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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第43話 アルバに届いた点検表

 アルバ冒険者組合の掲示板横に、小さな木箱が置かれた。


 依頼札の束。

 討伐報告。

 迷宮地図の写し。

 紛失物の知らせ。

 そうした紙が並ぶ場所の隅に、その木箱は少しだけ場違いに見えた。


 木箱の前には、リーネが立っている。


 眼鏡の位置を直しながら、彼女は新しい札を掲げた。


『リント村修理工房 絵入り点検表見本』


 その下に、五種類の紙が並んでいた。


 魔力灯用。

 方位石用。

 保存箱用。

 結界札注意表。

 携帯結界灯用。


 それぞれに、文字と絵がある。


 丸印。

 ばつ印。

 浮いた留め金。

 別々の袋。

 縄で縛られた保存箱。

 焦げた札。

 強く握られた結界灯。


 絵は少し幼い。

 けれど、何をしてはいけないのかは一目で分かった。


 リーネは木箱の横に、もう一枚札を貼った。


『見本は持ち帰らないでください。

 写しを希望する方は受付へ。

 写し代が必要です。』


 貼り終えたところで、背後から笑い声がした。


「何だこれ。子どもの絵か?」


 革鎧の男が、魔力灯用の点検表を指さした。


「強く光らせるな、だってよ。魔力灯は強く光ってなんぼだろ」


 隣の冒険者も笑う。


「方位石と魔力石を同じ袋に入れるな? そんなの当たり前じゃないのか」


 別の者が言った。


 すると、その近くで若い二人組がぴくりと肩を揺らした。


 トマとニナだった。


 ニナは腰の青い袋を押さえた。

 トマは赤い袋を見てから、笑っている冒険者たちへ小さく言った。


「当たり前って思うなら、やったことないんですね」


 笑っていた男が振り返る。


「あ?」


「俺たち、同じ袋に入れて針を駄目にしかけました」


 トマは正直に言った。


「魔力石の粉が針の軸に入るんです。湿気があると、もっと悪くなります」


 男は笑うのをやめた。


「本当か?」


 ニナが青い袋を少し持ち上げる。


「本当です。清掃してもらって、袋を分けました」


 トマは点検表を指さした。


「この絵、笑えないですよ。俺にはかなり刺さります」


 リーネが淡々と補足する。


「方位石と魔力石の同袋保管による不調は、今後、組合でも注意事項に加えます」


 周囲の冒険者たちが、少し静かになった。


 掲示板横の木箱に、また別の冒険者が近づく。


 今度は女冒険者のライナだった。


 腰には、布袋に入れられた小型魔力灯がある。

 強光禁止の札も、袋の口に小さく結ばれていた。


 彼女は魔力灯用の点検表を見て、短く笑った。


「これ、見た方がいいぞ」


 さっき魔力灯を笑っていた革鎧の男が眉をひそめる。


「そんなに役に立つのか?」


「役に立つ。というか、見ないと危ない」


 ライナは自分の魔力灯を指で軽く叩いた。


「光が細くなる原因が、湿気と留め金だった。魔力石じゃなくてな」


「留め金?」


「外殻を開けようとして、少し歪ませた」


 ライナは何でもないように言ったが、少しだけ耳が赤かった。


「それで第三層で光が細くなった。今は弱光と中光だけ。強光は禁止されてる」


「禁止?」


「禁止。診断書にも書かれた。組合にも記録された」


 男は顔をしかめた。


「厳しいな」


 ライナは肩をすくめる。


「厳しい。でも、迷宮で消えるよりいい」


 その言葉に、周囲の空気が少し変わった。


 強く光ればいい。

 使えればいい。

 壊れてから直せばいい。


 そう思っていた冒険者たちが、自分の腰の魔力灯や袋を見下ろし始める。


 リーネはその様子を確認してから、受付机へ戻った。


 すでに写しを求める者が一人、二人と並び始めている。


「魔力灯用を一部」


「方位石用を二部」


「保存箱用もあるのか?」


「あります。食料と薬草を同じ箱に入れる方は、必ず読んでください」


 リーネの声は冷静だったが、最後の一文だけ少し強かった。


 保存箱用の点検表を手に取った大柄な男が、気まずそうに頭をかいた。


 ボルドだった。


 彼の保存箱は、今日は持っていない。

 宿に置いて、蓋を開けて風を通しているらしい。


「俺のせいで、これが増えたのか?」


 リーネは眼鏡の奥で彼を見た。


「一例ではあります」


「つまり、俺のせいでもあるんだな」


「はい」


「はっきり言うな……」


 ボルドは呻いたが、怒ってはいなかった。


 彼は保存箱用の点検表をじっと見た。


『おしてしめない』

『なわでぎゅうぎゅうにしない』

『ぬれたぬのをいれない』

『たべものとくすりは、しきる』

『においがしたら、まずかぜをとおす』

『しまっても、ひえても、においをみる』

『はこも、やすませる』


 最後の一文で、ボルドは少しだけ笑った。


「箱も休ませる、か」


 近くにいた冒険者が笑いかけた。


「何だよ、それ。箱を休ませるって」


 ボルドはその冒険者を見た。


「笑うな。縄で縛って使い続けると、内張りまで駄目になるぞ」


「内張り?」


「匂いが染みる。食料が全部まずくなる。薬草も駄目になる」


 ボルドは自分の胸を指で叩いた。


「俺はやった。だから言える。笑うな」


 相手は口を閉じた。


 保存箱用の写しも、すぐに二部出た。


 リーネは料金を受け取り、写し台帳に記録する。


「保存箱用、二部。魔力灯用、一部。方位石用、二部」


 受付机の端には、リント村修理工房へ送る報告用の紙が置かれていた。


 そこへ、リーネは今日の数を書き足していく。


 点検表の写し希望。

 掲示後の反応。

 追加相談の有無。


 その時、組合の入口から見慣れた三人が入ってきた。


 《白狼の剣》だった。


 レオル。

 セシア。

 ダリオ。


 以前より、三人の装備は少し静かだった。


 ダリオの槍袋は、きちんと乾いている。

 セシアの魔力灯は、外套の内側で布に包まれている。

 レオルの剣帯は、金具の位置が整っていた。


 ダリオが掲示板横の木箱に気づく。


「お、リント村のやつだ」


 彼は真っ先に槍用の点検表を探しかけたが、そこにはなかった。


「槍用はないのか?」


 リーネが答える。


「今回の見本は、初回外部相談に関係したものだけです。槍用は写しが必要であれば、リント村修理工房へ依頼してください」


「俺、持ってる」


 ダリオは得意げに槍袋から折り畳んだ紙を出した。


 ポロの絵入り点検表だ。


 少し端が折れている。

 だが、使っている跡がある。


 リーネはその紙を見て言った。


「状態が良いとは言えませんが、使っていることは分かります」


「褒めてる?」


「確認です」


「リント村の人たちみたいなこと言うなあ」


 ダリオは笑いながら、自分の槍袋を触った。


「昨日、袋干した。石突きも拭いた。留め具も見た」


 セシアが魔力灯用の点検表の前で立ち止まる。


 彼女は自分の魔力灯を取り出し、外殻の留め金を確認した。


 指先で強く押さない。

 浮きがないか、見るだけ。


 その動きは、以前よりずっと丁寧だった。


「魔力灯用も、組合に置かれるようになったのね」


 セシアが静かに言う。


 リーネが頷いた。


「湿気と留め金不良は、第三層で増えています」


「第三層で?」


「はい。水路沿いだけではなく、乾いていたはずの通路でも湿気が増えているという報告があります」


 セシアの目が少し細くなる。


「それは、最近の話?」


「ここ半月ほどです」


 リーネは記録を見ながら答えた。


「魔力灯の曇り、方位石の針戻り不良、保存箱の匂い戻り。湿気に関係する相談が増えています」


 ダリオが首を傾げる。


「迷宮の中で水でも増えてるのか?」


「可能性はあります。ただ、まだ組合として断定はしていません」


 セシアは考え込むように、魔力灯を布へ戻した。


「エイルが聞いたら、何か分かるかしら」


 その名前が出た時、レオルがわずかに反応した。


 彼は点検表を見ていなかった。

 ただ、掲示板の横に立ち、冒険者たちが紙を受け取っていく様子を見ていた。


 リント村修理工房。


 その名前が、アルバの組合の中で普通に読まれている。


 誰かが笑い。

 誰かが頷き。

 誰かが写し代を払う。


 エイルがパーティの隅で書いていた記録とは違う。

 今は、掲示され、読まれ、使われている。


 レオルは無意識に剣帯へ手を置いた。


 金具の位置を確かめる。


 かち。


 小さな音。


 セシアがそれに気づいた。


「確認しているの?」


「癖になっただけだ」


 レオルは短く答えた。


 ダリオがにやりとした。


「いい癖だろ」


「うるさい」


「俺も槍袋見るの癖になったし」


「お前は前から雑すぎた」


「今は違うって言ってるだろ」


 二人のやり取りを、セシアは少しだけ微笑んで聞いていた。


 リーネは《白狼の剣》の三人へ向き直る。


「ちょうどよいので、お伝えします」


「何を?」


 セシアが聞く。


「リント村修理工房への次回相談希望が、すでに増えています。ただし、工房側の条件は変わりません。村修理優先。件数制限あり。危険品は組合一次確認後。即日修理不可」


 ダリオが頭をかいた。


「そりゃそうだよな。五件だけで大変だったって聞いたし」


「初回相談日の翌日は、無理をしないという手順も加わったそうです」


 リーネが言うと、ダリオは笑った。


「それ、ポロが書いてそう」


「報告書には、ミラさんの文字で記載されています」


「でも言い出したのはポロっぽい」


 セシアが静かに言う。


「いい手順ね」


 レオルは何も言わなかった。


 だが、その顔には否定の色はなかった。


 組合の奥で、別の冒険者が携帯結界灯用の点検表を読んでいた。


「怖いときほど、道具を見る……か」


 その冒険者は、自分の手のひらを見つめた。

 戦闘中に強く握りしめた跡が残っている。


 隣の仲間が言う。


「お前の結界灯も鳴ってなかったか?」


「鳴ってた気がする」


「見てもらえよ」


「すぐ予約取れるのか?」


 リーネがすぐに答えた。


「リント村修理工房への相談希望は、組合で内容を確認した上で取りまとめます。急ぎであっても、即日修理は約束できません」


「細かいな」


 冒険者は言った。


 だが、前ほど馬鹿にした声ではなかった。


「細かいことが必要な相談が多いからです」


 リーネは淡々と答えた。


 その横で、ライナが自分の魔力灯袋を軽く持ち上げた。


「細かいけど、助かるぞ」


 トマも言う。


「刺さるけど、助かります」


 ボルドは保存箱用の紙を折らずに持っていた。


「俺は、痛かったけど助かった」


 周囲の冒険者たちは、それぞれ自分の道具を見下ろした。


 魔力灯。

 方位石。

 保存箱。

 結界灯。

 槍袋。

 剣帯。


 いままで、使えるかどうかだけを見ていたものたち。


 それが、少し違って見え始めていた。


 掲示板の横の木箱は、昼を過ぎても人が途切れなかった。


 もちろん、全員が真面目に読んだわけではない。

 子どもの絵だと笑う者もいた。

 細かすぎると文句を言う者もいた。

 写し代を払うほどではないと、手ぶらで去る者もいた。


 それでも、何人かは戻ってきた。


「やっぱり魔力灯用を一部」


「保存箱用もください」


「方位石用、二人分」


「結界札の重ね使い注意だけ写せるか?」


 リーネは一つずつ記録した。


 写し代。

 種類。

 購入者。

 相談希望の有無。


 そして、リント村修理工房へ送る報告書に追記する。


『点検表見本設置初日。

 魔力灯用、写し五部。

 方位石用、写し四部。

 保存箱用、写し三部。

 携帯結界灯用、写し二部。

 結界札注意表、掲示閲覧多数。

 第三層の湿気増加に関する報告、複数あり。』


 リーネは最後の一文で、筆を止めた。


 第三層の湿気増加。


 初回相談の五件は、ただの偶然ではなかったのかもしれない。


 魔力灯の湿気。

 方位石の袋内湿気。

 保存箱の匂い戻り。

 結界灯の落下や握り跡は別としても、魔道具の不調が湿気に偏っている。


 リーネは組合の迷宮記録係へ確認を出すことにした。


 その時、セシアが近づいてきた。


「リーネさん」


「はい」


「第三層の湿気の件、私たちも次の潜行で確認します。水路沿い以外の通路も見ます」


「お願いします。ただし、調査依頼として正式に受ける場合は、別途手続きが必要です」


「分かっています。まずは自分たちの予定範囲で確認します」


 ダリオが横から言う。


「ついでに、槍袋も濡らさないようにする」


「それは当然です」


 リーネが言うと、ダリオは肩をすくめた。


 レオルは掲示板の点検表をもう一度見た。


 魔力灯。

 方位石。

 保存箱。

 携帯結界灯。

 結界札。


 どれも剣ではない。

 だが、全部、迷宮で命に関わる。


 彼は低く言った。


「道具の不調が増えているなら、戦い方にも響く」


 セシアが頷く。


「ええ。灯り、方角、食料、結界。どれも崩れたら危ないわ」


 ダリオが槍袋の紐を結び直す。


「エイルがいた頃、こういうの全部見てたんだよな」


 その言葉に、三人は少し黙った。


 前なら、誰かが冗談で流したかもしれない。

 だが今は、誰も笑わなかった。


 セシアは静かに言う。


「今は、リント村修理工房が見ているのよ」


 ダリオは頷いた。


「だな」


 レオルも短く言った。


「ああ」


 その一言は、小さかった。

 けれど、以前のような苛立ちはなかった。


 夕方、掲示板横の木箱には、少しだけ紙の数が減っていた。

 見本は残っている。

 写しは受付で管理されている。

 だが、冒険者たちの手には、何枚もの絵入り点検表が渡っていた。


 酒場の端で、魔力灯の留め金を見る者がいる。

 階段の横で、方位石の袋を分ける者がいる。

 宿へ戻る前に、保存箱の蓋を開けて匂いを確認する者がいる。

 携帯結界灯の持ち手を強く握りすぎていないか、そっと持ち直す者がいる。


 小さな変化だった。


 けれど、確かに変化だった。


 リーネは一日の報告をまとめ、リント村へ送る封書を作った。


『リント村修理工房 ミラ様、エイル様、皆様へ』


 そこまで書いて、少し考える。


 宛名に全員を入れるべきか。

 工房名だけでよいか。


 結局、彼女はこう書いた。


『リント村修理工房 御中』


 そして本文を続ける。


『絵入り点検表の見本を、アルバ冒険者組合掲示板横に設置しました。

 初日より写し希望があり、魔力灯、方位石、保存箱、携帯結界灯の各表が利用されています。

 結界札注意表についても閲覧が多く、重ね使いへの注意喚起として有効です。


 また、第三層における湿気増加の報告が複数ありました。

 魔道具不調の背景として、迷宮環境の変化が関係している可能性があります。

 組合側でも調査します。


 次回相談希望は増えていますが、貴工房の条件に従い、件数と内容を絞って取りまとめます。

 村修理優先の条件は、組合でも共有済みです。』


 リーネは筆を置いた。


 封をする前に、もう一枚、小さな紙を添える。


『ポロさんへ。

 絵は分かりやすいです。

 ただし、掲示用は少し大きめに描くと、遠くからでも見やすいです。』


 少し迷ったが、それも入れた。


 きっと、役に立つ。


 組合の外では、夕暮れの鐘が鳴った。


 アルバの街は、迷宮から戻る冒険者たちでまた騒がしくなる。


 その騒がしさの中で、掲示板横の小さな木箱は静かに置かれていた。


 派手な依頼ではない。

 報酬の高い討伐でもない。

 名を上げるための知らせでもない。


 けれど、その紙を手に取った冒険者たちは、少しだけ自分の道具を見る。


 その小さな視線の変化が、迷宮のどこかで誰かを助けるかもしれない。


 リント村修理工房の音は、アルバに届き始めていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、アルバ冒険者組合にリント村修理工房の絵入り点検表が届く回でした。


魔力灯、方位石、保存箱、結界札、携帯結界灯。

最初は「子どもの絵」と笑う冒険者もいましたが、実際に不調を経験したライナ、トマ、ニナ、ボルドたちの言葉で、少しずつ見方が変わっていきます。


《白狼の剣》の三人も再登場しました。

ダリオは槍袋を確認し、セシアは魔力灯の留め金を見て、レオルは剣帯を確かめる。

三人の中にも、エイルの仕事が別の形で残っています。


そして、第三層の湿気増加という新しい不安も出てきました。

次回以降、外部依頼の広がりと迷宮環境の変化が少しずつ絡んでいきます。

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