度は、つま先立ちで、そうっと。


「今、つま先で歩いてるだろ」


「……すごい」


「今度は、戻ってきて、俺の後ろに立とうとしてる」


「すごい!」


 塀の向こうで、リルの尻尾がばたばた揺れる音まで聞こえた。地面を、尻尾で叩いている。


(それは聞こえすぎだ)


     * * *


 その日の昼、試す機会は、向こうからやってきた。


 市場は、大市の日で、人でごった返していた。俺とリルは、野菜くずを拾いに来ていた。リルはぼろ布をかぶって、耳を隠している。


「どろぼう!」


 屋台の親父の叫び声が、人ごみを裂いた。


「売上の袋を持ってかれた! 誰か、そいつを!」


 見ると、男が一人、人をかき分けて走っていた。手に、ふくらんだ布袋。あっという間に、人の頭の向こうに消える。


 人が多すぎて、見えない。誰も追いつけない。


 俺は、はだしの足を地面につけた。


 つま先で、とん、とん、と二回。


 大地に聞く。


 足の裏に、揺れがいっぺんに流れこんできた。何百人ぶんの足音。でも、その中に一つだけ、ほかとちがう足音がある。


 重くて、速くて、ほかの足音を押しのけるみたいに進む足音。


 その揺れを、一粒だけ選ぶ。


 ――右。肉屋の角を曲がった。路地に入る。三本目の分かれ道を左。その先は、市場の裏道に出る。


「リル」


「ん」


「裏道。ごみ捨て場の手前。そこで待て」


 リルは、何も聞かなかった。


 うなずいて、人の足の間をすり抜けるように走り出した。速い。灰色の影が、あっという間に見えなくなる。


 俺は、泥人形を路地に先回りさせた。


 男の足音が、裏道に向かって近づいてくる。あと十歩。五歩。


 泥人形が、男の足もとに飛び出した。


 男の足が、手のひらほどの泥のかたまりを踏んで、ずるっとすべった。


 そこへ、横から、灰色のかたまりが突っこんだ。


 リルの体当たりだ。


 男は、ごみ捨て場の野菜くずの山に、頭から突っこんだ。


     * * *


 追いかけてきた屋台の親父が、野菜くずまみれの男を押さえつけた。布袋を取り返して、高くかかげる。


「取り返したぞ!」


 まわりの人たちが、わっと声を上げた。


「やるなあ、親父!」


「さすが、市場一の足だ」


 親父は、まんざらでもない顔で胸を張った。


 ごみの山の中で崩れている泥のかたまりには、誰も気づかない。ぼろ布をかぶった獣人の子が、人ごみに消えていったことにも。


 俺は、人ごみのすみで、泥のついた足の裏をなでた。


 リルが、するりと戻ってきた。ぼろ布のすき間から、金色の目が俺を見上げる。


「ティオ。なんで、なのらない」


「真の強者は、影に潜むものなんだ」


「……かっこいい」


 リルはそう言って、俺の袖をつかんだ。


 親父の大きな声が、背中で響いていた。


「おい、さっき何かが走っていかなかったか? ちっこいのが――」


 俺は振り返らずに、リルの手を引いて、黙って人ごみの中にまぎれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。