↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土魔法しか使えない俺の隠れ里に、捨てられた天才たちが集まりすぎている  作者: 雅龍(がりゅう)
第1部 幼少編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/66

第10話 次のページ

 七歳になった。


 空き地の真ん中で、泥の人形が歩いていた。


 手のひらに乗るくらいの、小さな人形だ。三歳のとき、水たまりのふちで初めて立たせた、あの不格好なやつの子孫にあたる。


 今は、ちゃんと歩く。右足、左足。小石があれば、よいしょとまたいで越える。


「あるいた!」


 塀の上で、ピアが手を叩いた。六歳になったピアは、もう塀の上が自分の席だと思っている。


「ティオ、それ、こっちにもこさせて」


「無理だ。塀は登れない」


「なんで」


「足が短いから」


「ティオとおんなじだね」


(それは言わなくていい)


 泥人形は、空き地を一周して、俺の足元でぺたりと座った。魔力は、ほとんど使っていない。動かしているのは、足の関節にあたる砂つぶだけだからだ。


 岩猪の日から、一年がたっていた。


 あの日のことは、どぶ坂ではもう「守備隊が猪を仕留めた日」として語られている。孤児の仲間たちも、いつの間にか言わなくなった。


 隊長は、あれから何も聞いてこない。会うと、ただ「腹は減ってないか」と言う。それだけだ。


 廃屋の壁の線は、まだ一本のままだ。


 屋根の板は、ちゃんと直した。ネロに言われたからではない。いや、言われたからだ。三回言われた。


     * * *


 その夜、俺は屋根の上に寝転がって、星を見ていた。


 前の世界のノートは、もうない。凍った階段と一緒に、向こうに置いてきた。


 でも、中身は全部覚えている。五十三個、一つ残らず。


 頭の中で、ページをめくる。


 一、かっこいい二つ名を持つ。まだだ。今のところ、どぶ坂での呼び名は「泥のティオ」。かっこよくはない。


 二、仮面の冒険者になる。冒険者の登録は、十歳からだ。まだ三年ある。


 三、秘密の隠れ里を作る。空き地の砂の地図の中にだけ、ある。


 四、ケモミミの仲間と旅をする。


 そこで、ページをめくる手が止まった。


 ケモミミ。ラノベでは、だいたい最初の仲間になる。耳と尻尾があって、鼻がよくて、主人公のいちばんの味方になる。


 ずっと、それがかっこいいからだと思っていた。


 でも、星を見ながら考えて、気づいた。


 俺がほしいのは、ケモミミというより――。


 仲間だ。


 一緒に、バカな夢を本気で追いかけてくれる仲間。隠れ里の地図を見せても、笑わないやつ。「大地に聞く」と言ったら、一緒に地面に耳をつけてくれるやつ。


 ネロもピアも、家族だ。大事だ。でも二人には、二人の暮らしがある。俺の五十三個に、全部つきあわせるわけにはいかない。


(……七歳で、こんなことを考えてる時点で、だいぶ重症だな)


 俺は寝返りをうって、目を閉じた。


     * * *


 十月の、夕方だった。


 市場の帰り、ネロとピアと三人で、大通りを歩いていた。


 ネロは十二歳になって、背がまた伸びた。荷運びの仕事で、肩幅も広くなった。今日は野菜くずを、袋いっぱいにもらってきている。


 大通りの向こうから、重い車輪の音が近づいてきた。


 ぎしぎし、ぎしぎし。


 人々が、道の端によける。


 大きな馬車だった。荷台には、布をかぶせた四角いものがいくつも積んである。布のすき間から、黒い鉄の棒がのぞいていた。


 檻だ。


 御者台には、やせた中年の男が座っていた。上等な服に、帽子を深くかぶっている。つばの下の目つきだけが、乾いていた。男は、通りの人を見もせずに、手綱を軽く振った。


「どいたどいた。商品に触るなよ。触ったら買ってもらうからな」


 冗談なのか本気なのか、分からない声だった。たぶん、本気だ。


 まわりの大人が、ひそひそと話す。


「ガンツの馬車だ。あの奴隷商、また南のほうから運んできたのか」


「王都に持っていくんだろ。高く売れるからな」


「どれいしょう、ってなに?」


 ピアが、ネロの服のすそを引いた。


「人を売り買いするやつだ」


「ひとを?」


「借金で売られたやつとか、戦で捕まったやつとか。檻に入れて運んで、買いたいやつに売る」


 ネロの声は、いつもより硬かった。その手が、俺の腕をつかんだ。


「見んな」


「なんで」


「奴隷商に目つけられたら、ろくなことにならねえ。俺らみたいなのは、とくにな」


 ネロの手に、力がこもっていた。


 ピアが、ネロの後ろに隠れた。


 俺は、うつむこうとした。


 そのとき、馬車の車輪が、道のくぼみにはまって大きく揺れた。


 荷台の布が、ずれた。


 檻の中が、見えた。


 うす暗い鉄の格子の向こうに、小さな体がうずくまっていた。俺と同じくらいの子どもだ。ぼろ布にくるまって、膝を抱えている。


 頭の上に、耳があった。


 灰色の、三角の耳。


 ケモミミだ、と思うより先に、俺は息をのんだ。


 その耳は、ぴんと立っていなかった。ぺたりと、頭に張りつくように伏せられていた。おびえているときの、犬の耳と同じだった。


 ネロが、もう一度俺の腕を引いた。


「ティオ。見んなって」


 俺は、目を離せなかった。


 檻の中の子が、ゆっくりと顔を上げた。


 ぼさぼさの灰色の髪のすき間から、目がのぞいた。


 金色だった。


 夕日を映したみたいな、金色の目。


 馬車が、ぎしりと動きだす。布が、また檻をおおっていく。


 まわりの音が、遠くなった。車輪のきしむ音も、ネロの声も、ピアが俺の袖を引く手も。


 布が閉じる、その最後の一瞬まで。


 その子の目が、こっちを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。