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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第33話 五件の相談品

 アルバ冒険者組合からの確認書が届いたのは、井戸札が『使用できます』に替わって三日後のことだった。


 行商人の馬車が、昼前にリント村へ入ってきた。

 荷台には塩、針、油紙、小さな金具、それからアルバからの封書が積まれていた。


 ミラは封の表を見て、すぐに背筋を伸ばした。


「アルバ冒険者組合からです」


 リント村修理工房の机に、封書が置かれる。


 俺、ミラ、ガンツさん、ハンナさん、ポロが机の周りに集まった。


 工房の窓からは、水車の音が聞こえている。


 こ、とん。


 影車が小さく続く。


 こ、と。


 井戸の札は、今朝も『使用できます』だった。

 北の結界石も安定している。


 村の音は、今のところ悪くない。


 ミラは封を開け、中の紙を取り出した。


「初回相談予定品の確認書です」


 ポロが身を乗り出す。


「五件?」


「はい。五件です」


 ミラは紙を読み上げた。


「一、湿気により光が細くなる小型魔力灯」


 俺は頷いた。

 セシアの魔力灯と近い症状かもしれない。


「二、方位石。魔力石と同じ袋で保管していたため、針の乱れあり」


 これも見覚えがある。

 《白狼の剣》の方位石と同じ失敗だ。


「三、蓋の歪んだ保存箱。無理に閉めた形跡あり」


 ダリオの保存箱を思い出して、ポロが小さく言った。


「無理に閉めたらだめ」


「そうですね」


 ミラは続ける。


「四、焦げ音のある結界札。組合で一次確認済み。発火の危険は低いが、工房到着後も屋外で確認することを推奨」


 ガンツさんの眉が動いた。


「それは工房内に入れるな」


「はい。組合側からも、屋外確認推奨とあります」


「五、携帯結界灯。使用時に低い鳴りが出る。持ち主は使用方法を説明可能」


 ミラは紙を机に置いた。


「以上、五件です」


 工房の中が少し静かになった。


 五件。


 多すぎる数ではない。

 けれど、少なくもない。


 それぞれに持ち主がいて、使われ方があり、不調の理由がある。

 ただ並べて直すだけではない。


 聞いて、記録して、断るべきものは断り、預かるなら責任を持つ。


 俺は自然と手を握っていた。


「エイルさん」


 ミラがこちらを見る。


「大丈夫ですか?」


「はい」


 そう答えたが、声は少し硬かった。


 ガンツさんが低く言う。


「大丈夫じゃなくてもいい。準備すればいい」


 その言葉に、少し息がしやすくなった。


「はい」


 準備する。


 不安があるなら、手順にする。

 危ないものがあるなら、場所を分ける。

 迷うなら、記録する。


 それが、リント村修理工房のやり方だ。


 ミラは新しい紙を広げた。


『初回外部相談 準備表』


 まず、五件を一つずつ整理することになった。


「一件目、小型魔力灯」


 ミラが書く。


「確認項目は?」


 俺は少し考えた。


「湿気。魔力管の曇り。留め金の浮き。外殻の熱。強光使用時に光が細くなるか。ただし、最初から強く光らせない」


「最初から強く光らせない」


 ミラが記録する。


 ポロも絵を描いた。

 魔力灯の光が細くなっている絵。

 その横に、大きなばつ印つきの「いきなり強く光らせる」。


「二件目、方位石」


 ミラが続ける。


「針の乱れ、保管袋、魔力石の粉、湿気、軸の重さです」


 俺は答える。


「分解が必要になるかもしれません。専用袋を作る提案もできます」


 ハンナさんが頷いた。


「袋なら、布を用意しておくよ。魔力石と一緒にしないための小袋だね」


 ポロがすぐに描く。


 方位石。

 魔力石。

 同じ袋に入っている絵にばつ印。

 別々の袋に丸印。


「三件目、保存箱」


 ミラが書く。


「蓋の歪み、留め金、魔冷石、湿気、薬草や食料の匂い移り。無理に閉めた形跡」


 俺が言うと、ガンツさんが付け加えた。


「留め金は金具を見る。曲がりが強ければ、仮留め具が必要だ」


「保存箱は、食べ物や薬草に関わるから、匂いも見るよ」


 ハンナさんが言う。


「はい」


 ミラが記録する。


「ハンナさん、保存箱内の匂い確認補助」


「補助ね」


 ハンナさんは少し笑った。


「四件目、結界札」


 その言葉で、空気が少し引き締まった。


 焦げ音。

 組合で一次確認済み。

 発火の危険は低い。


 それでも、結界札は慎重に扱うべきだ。


「これは、工房内では見ません」


 俺が言う前に、ガンツさんが言った。


「村の外れの石場で見る。砂、水、濡れ布、長い挟み具を用意する」


「石場?」


 ポロが聞く。


「北の道の手前にある、古い石を置いている場所だ。燃えるものが少ない」


 ミラがすぐに書く。


「結界札は村外れの石場で確認。工房内持ち込み不可。砂、水、濡れ布、長い挟み具を準備」


「持ち主にも、勝手に起動しないように伝えます」


 俺が言うと、ミラは頷いた。


「受付時に必ず説明します」


 ポロが紙に、燃えそうな札と大きなばつ印を描いた。


『かってにひからせない』

『あついものは、そとでみる』


「五件目、携帯結界灯」


 ミラが最後の項目を書いた。


「使用時に低い鳴り、ですね」


「結界灯は、防護鐘や結界石の小型版に近いかもしれません。低い鳴りがあるなら、魔力の逃げ、外殻の歪み、固定輪の緩みを見ます」


「危険性は?」


 ガンツさんが聞く。


「状態によります。持ち主が使用方法を説明できるなら、まずは起動前の音を聞きます。勝手に点灯させないようにします」


「よし」


 ミラが書き終えると、机の上には五件分の確認項目が並んでいた。


 ただの相談品の一覧ではない。

 それぞれに、見る場所、危険、必要な道具、担当がある。


 不安だったものが、少しずつ形になっていく。


「次に、場所を決めます」


 ミラは工房の間取りを書いた紙を広げた。


 入口。

 受付机。

 診断机。

 預かり棚。

 きれいな布。

 汚れた布。

 外の石場。

 村人の通り道。


「相談者は、まず集会所前で待ってもらいます。工房内へ一度に入るのは、一組まで」


「一度に全員入れないの?」


 ポロが聞く。


「入れません。品が混ざると危ないですし、記録も混乱します」


「順番待ち札いるね」


「お願いします」


 ポロは『順番待ち』の札を大きく描き直した。


 並んだ箱と袋。

 その上に、数字の一、二、三。


「番号札も必要です」


 ミラが言う。


「五枚作ります」


 ポロはすぐに小さな板を探しに行った。


 ガンツさんは危険確認用の道具を並べ始めた。


 砂を入れた桶。

 水桶。

 濡れ布。

 長い挟み具。

 厚い革手袋。

 石の台。


「結界札は、これで見る」


 ガンツさんが言う。


「もし音が悪ければ?」


 俺が聞くと、彼は短く答えた。


「即中止だ。預からん」


 ミラが記録する。


「結界札、異常音が強い場合は即中止。預かり不可。組合へ返却、または組合魔道具係へ再確認依頼」


 ポロが戻ってきた。


「受け取れません札も持っていく?」


「必要です」


 ミラが頷く。


「石場にも用意します」


 ポロは少し緊張した顔で、その札を見た。


「本当に出すことある?」


「あります」


 ガンツさんが答えた。


「危ないものは断る。断れない工房は、いつか村を危なくする」


 ポロは真剣に頷いた。


「断るのも仕事」


「そうだ」


 俺はその言葉を心の中で繰り返した。


 断るのも仕事。


 それは、俺がずっと苦手だったことだ。


 でも今は、俺一人の言葉ではない。

 工房の決まりとして、断れる。


 昼前、俺たちは一度作業を止め、村の確認へ向かった。


 外部相談の準備をしていても、村の音を後回しにはしない。


 まず、井戸。


 札は『使用できます』。

 水は澄んでいる。

 底の水脈石は、まだ奥に少し鈍りがあるが、昨日より安定していた。


 さら。

 りん。


「井戸、安定」


 ミラが記録する。


 次に水車。


 影車へ細い水を通す。


 こ、と。


 北の結界石が応える。


 りん。


 水車本体を少しだけ回す。


 こ、とん。


 挽き石は、今日は動かさない。

 昨日少し多めに使ったため、今日は休ませる日と決めている。


「水車、影車、北結界石、異常なし」


 ミラが書く。


 ポロが水車を見上げて言った。


「今日は休み?」


「はい。水車も休む日です」


「休むのも仕事?」


 ガンツさんが答えた。


「壊さないためにはな」


 ポロは紙に書き足した。


『やすむのも、しごと』


 ハンナさんが笑う。


「それは村人にも必要だね」


 工房へ戻る頃には、俺の胸の音も少し落ち着いていた。


 外の依頼を受ける前に、村の音を聞く。


 それだけで、自分がどこに立っているのかを思い出せる。


 午後は、受付の練習をした。


 ミラが受付係。

 ポロが番号札係見習い。

 ハンナさんが相談者役。

 ガンツさんが危険物を持ち込もうとする面倒な依頼者役。


 俺は診断担当として、流れを確認する。


 最初は、ハンナさんが魔力灯の相談者役をした。


「灯りがたまに細くなるんですが、今日中に直せますか?」


 ミラは落ち着いて答える。


「即日修理はお約束できません。まず簡易診断を行い、状態を記録します」


「急いでるんです」


「急ぎの場合でも、危険な状態でお返しすることはできません」


 ハンナさんは笑った。


「いいね。強い」


 ミラは少し照れたように咳払いした。


「次、お願いします」


 次はガンツさんが、布に包んだ何かを机に置いた。


「迷宮で拾った。何か分からんが鳴る。見ろ」


 声が怖い。


 ポロが少し後ずさった。


 ミラは表情を変えずに言った。


「出所不明、用途不明、内部音ありの品は、工房内では受け付けません。組合の危険物確認を受けてください」


「金は払う」


「受け付けません」


「村の外でならいいだろう」


「用途不明の迷宮品は、村外でも確認しません。組合へ戻してください」


 ガンツさんはしばらくミラを見て、それから頷いた。


「いい」


 ポロが小声で言った。


「怖かった……」


「怖い相手でも断る練習です」


 ミラは真面目に答えた。


 俺も心の中で頷いた。


 金を払うから。

 急いでいるから。

 困っているから。


 そう言われると、昔の俺なら無理をしたかもしれない。

 けれど、工房はそれだけで動いてはいけない。


 次は、俺が診断の練習をした。


 ミラが渡す仮の相談品。

 古い魔力灯。

 壊れてはいないが、留め金が少し浮いている。


 俺はすぐに分解しそうになって、手を止めた。


「まず、持ち主への確認が必要ですね」


 ミラが頷く。


「はい。いつから不調か、どの階層で使ったか、濡らしたか、勝手に修理しようとしたか」


「それから、外観の記録」


「はい」


 ポロが絵を描く。


 魔力灯の傷の場所を丸で囲む絵だ。


「ここ傷あり、って描く?」


「そうです」


 ミラが答える。


「あとで傷が増えたかどうか分かります」


 ポロは真剣に丸を書いた。


 練習は何度も続いた。


 受付。

 番号札。

 相談者の説明。

 危険確認。

 外観記録。

 簡易診断。

 修理可否。

 預かり棚。

 受け取れません札。


 やることは多い。


 でも、一つずつ手順にすれば、できないことではない。


 夕方には、工房の中が少し変わっていた。


 受付机には『受付中』の札。

 その横に番号札一から五。

 奥の棚には『診断前』『診断後』『預かり不可』の札。

 外の石場へ向かう道具箱には『危険確認用』の札。

 工房の入口には、ポロが描いた大きな案内。


『じゅんばんに、ひとつずつ』

『かってにひからせない』

『あぶないものは、そとでもみないときがある』

『こまったら、ミラ姉にいう』


 最後の一文に、ミラは少し困った顔をした。


「私に全部言われても困りますが……」


 ハンナさんが笑う。


「でも、受付はミラだからね」


「では、『受付にいう』に直しましょう」


「ミラ姉じゃだめ?」


 ポロが聞く。


「正式には受付です」


「分かった」


 ポロは少し残念そうに直した。


 その日の夜、工房の中は静かだった。


 机の上には、五件の相談品の確認書。

 受付用紙。

 預かり記録。

 危険確認道具の一覧。

 料金区分。

 札。


 明日すぐに冒険者たちが来るわけではない。

 相談日はまだ少し先だ。


 それでも、準備は始まっている。


 俺は診断机の前に座り、確認書をもう一度見た。


 魔力灯。

 方位石。

 保存箱。

 結界札。

 携帯結界灯。


 それぞれの音を想像する。


 湿った魔力管。

 乱れた針。

 歪んだ蓋。

 焦げた結界線。

 低く鳴る灯り。


 知らない道具なのに、少しだけ音が聞こえる気がした。


 不安はまだある。

 でも、手順もある。


 ミラが帳面を閉じる。


「エイルさん」


「はい」


「相談日の朝も、井戸と水車を先に見ましょう」


「はい」


「それから、工房を開けます」


「はい」


「外の依頼を受ける日でも、村の音を先に聞く。それを初回の決まりにしましょう」


 俺は頷いた。


「それがいいです」


 ポロが眠そうな顔で言った。


「僕も行く」


「朝の確認ですか?」


「うん。影車と井戸札」


「早起きできますか?」


「できる……たぶん」


 ハンナさんが笑った。


「たぶんじゃだめだよ」


「できます」


 ポロは言い直した。


 ガンツさんが立ち上がる。


「明日は、結界札用の長い挟み具をもう一本作る。一本では足りん」


「お願いします」


「それと、携帯結界灯用の小台も作る。手で持ったまま見るな」


 ミラがすぐに記録する。


「携帯結界灯用小台。手持ち診断禁止」


 また一つ、準備が増えた。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 工房の看板が夜風で鳴る。


 からん。


 井戸の札が遠くで鳴る。


 から。


 水車小屋の影車が、細い水に触れて鳴る。


 こ、と。


 村の音が、今夜も先にある。


 外の五件は、その後だ。


 俺は確認書を丁寧に折り、ミラの帳面の横に置いた。


「一件ずつ、聞きます」


 自分に言い聞かせるように言った。


 ミラが静かに頷く。


「一件ずつ、記録します」


 ガンツさんが短く言う。


「危ないものは止める」


 ハンナさんが続ける。


「食べ物と水の邪魔になる仕事は、後回し」


 ポロが眠そうな声で言った。


「順番に、ひとつずつ」


 それが、リント村修理工房の答えだった。


 十日後。


 アルバから五件の相談品がやって来る。


 その日へ向けて、工房の音は少しずつ整えられていった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、アルバ冒険者組合から届いた五件の相談品の確認書をもとに、リント村側が受け入れ準備を整える回でした。


相談品は、


・湿気で光が細くなる魔力灯

・針が乱れる方位石

・蓋の歪んだ保存箱

・焦げ音のある結界札

・低く鳴る携帯結界灯


の五件です。


すぐ診断に入るのではなく、受付、記録、危険確認、札、預かり棚、屋外確認場所まで整える。

外部依頼を受ける前に、工房としての守りを固める回になりました。


次回から、初回外部相談日へ進みます。

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