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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第38話 五件目の携帯結界灯

 結界札の診断を終えて石場から戻ると、工房の前には最後の相談者が待っていた。


 五件目。


 携帯結界灯。


 持ち主は、若い斥候の青年だった。


 名前はルカ。

 背は高くない。

 革鎧も軽装で、腰には短剣と小さな道具袋を下げている。

 目立つ武器を持つ前衛ではなく、迷宮で罠や通路の様子を先に見る役なのだろう。


 その両手に、丸い灯りのような魔道具が握られていた。


 携帯結界灯。


 小さな灯火を中心に、短時間だけ薄い結界を張る道具だ。

 野営中の簡易防御や、罠の作動直後の一時防壁として使われることがある。


 ただし、防護鐘や結界石とは違い、長く守るものではない。

 あくまで一瞬、身を守るための道具だ。


 ルカはそれを、まるで手放すと消えてしまうもののように握っていた。


「五番の方、どうぞ」


 ミラが声をかける。


 ポロが番号札を差し出した。


「五番です。勝手に光らせないでください」


 ルカは少し緊張した顔で頷いた。


「はい。起動しません」


 声が小さい。

 けれど、聞き取りにくいわけではない。

 慎重な人の声だった。


 工房の中へ入ると、ミラは受付札を『受付中』に替えた。


「相談品は、携帯結界灯で間違いありませんか」


「はい」


「使用時に低い鳴りが出る、と組合記録にあります」


「はい。結界を張ると、うう、って鳴るようになりました」


 ルカは手元の結界灯を見る。


「最初は、魔力が足りないのかと思ったんです。でも、魔力石を替えても鳴るので……」


 ミラは記録する。


「使用時に低い鳴り。魔力石交換後も改善なし」


 俺は診断机の厚布を整えた。


「まず、机の上に置いてください。手から離す時も、ゆっくりでお願いします」


 ルカは少し迷ったように見えた。


 そして、そっと携帯結界灯を机へ置く。


 手を離す瞬間、指先が名残惜しそうに持ち手をなぞった。


 その動きが、妙に気になった。


 結界灯は、手のひらほどの円筒形だった。

 中央に小さな灯火部。

 外側に薄い金属の枠。

 上部には持ち手。

 底には短い脚が三つ。


 外殻には細かな傷がある。

 迷宮で使われてきた道具らしい傷だ。


 ただ、持ち手の片側だけ、少し光沢が違う。

 何度も何度も強く握られた跡だった。


 俺は耳を近づけた。


 こ。

 ……ぐ。


 低い音。


 魔力の乱れではない。


 もう一度聞く。


 ぐ。

 ぐん。

 ……かた。


 外殻の内側。

 持ち手と本体をつなぐ固定輪が、わずかに緩んでいる。


 さらに、底の脚の一つにも小さな凹みがある。

 落とした時の衝撃が、持ち手の固定輪へ伝わったのだろう。


「ルカさん」


「はい」


「この結界灯を、落としたことはありますか?」


 ルカの表情が変わった。


「一度だけ」


 少し間を置いて、言い直す。


「いえ、二度あります」


 ミラが記録する。


「落下歴、二回」


 ルカはすぐに続けた。


「でも、高いところからではありません。腰くらいの高さから、石の床に落としました」


「その後も使いましたか?」


「はい。使えたので」


 その言葉に、今日何度も聞いた響きがあった。


 使えたので。


 光ったので。

 閉まったので。

 北を指す時もあったので。

 結界が出たので。


 使えることと、無理なく使えることは違う。


 俺は結界灯の持ち手を指さした。


「使用時に、強く握っていますか?」


 ルカは少し困った顔をした。


「たぶん……握っています」


「たぶん?」


 ミラが聞く。


 ルカは視線を落とした。


「怖い時に使うので」


 その一言で、工房の空気が少し静かになった。


 携帯結界灯は、安心している時に使う道具ではない。

 危ない時。

 罠が開いた時。

 通路の奥から魔物の足音が聞こえた時。

 仲間が体勢を崩した時。


 そういう時に、握る道具だ。


 強く握ってしまうのは、自然なことかもしれない。


 けれど、道具はその力を受け続けていた。


 ガンツさんが結界灯の持ち手を見る。


「握り潰すように持っているな」


 ルカは顔を赤くした。


「そんなつもりは……」


「つもりはなくても、跡がある」


 ガンツさんの言い方は厳しい。

 だが、責めているだけではなかった。


 俺は補足した。


「持ち手の内側にある固定輪が緩んでいます。結界を張る魔力そのものではなく、その固定輪が震えて低く鳴っている可能性があります」


「固定輪……」


「はい。外側からは見えにくい場所です」


 ポロが横で絵を描き始めた。


 結界灯。

 持ち手。

 その内側に小さな輪。

 強く握る手。

 低く鳴る線。


『ぎゅっとしすぎない』


 ミラがちらりと見て、頷いた。


「後で点検表に入れます」


 ルカは結界灯を見つめた。


「怖い時に、握らないでいられる気がしません」


 正直な言葉だった。


 俺は少し考えた。


「握るな、ではなく、握る力を逃がす方法を作るのがいいと思います」


「力を逃がす?」


「手首に通す革紐をつける。持ち手に革巻きを足す。そうすれば、結界灯を落としにくくなりますし、直接金具を潰す力も減ります」


 ハンナさんが奥から声をかけた。


「革巻きなら、滑りにくいものを選んだ方がいいよ。汗で滑ると、余計に握りしめるからね」


 保存箱の風通しを見ていたハンナさんが、こちらへ歩いてきた。


「怖い時ほど、手は汗をかく。滑る道具は、もっと怖くなる」


 ミラが記録する。


「持ち手に滑り止め革巻き。手首紐。握る力を逃がす」


 ルカはゆっくり頷いた。


「それなら……できるかもしれません」


 診断を続けるため、俺は結界灯を小台の上に置いた。


 第33話でガンツさんが作ってくれた、携帯結界灯用の小台だ。

 手で持ったまま診断しない。

 それも、工房で決めた手順だった。


 結界灯を小台に固定する。


 かち。


 やはり、持ち手の内部がわずかに鳴る。


「起動前の音で、固定輪の緩みがあります」


 ミラが記録する。


「起動前、持ち手内部固定輪の緩み音あり」


「起動しますか?」


 ルカが聞いた。


 俺はガンツさんを見る。


 ガンツさんは小台と周囲を確認した。


「弱出力だけだ。長く光らせるな」


「はい」


 ミラが確認する。


「弱出力で短時間。異音が強まれば即停止」


 ポロが『かってにひからせない』の札を机の端に置く。


「今回は、言われてから光らせる」


「そうです」


 俺は結界灯の操作部に触れた。


 ルカではなく、俺が起動する。


「いきます」


 小さな灯火が、淡く光った。


 ふ。


 周囲に薄い結界の膜が広がる。


 見えるか見えないかの、透明な揺らぎ。


 その瞬間、音がした。


 うう。


 低い鳴り。


 ルカが顔を強張らせる。


「その音です」


 俺はすぐに耳を澄ませた。


 うう。

 ……かた。

 う。


 結界の音そのものは、悪くない。

 膜は薄いが、形は保っている。

 問題は、結界が張られるたびに本体がわずかに膨らみ、その力が持ち手内部の固定輪へ逃げていることだ。


 固定輪が震えて、低く鳴っている。


「止めます」


 灯りを消す。


 結界の膜が消えた。


 工房内に、静けさが戻る。


「魔力回路は生きています」


 俺は言った。


 ルカの顔に少し安堵が浮かぶ。


「ただし、固定輪が緩んでいる状態で使い続けると、持ち手から本体へ歪みが広がります。落とした時の凹みも関係しています」


 ガンツさんが底の脚を確認する。


「ここだな」


 彼は三本ある脚のうち、一つを指で叩いた。


 か。


 少し鈍い。


「落とした時に、脚が内側へ入っている。わずかだが、本体が傾く」


「それで持ち手にも負担が?」


 ルカが聞く。


「そうだ。置いた時に傾く。持った時に戻そうと力が入る。使った時にまた震える」


 ガンツさんは短く説明した。


 ミラが記録する。


「底脚一つに凹み。本体わずかに傾き。使用時、持ち手固定輪へ振動」


 ルカは結界灯を見つめていた。


「ずっと、結界の音だと思っていました」


「結界の音ではありません」


 俺は答えた。


「怖い時に強く握った音と、落とした時の音です」


 言ってから、少し強すぎたかと思った。


 けれど、ルカは怒らなかった。


 むしろ、少しだけ目を伏せた。


「……そうですか」


 工房の空気が静かになる。


 ルカは小さく笑った。


「この道具、何度も助けてくれたんです。罠で床が抜けた時も、仲間が毒霧を浴びかけた時も、これを握って結界を張りました」


 彼は自分の手を見る。


「怖くて、たぶん、すごく強く握っていました」


 ポロが絵を描く手を止めた。


「怖かったんだ」


 ルカは少し驚いたようにポロを見て、それから頷いた。


「怖かったです」


 ポロは真面目な顔で言った。


「じゃあ、道具もがんばってた」


「はい」


 ルカの声が、少し柔らかくなった。


「がんばってくれていました」


 ガンツさんが作業台の上へ細い工具を並べた。


「固定輪の仮締めはできる。脚の凹みも少し戻せる。だが、完全修理には持ち手を外して内側の輪を交換する必要がある」


「時間は?」


 ルカが聞く。


「仮調整なら今日。完全修理なら預かり二日以上」


 ルカは迷った。


 ミラが確認する。


「本日返却を希望しますか。それとも完全修理で預けますか」


 ルカは結界灯を見た。


 手放したくない。

 その感情が、顔に出ていた。


「今日、持って帰りたいです」


 彼は正直に言った。


「明日、迷宮へ入る予定はありません。でも、持っていないと落ち着かなくて」


 リーネが少し眉を寄せた。


「ルカさん」


「分かっています。無理に使わない方がいいのも」


 ルカはそう言ってから、俺を見る。


「仮調整で、安全に持ち歩けるようにはできますか。迷宮では使いません。次の潜行前に、完全修理へ出す約束をします」


 ミラは帳面を開いたまま言った。


「約束だけではなく、記録に残します」


「はい」


「次回潜行前に、完全修理または再診断を受けること。仮調整後は、強出力使用禁止。長時間結界禁止。低い鳴りが戻った場合は使用中止」


「それでお願いします」


 ルカははっきり答えた。


 ガンツさんが頷く。


「なら、仮調整だ」


 作業は慎重に行われた。


 まず、底脚の凹みを戻す。


 力任せに叩かない。

 小さな当て具を使い、内側へ入った脚を少しずつ戻す。


 かん。

 か。

 ……かん。


「そこです」


 俺が言うと、ガンツさんが手を止める。


「本体の傾き、少し戻りました」


 ミラが記録する。


「底脚凹み、仮調整。傾き改善」


 次に、持ち手内部の固定輪。


 外殻を完全に開けず、点検口から細い工具を入れる。

 ガンツさんの手が、ほとんど動いていないように見えるくらい慎重だった。


 かち。

 ……かち。


 固定輪が少し締まる。


 俺は音を聞いた。


 ぐ。

 ……り。


 まだ少し緩い。

 だが、最初よりは落ち着いている。


「もう少しだけです。ただ、締めすぎると結界展開時に逃げがなくなります」


「分かっている」


 かち。


 音が整う。


 り。


「合いました」


 ガンツさんは工具を抜いた。


「仮だ。完全ではない」


「はい」


 ルカは真剣に聞いていた。


 ハンナさんが持ち手用の革を選ぶ。


「これがいいね。表は滑りにくい。裏は柔らかい。汗を吸いすぎないよう、使った後は外して乾かすんだよ」


「外せるんですか?」


「外せる巻き方にする」


 ハンナさんは手早く革を巻いた。


 持ち手の金具を直接握らないように。

 でも、太くなりすぎないように。

 強く握っても力が一点に集中しないように。


 最後に、手首へ通す革紐をつける。


「落とさないための紐です」


 ミラが言う。


「ただし、紐に頼りすぎないこと。ぶら下げたまま走ると危険です」


 ポロがすぐに書く。


『ひもは、たすけるもの』

『ぶらぶらさせない』


 ルカは小さく笑った。


「分かりやすいです」


 仮調整後、もう一度弱出力で起動する。


 俺は全員に距離を取るよう合図した。


「いきます」


 灯火が淡く光る。


 ふ。


 薄い結界膜が広がる。


 音を聞く。


 う。

 ……りん。


 低い鳴りは、完全には消えていない。

 だが、さっきのような重い震えではない。

 固定輪が暴れている音ではなく、結界灯が力を受けている範囲の音だ。


「低い鳴りはかなり減りました。ただ、強出力ではまだ分かりません」


「試しますか?」


 ルカが聞いた。


「今日は試しません」


 俺ははっきり言った。


「仮調整後すぐに強出力をかけると、また緩む可能性があります」


 ルカはすぐに頷いた。


「分かりました」


 ミラが記録する。


「仮調整後、弱出力で低音改善。強出力試験は行わず。強出力使用禁止」


 ガンツさんが結界灯を見ながら言う。


「次に迷宮へ入る前に、完全修理へ出せ。持ち手を外して固定輪を交換する」


「はい」


「怖い時に握るなとは言わん。だが、握り潰すな」


「……はい」


 ルカは持ち手の革巻きに触れた。


「これなら、少し落ち着く気がします」


 ハンナさんが言う。


「道具を安心して持てるようにするのも、修理のうちだよ」


 その言葉に、俺は頷いた。


 道具を直す。

 使い方を変える。

 持ち方を整える。

 怖い時に壊さないようにする。


 それも、修理なのだ。


 ポロは携帯結界灯用の点検表を作り始めた。


『つよくにぎりすぎない』

『おとがひくくなったら、つかうのをやめる』

『おとしたら、かならずみる』

『ひもをつける』

『かわまきは、ぬれたらかわかす』

『こわいときほど、どうぐをみる』


 最後の一文を見て、ルカが黙った。


「こわいときほど、どうぐをみる……」


 彼はゆっくり読み上げた。


「難しいですね」


「難しいです」


 俺は答えた。


「でも、怖い時に助けてくれる道具ほど、怖くない時に見ておく必要があります」


 ルカは深く頷いた。


「覚えておきます」


 ミラが料金と記録を整理する。


「五件目、携帯結界灯。底脚凹み、持ち手内部固定輪緩み、持ち手に強握跡。仮調整実施。革巻き、手首紐追加。弱出力で低音改善。強出力使用禁止。次回潜行前に完全修理または再診断」


「はい」


 ルカは署名した。


 手はもう震えていなかった。


 結界灯を受け取る時、彼は以前のように握りしめなかった。

 革巻きの上に指を添え、手首紐へ手を通して、落とさないように持つ。


 ポロがそれを見て言った。


「握り方、さっきよりやさしい」


 ルカは少し照れたように笑った。


「意識します」


 リーネも記録を確認した。


「組合にも、次回潜行前の再診断予定を残します」


「お願いします」


 ルカは素直に答えた。


「それと、携帯結界灯用の点検表を一部、組合見本用にいただけますか」


 リーネがミラに言う。


 ミラはすぐに答えた。


「写し代をいただきます」


「もちろんです」


 ポロはもう驚かなかった。

 ただ、真剣な顔で点検表を見直している。


「アルバの人が見るなら、字をもう少し大きくする」


「絵の分かりやすさを優先してください」


 ミラが言う。


「うん」


 五件目の相談が終わった時、工房の中には長い息が落ちた。


 初回外部相談、五件。


 一件目、魔力灯。

 一晩預かり。


 二件目、方位石。

 清掃し、袋と点検表を渡して返却。


 三件目、保存箱。

 二日預かり。


 四件目、結界札。

 再使用不可。組合廃札処理。


 五件目、携帯結界灯。

 仮調整して返却。次回完全修理予定。


 全部、同じ結果ではなかった。


 預かるもの。

 返すもの。

 直せないもの。

 仮に整えるもの。

 使い方を変えるもの。


 それぞれ違った。


 ミラは帳面を閉じず、五件分の結果を一つずつ確認している。


「初回相談、五件の受付終了」


 彼女がそう書いた瞬間、ポロが小さく座り込んだ。


「つかれた……」


 ハンナさんが笑う。


「番号札係も大変だったね」


「うん。でも、ちゃんと順番にできた」


「よくやったよ」


 ガンツさんも短く言った。


「騒がなかったな」


 ポロの顔がぱっと明るくなる。


「褒めた?」


「確認だ」


「でも褒めた!」


 ミラは少し笑いながら、ポロの働きも記録した。


「番号札係見習い、問題なし」


「それも書くの?」


「大事な記録です」


 工房の外では、リーネが冒険者たちをまとめていた。


 ライナは魔力灯を預けたまま、点検表を読んでいる。

 トマとニナは、方位石と魔力石の袋を何度も確認している。

 ボルドは保存箱がないため、手持ち無沙汰そうに立っている。

 ユリスは結界札の診断書をリーネへ渡し、静かに頭を下げている。

 ルカは携帯結界灯の革紐に手を通し、握り方を確かめていた。


 それぞれが、少しずつ変わっていた。


 道具を見る目が、来た時とは違っている。


 俺はそれを見て、胸の奥が静かに鳴るのを感じた。


 りん。


 修理工房の仕事は、道具だけを直すことではない。


 持ち主が、次に同じ壊し方をしないようにすること。

 危ないものを危ないと言うこと。

 休ませるべきものを休ませること。

 使えないものに、お疲れさまと言って手放すこと。


 その全部が、今日の五件にあった。


 リーネが工房へ戻ってきた。


「本日の相談、ありがとうございました」


 ミラが頭を下げる。


「こちらこそ、事前確認と引率をありがとうございました」


「五件、それぞれ結果が違いましたね」


「はい。預かり、返却、修理不可、仮調整です」


「組合への報告書を作ります。リント村修理工房からも、診断結果の写しをお願いします」


「用意します」


 ミラとリーネは、もう自然に書類の話を始めている。


 その横で、ポロが小さく呟いた。


「記録する人、やっぱり強い」


 俺は笑った。


「そうですね」


 夕方近く、アルバの一行が村を出る準備を始めた。


 返却された方位石と携帯結界灯。

 診断書を持った結界札の持ち主。

 預かり票を持った魔力灯と保存箱の持ち主。


 それぞれが、工房の前で一度頭を下げた。


 ライナが言う。


「明日、魔力灯を取りに来る」


 ミラが答える。


「乾燥と安定確認後になります。状態によっては返却が延びます」


「分かった」


 ボルドも言う。


「保存箱、よろしく頼む」


 ハンナさんが腕を組む。


「匂いが抜けなかったら二日以上かかるよ」


「ああ。無理はさせない」


 ルカは結界灯を胸元に下げ、俺へ頭を下げた。


「次の潜行前に、完全修理をお願いします」


「はい。予約として記録しておきます」


 ポロが手を振る。


「強く握りすぎないで!」


 ルカは少し笑った。


「気をつけます」


 馬車が動き出す。


 がた。

 がたん。


 アルバの一行が、村道を戻っていく。


 俺たちは工房の前でそれを見送った。


 外部依頼の初回相談が、終わった。


 完全に終わったわけではない。

 魔力灯と保存箱は預かっている。

 報告書も必要だ。

 点検表の清書もある。

 予約も入った。


 それでも、五件を一つずつ聞き終えた。


 工房の看板が夕風で鳴る。


 からん。


 井戸の札が遠くで鳴る。


 から。


 水車小屋の影車が、小さく鳴る。


 こ、と。


 村の音は、今日もそこにある。


 ミラが帳面を抱え直した。


「この後、井戸と水車を確認しましょう」


「はい」


 俺は頷いた。


 外の音を聞いた日でも、最後は村の音へ戻る。


 それが、リント村修理工房の約束だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、初回外部相談の五件目、携帯結界灯の診断でした。


原因は、結界そのものの魔力不調ではなく、持ち手内部の固定輪の緩みと、落下による底脚の凹み。

さらに、持ち主のルカが迷宮で怖い場面に何度も遭い、強く握りしめて使っていたことも影響していました。


道具は、使う人の怖さも受け止めています。


今回は仮調整、革巻き、手首紐の追加で返却。

ただし、次回潜行前に完全修理または再診断が必要です。


これで初回外部相談の五件がすべて終了しました。

次回は、その結果を整理し、工房として初めての外部相談日を締めくくります。

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