8.了解
「円城くん、今週の土曜日って空いてる?」
平穏を感じつつある日々の中、藤宮が新たな展開を持ってきた。
「空いてますよ」
「即答なんだね」
「俺に予定なんて、基本的にないですからね。どうかしたんですか?」
「そう、どうかしたの」
藤宮は流暢に喋っていたが、突然口を閉じてしまった。
なかなか続きを言わないと思っていると、ようやく決心したようだ。
「駅の方に大きいショッピングモールがあるでしょ? よかったら一緒に行かない?」
「もちろんいいですよ」
「……そっか」
誘った本人なのに、返事を聞いた藤宮は少し困ったように口元を曲げた。
「円城くんって二つ返事だけど、断る選択肢はないの?」
「藤宮さんからのお誘いですから」
「他の子にも、同じこと言ってるんじゃないの」
「彼女がいるのに、他の女子と二人で出かけるのは良くないですよ」
そもそも、俺を遊びに誘おうとする物好きはいないけど。
藤宮はまた黙ってしまう。
「どうしたんですか?」
「別に。なんか急に彼氏っぽいこと言うなと思って」
「いち——彼氏なんですから、彼氏っぽくても問題はないですよね?」
「まぁね」
一応、と言いそうになって慌てかけた。危ない。
「それで、ショッピングモールで買いたいものとかあるんですか?」
「いや、特に目的はないんだよね。あ、キッチン用品のお店が大きいらしいよ。円城くん、好きかなって」
「好きですね」
「……そ、そうでしょ?」
「包丁とかフライパンって、見てるだけでも楽しいんですよ。一時間は軽いですね」
「私はフライパンで一時間潰せる自信ないなぁ」
「一時間も付き合わせませんよ。三十分でどうですか?」
「長いよ」
ダメだった。
「でも、私も見たいものあるし、それぞれ好きなところ回ればいいんじゃない? 円城くんが調理器具見てる間、私も近くのお店見てるから」
「……せっかく一緒に行くのに別行動は、あんまりかもですね」
「それもそうだね。じゃあ私も付き合うからさ、円城くんも私の買い物に付き合ってよ」
「もちろんです。十五分にします」
「ん。途中で飽きても怒らないでね」
「頑張って包丁とフライパンの魅力を説明しますよ」
「余計に嫌になりそうだからやめて」
この加工の効果がどうとか、気にならない?
気にならないか。
その割には藤宮の機嫌は良さそうだ。
「お昼も向こうで食べよっか」
「いいですね。何食べます?」
「まだ決めなくていいでしょ。当日歩いてさ、美味しそうなところあったらそこにしよ」
「藤宮さん、結構行き当たりばったりですね」
「円城くんと食べるんだったら、そこまで外れない気がするし」
「俺に店を見分ける力はないですよ」
「そうじゃなくて……ご飯食べてる時、幸せそうだから。多少外れても文句言わなそう」
「良い話だと思ったら、保険掛けられてますか?」
「保険って大事だからね」
否定しないのか。
「あとは……地下に食品売り場もあるんだって。そこも寄りたい」
「何か作るんですか?」
「いや、買うんじゃなくてアイデアのために。ほら、交代制」
「あぁ」
「次は私の番だから、何か良さそうなのあったら真似しようかなって。円城くんも一緒に選んでよ」
「俺が好きなやつですか?」
「うん。食べるの円城くんなんだから、それでいいじゃん。ただ、大変そうなやつ指差したら置いてくからね」
「先に言っておいてもらえて良かったです」
あるかは分からないが、伊勢海老とか言ってたら終わりだったな。
「じゃあ、キッチン用品を見て、お昼食べて、地下に行く感じですね」
「あと、雑貨も見たい。円城くんは嫌?」
「全然。朝から行きます?」
「それがいいかも。十時半くらいに駅で——」
藤宮か何かを思い出したように止まる。
「私たち、連絡先知らないよね」
「そういえば知らないですね」
「おかしいよね。付き合ってるのに、連絡先も知らないって」
「学校で毎日会いますからね」
「そういう問題かなぁ……」
言われてみれば、恋人になってから一度も学校の外で連絡を取っていない。
連絡先を聞く機会もなかったし、困ったこともなかった。
「じゃあ、交換しましょうか」
「うん。スマホ出して」
MINEに連絡先を登録すると、藤宮が自分の画面を確認してから何かを操作する。すぐに俺のスマホが震えた。
『土曜日、十時半』
「目の前にいますけど」
「忘れたら嫌だから送ったの。アナウンスもしちゃお」
トーク画面の上に『土曜日、十時半』と固定される。
「忘れませんよ」
「本当かな。円城くん、意外と抜けてるところありそうだし」
「もしかして、まだ英語のこと引きずってます?」
「信用って、一回なくすと大変なんだよ」
「二度と知ったかぶりはしないようにします」
藤宮が笑う。
俺も返事を送ろうと画面を開き、考える。
『楽しみにしてます』
自分では合格点のメッセージだと思うが、彼女は俺を見て失笑する。
「……これこそ、いま送る? “了解”とかでいいんじゃない?」
「でも、今から楽しみなのは本当ですよ」
「そうやって唐突に口説こうとしてこない」
「了解」
肩をバシッと叩かれた。
藤宮はスマホを伏せたが、また手に取った。
俺のスマホが震える。
『私も』
顔を上げても、藤宮はこちらを見なかった。
またしても手に振動が伝わった。
『キッチン用品』
『お昼』
『雑貨屋』
『帰りに目薬』
「……メモ代わりになってません?」
「便利だね、彼氏のMINEって」
そういう使い方でもいいらしい。
その日の晩、いくつかメモ用にメッセージを送ったらボイスメッセージが送られてきた。
『——うるさい!』
ちょっとキレていた。
だんだん打ち解けてきて良かったですね
ということで、申し訳ありませんがストックがここまでなので完結になります。
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