7.行き場のない苛立ち
(……ムカつくぜ)
円城の机で藤宮が飯を食っていること自体は良かった。
付き合ってるように見せろと言ったのは俺たちの方だし、クラスの連中も、すっかり二人をそういう目で見るようになっている。
問題はそこじゃない。円城から渡された紙袋を覗いた時の藤宮は、俺に告白の話を持ちかけられた時とは別人だった。
何を話しているかまでは聞こえなかったが、笑っていた。
周りに揶揄われても、前みたいに露骨に嫌がらなくなった。
(そこまでやれなんて言ってねぇ)
五限が始まってからも藤宮の笑顔が頭に残っていたせいで、教師の話はほとんど耳に入らなかった。
いや、元から聞く気なんて無かった。
ロクに社会にも出てない大人の話を聞いたところで、俺の人生には何の影響もない。
それよりも、俺には仲間がいる。
机の下でスマホを点け、トーク画面から一つをタップする。
「藤宮、やりすぎじゃねぇか?」
『何が』
すぐに返事が来た。
「毎日あいつと飯食ってんぞ」
「今日なんか菓子もらって喜んでた」
『いいじゃん』
何がいいんだよ。
「俺たちが言ったのは、付き合ってるフリしろってことだよな?」
『だから順調じゃん』
『そうそう。円城だっけ? そいつが本気になってるなら』
「藤宮の方もだよ」
画面を睨む。少し間が空いてから、短い文章が返ってくる。
『それならもっと使えるじゃ〜ん!』
「は?」
『学校だけでは弱いということか』
『そそ。休みに二人で出かけさせれば?』
思わず前を向く。
教師は黒板に何かを書いていて、こっちを見ていない。
「そこまでやる必要あんのか?」
『最後に全部嘘でしたってやるんだろ
本気で付き合った方が面白いじゃん』
こいつら、同じクラスなのは俺だけだからって、他人事だと思って好き勝手言いやがる。
それでも、言っていることは分かる。
円城は今でも十分その気になっているはずだが、学校で一緒にいるだけなら、完全に好きになるとは限らない。
だが、休日まで使って遊びに行って、それで藤宮に振られたとなれば話は別だ。
「分かった」
『写真も一枚くらいあった方がいいかもね』
「注文多すぎるだろ」
『面白くするんでしょ?』
返事をやめた。
放課後になって、俺は教室を出た藤宮を追いかける。
円城は今日は一緒に残らないらしく、姿は見当たらなかった。
「おい、藤宮」
名前を呼ぶと、彼女は足を止める。
振り返り、嫌そうな顔を隠そうともしない。
「……なに」
「ちょっと来い」
「ここじゃ駄目なの?」
「駄目だから呼んでんだよ」
藤宮は何も言わずについてきた。
人が通らないところまで移動し、彼女を見る。
鞄を抱えたまま俺から距離を取って立っている。
「お前さ、最近ずいぶん楽しそうじゃねえか」
藤宮の目つきが変わった。
「ちゃんと付き合ってるように見せろって言ったの、そっちでしょ」
「だからって、昼飯まで毎日一緒に食う必要あんのかよ。勉強も教えてるらしいし、今日は菓子までもらってたよな」
「見てたんだ」
「見えるんだよ。俺は後ろの席だからな」
藤宮は鞄の持ち手を握ったまま、俺から目を逸らさない。
「だったら問題ないでしょ。クラスの子たちも疑ってないし、円城くんだって——」
言葉が切れた。
「円城が何だよ」
「……別に」
「お前、あいつに情でも移ったのか?」
返事がなかった。
冗談で言ったつもりだったが、もしかするかもしれない。
「勘違いすんなよ。別に仲良くすんなって言ってるわけじゃねえから。むしろ、もっとやれよ」
「……もっと?」
「今度の休み、円城と二人で出かけろ。学校で一緒にいるだけじゃなくて、ちゃんとデートしてこい」
「そ、そこまでやる必要ないでしょ。もう十分じゃん!」
「それは、俺らが決めることだから」
「付き合ってるって思わせるだけなら、今のままでも——」
「写真も撮ってこいよ。二人で出かけたって分かるやつをさ」
「絶対に嫌」
俺が何か言う前に藤宮が続ける。
「円城くんは関係ないでしょ。学校で付き合ってるフリするだけでも十分巻き込んでるのに、休みの日まで使って、何がしたいの?」
「何がしたいか? 俺たちは楽しけりゃいいのよ。それに、あいつ前から気に食わねぇんだ。誰にでもいい顔して、それで周りから持ち上げられてんのがよ」
「だからって、どこまでやってもいいことにはならないじゃん」
「へえ?」
俺はポケットからスマホを出す。
藤宮の声が止まった。
画面を操作し、保存してある動画を開いて彼女に見せる。
再生する必要もなかった。藤宮には最初の一コマだけで分かるからだ。
「じゃあ、やめるか? これが回ったらどう見えるだろうな」
「……それ出す気?」
「お前次第だろ。親父さんの件だって、まだ何も片付いてねえしな」
藤宮の指が鞄に食い込む。
「家族は関係ないでしょ」
「円城だって関係ないんだろ? 関係ない奴ばっかだなぁ〜?」
「……最低」
藤宮は俺を睨んだまま、しばらく何も言わない。
「…………行けばいいんでしょ」
「ああ。ちゃんとデートに見えるようにしろよ」
「分かった」
返事をしてからも、藤宮はその場に残っていた。
「何かあんのか?」
「これが終わったら、動画は消してくれるんだよね」
「おーおー、もちろんだよ」
藤宮の顔から怒りが消えた。安堵の方が強くなったのだ。
「……分かった」
踵を返して歩いていく背中を見送っていると、ポケットの中のスマホが震える。
『どう?』
「上手く行ったよ。やらせる」
『やるじゃんカッシー!』
その後も何件かのメッセージが送られてくるが、俺は何も返さなかった。
遠くで運動部が声を上げている。俺は無意識のうちに舌打ちしていた。
あからさまに仄めかし過ぎたかもしれません。
ほとんど触れられず終わるかもですが、予想してみてください
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