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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第31話 冒険者組合への返答

 井戸の札が『使用できます』に替わった翌朝、リント村修理工房の机には、一通の依頼書が置かれていた。


 アルバ冒険者組合から届いた、魔道具診断の相談文だ。


 届いたのは少し前。

 けれど、すぐには返事をしなかった。


 水車が止まっていた。

 北の結界石にひびの音があった。

 井戸底の水脈石には泥が残っていた。


 リント村の暮らしを支える音を、先に整える必要があったからだ。


 そして今、水車は目を覚まし、粉は少しだけ挽けるようになった。

 井戸水も、札を掛けて使えるところまで戻った。


 完全ではない。

 けれど、村は少し息を吹き返した。


 だから今日、ミラは冒険者組合への返答を書くことにした。


「まず、条件を決めます」


 ミラは工房の机に紙を広げた。


 そこにはすでに、いくつもの項目が書き出されている。


『リント村修理工房 外部依頼受付条件』


 俺は、その文字を見て少し背筋を伸ばした。


 外部依頼。


 《白狼の剣》の魔力灯、保存箱、方位石、槍、剣。

 あれは、外部依頼第一号だった。


 でも、相手は知っている人たちだった。

 少なくとも、過去があった。


 今度は違う。


 アルバ冒険者組合。

 たくさんの冒険者。

 知らない魔道具。

 知らない不調。

 知らない人たちの急ぎや都合。


 胸の奥に、少しだけ硬い音がした。


 昔の俺なら、頼まれれば断れなかったかもしれない。

 無理な納期でも、寝ずにやればいいと思ったかもしれない。

 危ないと分かっていても、強く言えなかったかもしれない。


 けれど、ここはリント村修理工房だ。


 ミラが記録し、ガンツさんが見て、ハンナさんが生活の目で止め、ポロが絵で分かる形にしてくれる。


 一人ではない。


「エイルさん」


 ミラがこちらを見る。


「不安ですか?」


 俺は少し驚いた。


「顔に出ていましたか」


「少しだけ」


 ミラは笑わなかった。

 ただ、静かに言った。


「不安なまま条件を決めましょう。そのための条件です」


 不安を消してから進むのではない。

 不安があるから、決まりを作る。


 それは、とてもミラらしい考え方だった。


 ガンツさんが腕を組んで、壁際に立っている。


「何でも受けるな」


 最初に彼が言ったのは、それだった。


「外から金が来ると、何でも仕事に見える。だが、受けてはいけない仕事もある」


 ミラが筆を構える。


「受けてはいけない仕事、ですね」


「ああ」


 ガンツさんは一つずつ指を折った。


「まず、急ぎすぎるもの。今日持ってきて今日直せ、というものは基本断れ」


「簡易診断だけなら?」


 俺が聞くと、ガンツさんは頷いた。


「見るだけならいい。だが、直せると言うな。診断と修理は違う」


 ミラが書く。


「一、即日修理の確約はしない。簡易診断と修理を分ける」


「次に、危険物だ」


 ガンツさんは続けた。


「中で魔力が暴れているもの、持ち主が扱いを説明できないもの、触っただけで周りに害が出るもの。工房で受けるな」


「アルバの冒険者なら、迷宮から変なものを持ち帰る可能性がありますね」


 ハンナさんが言った。


 彼女は井戸水で淹れた薄い茶を持ってきてくれていた。

 机に置きながら、眉を寄せる。


「村の中に危ないものを持ち込まれても困るよ」


「では、危険性のあるものは、村の外で確認する決まりにします」


 ミラが書いた。


「二、危険性のある魔道具、出所不明の迷宮品は工房内へ持ち込ませない。必要なら村外で確認し、受け取りを断る」


 ポロが目を丸くした。


「断る札いる?」


「いりますね」


 ミラは即答した。


 ポロは嬉しそうに紙を取り出す。


「受け取れません、って書く?」


「はい。あと、『危ないものは持ち込まない』も」


「絵は?」


 ポロは少し考えて、煙を出している箱にばつ印を描いた。


 ガンツさんがそれを見て言う。


「爆発しそうに見えるな」


「危なそうでしょ?」


「分かりやすい」


「採用?」


「子ども用ならな」


 ポロは満足そうに頷いた。


 ミラはさらに書き出す。


「三、村の修理を優先する」


 その言葉に、ハンナさんが頷いた。


「それは絶対だね。外から依頼が来ても、井戸や水車を放っておいたら意味がない」


「はい」


 ミラは少し強い字で書いた。


「リント村修理工房は、リント村の暮らしを支えるための工房です。外部依頼は、村の修理予定に支障がない範囲で受けます」


 俺はその文章を見て、胸が落ち着くのを感じた。


 そうだ。

 外部依頼を受けるからといって、全部を外へ向ける必要はない。


 リント村の井戸。

 水車。

 結界石。

 防護鐘。

 畑。

 食卓。


 それが、まず守るべき音だ。


「四、料金を分けます」


 ミラは次の紙を出した。


「診断料、修理料、材料費、預かり料、写し代」


 ポロが首を傾げる。


「写し代?」


「点検表や手順書の写しを渡す場合です」


「絵入りは?」


「絵入りは、ポロの仕事代も入れます」


 ポロは目を見開いた。


「僕の仕事代?」


「はい。工房の絵係見習いですから」


 ポロは固まった。


 それから、ゆっくり顔を赤くする。


「僕、仕事してる?」


「しています」


 ミラがきっぱり言った。


「文字が苦手な人にも分かるようにするのは、大事な仕事です」


 ハンナさんも頷く。


「ダリオさんだって、絵の点検表で助かってたじゃないか」


「ダリオさん用……」


「それだけじゃないよ」


 俺も言った。


「井戸の札も、ポロの案がなければ作っていませんでした」


 ポロは紙を胸に抱えた。


「じゃあ、ちゃんと描く」


 ガンツさんが低く言う。


「調子には乗るな」


「はい!」


 ミラは微笑みながらも、きちんと記録した。


「絵入り点検表は、写し代に絵係分を含める」


 次に、預かり記録。


 ミラは《白狼の剣》の魔道具を預かった時の記録を参考にして、新しい用紙を作っていた。


『預かり品記録』

 依頼者名。

 連絡先。

 品名。

 状態。

 持ち込み時の傷。

 診断内容。

 修理可否。

 返却予定日。

 受取確認。


 紙を見たガンツさんが頷く。


「これがないと揉める」


「揉めますか?」


 ポロが聞く。


「壊れていたものを持ってきて、修理後に『前は傷がなかった』と言う者がいる」


「それ、だめじゃん」


「だめだ。だから最初に書く」


 ミラは真剣に頷いた。


「預かり時に、依頼者と一緒に状態を確認します。必要なら絵で傷の位置も描きます」


「僕?」


 ポロが自分を指さす。


「最初は見習いとして。危なくないものだけです」


「はい!」


 俺は預かり品記録を見つめた。


 昔、俺の整備記録は読まれなかった。

 警告も、たいてい聞かれなかった。


 でもここでは、記録が仕事を守る。

 道具を守る。

 依頼者も、工房も守る。


「いいと思います」


 俺は言った。


「診断したこと、できること、できないことを残せば、後で間違いが減ります」


 ミラが頷く。


「では、修理不可の場合の書式も作ります」


「修理不可?」


「はい。直せない時に、ただ『無理です』ではなく、理由を書きます」


 ミラは新しい項目を書いた。


『修理不可理由』

 一、部品不足。

 二、危険性が高い。

 三、工房の設備では対応できない。

 四、持ち主の使用方法に問題があり、再発の危険が高い。

 五、村の修理予定に支障が出る。


 ガンツさんが少しだけ目を細めた。


「よく考えている」


「このくらい必要だと思いました」


「そうだな。断るにも理由がいる」


 ハンナさんが茶を配りながら言う。


「外の人には、リント村の都合なんて分からないからね。最初に言わないと、どんどん急がされるよ」


「はい」


 ミラは書きながら答えた。


「なので、返答にも明記します」


 いよいよ、冒険者組合への返答文を書くことになった。


 ミラは背筋を伸ばし、新しい紙を置く。


 俺たちも、自然と静かになった。


 ミラの筆が動き始める。


『アルバ冒険者組合 御中』


 しっかりした文字だった。


 彼女は一文ずつ、声に出しながら書いていく。


「このたびは、リント村修理工房へ魔道具診断のご相談をいただき、ありがとうございます」


 ポロが小声で言う。


「ちゃんとしてる……」


 ハンナさんが小さく笑った。


 ミラは続ける。


「当工房では、音繕い職人エイル・ノートによる音診断、鍛冶師ガンツによる金具・武具関連の確認、村の記録係による預かり記録の作成を行っております」


 自分の名前が書かれると、少し落ち着かない。


 音繕い職人エイル・ノート。


 リント村の依頼書にも書いた名前。

 今度は、アルバ冒険者組合への返答に書かれている。


 昔の俺を追い出した街へ、今の俺の仕事が、工房の名前で返事をする。


 胸の奥で、りん、と小さな音がした。


 ミラは筆を止めずに書く。


「ただし、当工房はリント村の井戸、水車、結界石、防護鐘等の維持管理を優先しております。そのため、外部依頼については、事前相談の上、対応可能な範囲でお受けいたします」


 ガンツさんが頷く。


「いい」


「次に条件です」


 ミラは別紙に箇条書きを作った。


『外部依頼について』

 一、即日修理は原則としてお約束できません。

 二、まず簡易診断を行い、修理可否・必要日数・材料費を確認します。

 三、危険性の高い魔道具、出所不明の迷宮品、周囲へ害を及ぼす可能性のある品は、受け取りをお断りする場合があります。

 四、診断料、修理料、材料費は別に記録します。

 五、預かり品は、状態を確認した上で記録を作成します。

 六、村の修理予定に支障が出る場合、日程を延期または依頼をお断りします。

 七、点検表や手順書の写しを希望する場合、写し代をいただきます。


 ポロが「七番、僕の絵?」と小声で聞く。


 ミラは頷いた。


「絵入りの場合は、そうです」


 ポロはさらに真剣な顔になった。


 ミラは最後に、相談日を書いた。


「初回相談日は、十日後の午前。場所はリント村集会所前。持ち込み数は、最初は五件まで」


「五件ですか」


 俺が聞くと、ミラは頷いた。


「多すぎると対応できません。初回は様子を見るべきです」


 ガンツさんも同意した。


「五件でも多いくらいだ。だが、組合相手なら数を示した方がいい」


「はい」


 ハンナさんが言う。


「その日は、井戸と水車の確認を朝のうちに済ませておく必要があるね」


 ミラがすぐに別紙へ書く。


「相談日前日、井戸札確認。水車、影車、挽き石確認。相談日当日、朝に井戸水と水車音を確認」


「外の仕事を受ける日にも、村の音を先に聞くんですね」


 俺が言うと、ミラは当然のように頷いた。


「それが工房の約束です」


 工房の約束。


 その言葉は、とても頼もしかった。


 返答文が書き終わると、ミラは俺に見せた。


「エイルさん、確認してください」


「俺が?」


「はい。音繕い職人として名前が入っていますから」


 俺は紙を受け取った。


 丁寧な文字。

 条件。

 断る場合の説明。

 相談日。

 持ち込み数。


 どこにも、無理をする言葉はなかった。


 必ず直します、とは書いていない。

 何でも受けます、とは書いていない。

 すぐ対応します、とは書いていない。


 でも、冷たくもない。


 相談を受ける。

 診断する。

 できることを伝える。

 できないことも伝える。


 それは、とても誠実な返答だった。


「いいと思います」


 俺は言った。


「これなら、俺も安心して診断できます」


 ミラはほっとしたように息を吐いた。


「よかったです」


 ガンツさんが紙を受け取り、ざっと見る。


「字が多い」


「必要です」


「まあ、いい。組合にはこれくらいでちょうどいい」


 ハンナさんも頷いた。


「外の人に遠慮して短くすると、あとで困るからね」


 ポロが手を上げる。


「札も作る!」


「受付札ですね」


 ミラが言う。


「はい。お願いします」


 ポロは工房の板切れを並べた。


 一枚目。


『受付中』


 丸印と、机の絵。


 二枚目。


『診断中』


 耳を澄ませる人と、魔力灯の絵。


 三枚目。


『修理中』


 金槌と工具の絵。


 四枚目。


『順番待ち』


 並んだ袋と箱の絵。


 五枚目。


『受け取れません』


 煙を出す怪しい箱に、大きなばつ印。


 ガンツさんが最後の札を見て言った。


「その箱、ますます爆発しそうだな」


「危ないって分かる?」


「分かる」


「じゃあ採用!」


「子ども用ならな」


「また子ども用!」


 ポロは不満そうに言ったが、嬉しそうでもあった。


 ミラは札の裏に説明を書き足した。


『受け取れません』

 危険性が高いもの。

 中身が分からないもの。

 持ち主が使い方を説明できないもの。

 村に害が出るおそれがあるもの。


 俺はそれを見て、ふと思った。


 昔の俺は、危ないと思っても、止められないことが多かった。

 魔力灯が揺れている。

 保存箱が歪んでいる。

 方位石が乱れている。


 言っても聞かれない。

 だから、どこかで諦めていた。


 でも今は、札がある。

 手順書がある。

 受け取れません、と書ける。


 それは、とても大きな違いだった。


 昼前、返答文を届ける行商人が工房へ来た。


 アルバへ向かう予定があるらしい。


 ミラは封をし、水守の印ではなく、リント村の印を押した。

 その横に、小さく『リント村修理工房』と書く。


「お願いします」


 ミラが手渡すと、行商人は丁寧に受け取った。


「確かに。アルバ冒険者組合へ届けます」


 馬車が村を出ていく。


 その背を、俺たちは工房の前から見送った。


 ポロが小さく言う。


「返事、行っちゃった」


「はい」


「冒険者さん、来る?」


「たぶん」


「変な箱、持ってくる?」


「持ってこないといいですね」


 ポロは『受け取れません』の札を抱えた。


「来たら、これ出す」


「勝手には出さないでください」


「ミラ姉に聞いてから!」


「それなら」


 ミラが笑った。


 その日の午後、工房では外部依頼用の場所を整えた。


 危なくないものを置く棚。

 預かり品を包む布。

 番号札。

 依頼者が座る椅子。

 診断前の品と、診断後の品を分ける箱。


 ハンナさんが古い布を持ってきて、道具を包む用に切ってくれた。


「汚れた布と、きれいな布は分けること」


「はい」


 ミラが書く。


 ポロが絵を描く。


『きれいなぬの』

『よごれたぬの』

『まぜない』


 ガンツさんは棚を揺らして確認した。


「この棚は重いものを置くな。魔道具は見た目より重いものがある」


「では、軽いもの専用にします」


 ミラが札を書く。


『軽い品のみ』


 俺は診断机の位置を少し変えた。


 窓からの風。

 水車の音。

 井戸の音。

 工房の看板の音。


 外部の魔道具を見る時、村の音が強すぎると聞きづらい。

 逆に、完全に閉じると危ない音に気づきにくい。


「この位置がいいです」


「理由は?」


 ミラが聞く。


「外の音が少し入ります。でも、工房の中の道具の音も聞けます」


「記録します」


 診断机の位置まで記録される。


 けれど、もう驚かなかった。


 ここでは、そういう小さなことが次につながる。


 夕方、井戸と水車の確認をした。


 外部依頼の準備をした日でも、村の音を聞く。


 井戸。


 さら。

 りん。


 水は安定している。


 札は『使用できます』。


 水車。


 こ、とん。


 影車。


 こ、と。


 北の結界石。


 りん。


 挽き石。


 こ。


 今日は少量の試し挽きだけで止めてある。

 無理はしていない。


「村の方は、大丈夫です」


 俺が言うと、ミラが頷いた。


「では、今日の記録を締めます」


 工房へ戻ると、ミラは一日の最後にこう書いた。


『アルバ冒険者組合へ返答を送付。

 外部依頼受付条件を作成。

 受付札、預かり品記録、修理不可理由、料金区分を整える。

 村の修理を優先する約束を再確認。

 井戸、水車、影車、北結界石に大きな異常なし。』


 その下に、少し迷ってから、もう一行。


『外の音を聞く準備が始まる。』


 俺はその一文を見て、少しだけ胸が高鳴った。


 外の音。


 アルバから来る魔道具。

 冒険者たちの道具。

 迷宮帰りの傷んだ品。


 不安はある。

 けれど、今はそれだけではない。


 聞いて、伝えて、記録する。

 受けるものを決め、断るものも決める。

 無理なものは無理だと言う。


 それができる工房になりつつある。


 夜、工房の看板が風に揺れた。


 からん。


 井戸の札も、遠くで小さく鳴る。


 から。


 水車の方から、影車の音が届く。


 こ、と。


 村の中の音が、静かに整っている。


 だから、次は村の外の音も聞けるのかもしれない。


 俺は診断机に置かれた新しい受付札を見た。


『受付中』


 まだ誰も来ていない。

 でも、その札はもう、次の仕事を待っていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、アルバ冒険者組合への返答回でした。


リント村修理工房は、外部依頼を受ける前に条件を整えます。


・村の修理を優先する

・即日修理は約束しない

・診断と修理を分ける

・危険なものは受け取らない

・料金と材料費を分けて記録する

・預かり品の状態を残す

・断る理由も明記する


何でも引き受けるのではなく、できることとできないことを決める。

それが、エイルが安心して仕事をするための大事な仕組みになります。


次回は、アルバ側でこの返答が読まれ、冒険者組合と冒険者たちの反応が描かれます。

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