6.途中で革命でも起きたんですか?
数日後の昼休み、俺が弁当箱を机に出すより先に、藤宮が前の席から椅子を引いてきた。
「今日はちょっと眠そうだったね」
「そう見えるだけですよ。特殊な訓練を積んでますんで」
「どこで使うのそれ……」
彼女は慣れた様子で座ったかと思うと、自分の弁当を机に置く。
「そうだ。藤宮さん、これ」
鞄から小さな紙袋を取り出して渡す。
藤宮は受け取ったものの、すぐには開けずに袋と俺の顔を見比べた。
「なにこれ?」
「ほら、この前クッキー貰ったじゃないですか。そのお返しです。レモンが余ってたので、パウンドケーキにしてみました」
「本当に作ってきてくれたんだね。ありがと」
「約束したじゃないですか」
「そうだけどさ。言った私が忘れかけてたくらいなのに、ちゃんと覚えてるんだもん」
藤宮は紙袋の中を覗いている。
透明な袋に包んだケーキを取り出し、弁当箱の横へ置いた。
「先に食べたいところだけど、デザートに食べるね」
「楽しみは最後まで取っておく派ですか?」
「どっちかって言えばそうかも。それに、今食べたら絶対お弁当入らなくなるし」
「三切れしかないですよ」
「三切れって、食前に食べるには結構だから。円城くんって意外と食べるよね」
腹が鳴っただけで笑われたし、食事量について信用されていないようだ。
危機感を覚えながら弁当を食べ始めると、近くを通った女子たちが俺の机を見て足を止めた。
「あ、今日も一緒に食べてるね!」
「もう珍しくもなくなったよね。本当にお似合いだし」
「せっかく話題の人になったと思ったら、三日くらいで飽きられましたね」
「私は助かってるよ。毎回囲まれてたら落ち着いて食べられないもん」
「藤宮さん、最初すごかったもんね。今は普通に円城くんの席にいるけど」
言われた藤宮は、箸を動かしたまま「そうだね」と返した。
否定も言い訳もしなかったことで、女子の方が少し意外そうな顔をしている。
「慣れた?」
「慣れたっていうか、毎日一緒に食べてたらこうなるでしょ。円城くんも椅子、用意してくれるし」
「最近は自分で持ってきてません?」
「そこは気分」
女子たちは笑いながら自分たちの席へ戻っていった。
藤宮は何事もなかったように食事を続けている。
数日前までは、クラスメイトから声を掛けられるたびに困っていたのに、今は俺より受け流すのが上手いかもしれない。
「円城くん、食べ終わった?」
「はい」
「私も。ケーキもらうね」
わざわざ俺が食べ終わるのを待っていたらしい。
藤宮は包みを開き、ケーキを口に入れた。
「……おいしい」
続けてもう一切れを食べる。
「レモン、結構入ってるよね。甘いけど酸味もしっかりしてるし、いくらでも食べられそう」
「それなら良かったです。皮も少し入れてるんですよ」
「へぇ! 私、お菓子作る時ってレシピから外れるの怖くて、書いてある通りにしかやらないんだよね。円城くんはアレンジするの?」
「最初はそのまま作りますよ。何回か作って、少しずつ変えていきます」
その方が、どのように味が変わったのか分かりやすいからだ。
「料理になると、急に頼もしいなぁ」
「それほどでもないですよ」
「あ、調子乗ってる」
「何か言いましたか? そのケーキ、いらないなら返してください」
「いる。これはもう私のだから」
口に運ばれてしまった。
「次に作るなら、もう少し酸っぱいのも食べてみたいかも。今日のも美味しいけど、もっとレモンが強い方が、多分好き」
「じゃあ次は、少し増やしてみますね」
「円城くんは、本当に作ってきてくれそうだよね。食べ物の話するの、ちょっと危ないかも。言ったもの全部出てきそう」
「材料費が高すぎなければ」
「じゃあ高級食材は駄目かあ」
残念そうな声を出しているが、高級食材で何を作らせるつもりだったんだ。
「私もまた、何か作ってこようかな。貰ってばっかりになるの嫌だし」
「この前は藤宮さんの番だったじゃないですか」
「じゃあ交代でいいんじゃない? 円城くん、私、円城くん、私、円城くん、円城くん、円城くん」
「途中で革命でも起きたんですか? 制度が崩壊しましたけど」
「怖い話だよね……」
怖いのは藤宮さんですよ。
その後、藤宮は三切れ目には手を付けず、丁寧に包み直して紙袋へ戻した。
「これは帰ってから食べる。一気に全部食べちゃうの、勿体ないし」
「気に入ってもらえたなら作った甲斐がありました」
「うん。かなり好き」
食べ物の話だと分かっているから、普通に頷くことができる。
「そうそう、英語もちゃんとやりましたよ」
食べ終わった弁当を片付けてから、鞄の中のノートを取り出す。
教えてもらったところを家でもう一度やり直していたのだ。
「ふーん? 見せて」
藤宮が手を伸ばしてページを捲っていき、俺が書き直した部分まで来ると、ゆっくり目を通す。
「……ちゃんとできてるじゃん。ここ、前間違えてたところだよね。自分で解けるようになったんだ」
「先生が良いですからね」
「偉い。最初は私がいないと何も進まないかと思ったけど、これなら点数上がりそう」
「藤宮さんからの評価も上がりましたね」
「上がったよ。教えたことやってくれると、私も嬉しいし」
藤宮はもう一度ノートを見返してから、俺へ返してきた。
口元にはまだ笑みが残っている。
「今日は放課後に用事あるから残れないんだけど、明後日なら空いてる。その日にまたやろ。予定あったら別の日にするけど」
「明後日で大丈夫です」
「じゃあ決まり。今度はこの続きからね」
藤宮が教科書を開き、次にやるページを俺へ見せる。
「私が教えるからって、授業を聞き流すのはダメだからね?」
「もちろんです。俺の目標は、藤宮さんに教わる前に教えることになりました」
「遠い道のりになるかもね」
予鈴が鳴り、藤宮は呆れたような顔でそう言うと、紙袋を持って立ち上がった。
「残りは晩御飯の後に食べるね」
「もちろん、お好きな時にどうぞ」
「ん。次は私の番だから、何にするか考えないと」
「交代制ですもんね」
「今のところはね」
彼女は自分の席へ戻っていった。
机の上には英語のノートが残っている。
明後日までに、もう少し進めておこう。
ちょっとずつやり取りにも色が出てきましたね
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