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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第17話 セシアの整備記録

 魔力灯の修理は、急いではいけない仕事だった。


 水守小屋の作業机の上に、セシアの魔力灯を分解して並べる。


 外殻。

 薄い硝子板。

 中心魔石。

 魔力管。

 浮いた留め金。

 小さな固定輪。


 一つ一つは小さな部品だ。

 けれど、どれか一つでもずれれば、灯りは不安定になる。


 迷宮の暗闇で、灯りが一瞬消える。

 それだけで、足元の段差を見落とす。

 濡れた石で滑る。

 魔物の影に気づくのが遅れる。


 小さな不調は、小さなまま終わるとは限らない。


 俺は乾いた布を細く巻き、魔力管の内側を慎重に拭いた。


 ちり。


 まだ少し、嫌な音がする。


 管の奥に湿気が残っている。

 無理に熱を当てれば早く乾くが、管が歪む。

 だから、布で吸わせ、風を通し、時間をかけるしかない。


 作業小屋の窓は少しだけ開けてある。

 外からは、水車の音が聞こえた。


 こ、とん。


 その音に混じって、ポロが誰かに絵の説明をしている声も聞こえる。


「これは保存箱。こっちは薬草。で、魔冷石は離す!」


 ハンナさんが笑う声がした。


「上手じゃないか」


「僕、絵係見習いだから!」


 絵入り点検表は、もう始まっているらしい。


 小屋の中には、俺とセシアがいた。


 ミラは少し離れた机で、外部依頼帳をまとめている。

 今はセシアから聞いた迷宮での状況を書き取っていた。


 レオルとダリオは、村の広場にいる。

 ガンツさんに呼ばれ、槍と道具袋の扱いについて叱られているはずだ。


 小屋の外から、時々ダリオの声が聞こえた。


「いや、そこまで力入れてないって!」


 続いて、ガンツさんの低い声。


「入れているから曲がる」


 しばらくして、ダリオの小さな返事。


「はい」


 セシアが、それを聞いて少しだけ笑った。


「ダリオがあんなふうに素直に返事をするの、初めて見たかもしれない」


「ガンツさんの言葉は、重いので」


「そうね」


 セシアは作業机の上の魔力灯を見た。


「私たちには、そういう人がいなかったのかもしれない」


「そういう人?」


「道具を軽く扱った時に、ちゃんと叱ってくれる人」


 彼女の声は静かだった。


 俺は魔力管を布の上に置き、次に留め金を取った。

 浮いていた部分を、細い工具で少しずつ戻す。


 かち。

 かちり。


 まだ硬い。

 無理に押せば折れる。


「レオルさんには、教えてくれる人がいたみたいです」


 俺が言うと、セシアは少し驚いたように顔を上げた。


「聞いていたの?」


「昨日、言っていました。道具に頼るなと教えられた、と」


「ああ……」


 セシアは小さく息を吐いた。


「レオルは、ずっとそうだったわ。剣士は自分の腕で道を開く。道具に頼れば弱くなる。彼は、それを強さだと思っている」


「間違いではないと思います」


「そうね。自分の力を鍛えるのは大事。でも、彼は道具を整えることまで、弱さだと思ってしまった」


 セシアは魔力灯の外殻に指を伸ばしかけ、触れる直前で止めた。


「触ってもいい?」


「外殻なら大丈夫です。でも、内側の魔力管はまだ」


「触らないわ」


 彼女は外殻をそっと持ち上げた。


 青白い金属の表面には、細かな傷がある。

 迷宮の壁に擦れたり、荷物の中で揺れたりしてついたものだ。


「この傷も、あなたは見ていたのね」


「大きな傷は」


「私は、灯りがつけばいいと思っていた」


 セシアは外殻を布の上に戻した。


「でも、灯りがつくことと、迷宮で安全に使えることは違う」


「はい」


 俺は留め金の角度を確認した。


 かち。


 少しだけ音が整う。


「前より、分かるようになりましたね」


「え?」


「セシアさんは、灯りの揺れにも、方位石の乱れにも気づいていました」


 セシアは目を伏せた。


「気づいていた、だけよ」


 その声は、薄く痛んでいた。


「気づいていたのに、止められなかった。前も、今回も」


 小屋の中が静かになる。


 水車の音だけが遠くから届く。


 こ、とん。


 ミラの筆も、少しだけ止まった。

 けれど彼女は顔を上げなかった。

 聞かないふりではなく、二人の話を邪魔しないようにしているのだと思う。


 セシアは、腰の小さな鞄から一冊の薄い帳面を取り出した。


 古いものだった。

 角は少し折れ、表紙には迷宮の湿気を吸った跡がある。


「これを、見せたかったの」


 彼女はそれを俺の前に置いた。


 俺は手を止めた。


 表紙には、見覚えのある字があった。


『第三層用 魔道具整備記録』


 俺の字だった。


「それ……」


「あなたが、パーティの荷物に入れていた整備記録よ」


 セシアは静かに言った。


「追放された後、荷物を整理していたら出てきたの。いえ、本当は前から何度か見ていた」


 俺は、帳面に触れられなかった。


 見覚えがありすぎる。


 第三層の湿気。

 魔力灯の曇りやすい日。

 保存箱の蓋の噛み合わせ。

 方位石を魔力石と一緒にしないこと。

 結界灯を使用前に布で拭くこと。


 何度も書いた。

 誰かが見てくれれば、少しでも事故が減ると思って。


 けれど、誰も必要としていないと思っていた。


「読んでいたんですか」


「全部ではないわ。最初は、少しだけ」


 セシアは帳面を開いた。


 そこには、俺の字で細かく書かれた記録が並んでいる。


『第三層は湿気が多い。出発前に魔力管の曇り確認』

『保存箱は薬草袋と魔冷石を直接触れさせない』

『方位石は魔力石と同じ袋に入れない』

『セシアの魔力灯、留め金が浮きやすい。衝撃注意』

『レオルの予備結界灯、光量を上げすぎると管が鳴る』

『ダリオの槍袋、湿ったまま戻さない。金具に泥が入りやすい』


 セシアの指が、その一文の上で止まる。


「あなたは、全部書いていた」


「必要だと思ったので」


「必要だったわ」


 彼女の声が少し震えた。


「でも、私はそれを、ちゃんと必要なものとして扱わなかった。読んでいたのに、レオルやダリオに伝えなかった。あなたが細かいことを言っている時、止めなかった」


 俺は何も言えなかった。


 セシアは続けた。


「言えばよかった。『エイルの記録には意味がある』って。『第三層へ行くなら整備に時間を取るべきだ』って。分かっていたのに、私は黙っていた」


「どうしてですか」


 責めるつもりではなかった。

 ただ、聞きたかった。


 セシアは、少しだけ苦しそうに笑った。


「パーティの空気を壊したくなかったの」


 その答えは、小さかった。


「レオルは勇者候補として期待されていた。ダリオは勢いで場を明るくしていた。私は、二人の間でうまくやることばかり考えていた。あなたが怒られている時、内心では言いすぎだと思っても、そこで口を挟む勇気がなかった」


 彼女は帳面を閉じた。


「私も、見ていない側だったの」


 水守小屋の中に、重い沈黙が落ちる。


 外では、ポロがハンナさんに何かを聞いている。

 村人の生活音。

 水車の音。

 小さな風の音。


 その全部が、少し遠く聞こえた。


 俺は留め金を机に置いた。


「俺も、言うのをやめたことがあります」


 セシアが顔を上げる。


「聞いてもらえないと思って、黙ったことがあります。どうせ細かいと言われる。どうせ面倒だと言われる。そう思って、言い方を弱くしたこともあります」


「それは、あなたが悪いわけじゃ」


「でも、道具は悪くなりました」


 俺は整備記録を見た。


「本当は、もっと強く言えばよかったのかもしれません。でも、あの時の俺にはできませんでした」


 セシアは唇を噛んだ。


「エイル」


「だから、今は言うことにしました」


 俺は魔力灯を見た。


「危険なものは危険だと。時間がかかるものはかかると。無理な納期は無理だと。戻らないものは戻らないと」


 セシアは、静かに聞いていた。


「それを言える場所を、リント村が作ってくれました」


 ミラの筆が、かすかに止まった。

 彼女は顔を上げずにいたが、耳は赤くなっていた。


 セシアはミラを見て、それから俺を見る。


「いい場所ね」


「はい」


 俺は素直に頷いた。


「まだ直すものだらけですけど」


「それも、あなたにはいいのかもしれない」


「え?」


「必要とされる仕事があるから」


 セシアの言葉に、胸の奥が少し温かくなった。


 俺は魔力管をもう一度手に取った。


「この記録、セシアさんが持っていてください」


「いいの?」


「はい。今の《白狼の剣》に必要だと思います」


 セシアは帳面を両手で持った。


「でも、これはあなたが書いたものよ」


「写しを作ってもらえれば」


 俺が言うと、ミラがすぐに顔を上げた。


「写します」


 声が少し早かった。


「外部依頼資料として写しを作成します。原本をどちらが保管するかも決めましょう」


 セシアが少し驚く。


「そこまで?」


「記録は大事ですから」


 ミラは真面目な顔で言った。


「それに、エイルさんが昔書いた記録も、今後の点検表作りに役立ちます。内容を整理して、迷宮用、村用、湿気対策用に分けられるかもしれません」


「すごいですね、ミラさん」


 俺が思わず言うと、ミラは少しだけ頬を赤くした。


「村長代理ですから」


 その言い方が、以前より自然だった。


 セシアは小さく笑った。


「本当に、いい場所ね」


 俺は魔力灯の修理に戻った。


 湿気を抜いた魔力管を、柔らかい布で包む。

 浮いていた留め金は、ガンツさんが作ってくれた細い調整具で角度を戻す。

 中心魔石は、表面を磨きすぎない。

 光を強くするのではなく、通り道を整える。


 魔力灯の音は、少しずつ変わっていった。


 ちり。

 ちりん。

 ……りん。


 セシアが息を呑む。


「今、音が変わった?」


「分かりますか」


「少しだけ。さっきより、刺さる感じが減った」


「いい変化です」


 俺は留め金を仮固定した。


「完全に戻すには、もう少し乾かします。でも、灯りの流れはだいぶ整いました」


「見てもいい?」


「はい。ただ、まだ強く光らせないでください」


 セシアは魔力灯を両手で受け取った。

 まるで初めて持つ道具のように、慎重に。


 小さく魔力を通す。


 灯りがともった。


 青白い光は、昨日よりずっと落ち着いていた。

 強くはない。

 けれど、揺れが少ない。


 セシアの表情が、少しだけ緩む。


「こんなに違うのね」


「まだ仮です」


「それでも、違う」


 彼女は灯りを見つめたまま言った。


「私は、灯りを見ていなかったのかもしれない。明るいか暗いかだけを見ていた」


「最初は、それでいいと思います」


「え?」


「そこから、揺れや色を見ればいいので」


 セシアは俺を見た。


 俺は続ける。


「点検表には、最初に簡単なところを書きます。光が揺れていないか。色が濁っていないか。触った時に熱くなりすぎていないか。音が分からなくても、見れば気づけるところから」


「私にも、できる?」


「できます」


 セシアは、少しだけ目を伏せた。


「もっと早く、そう言ってもらえばよかった」


「俺も、もっと早く言えばよかったです」


 二人で、少しだけ笑った。


 過去が消えるわけではない。

 追放された事実も、投げられた銅貨も、黙っていた時間もなくならない。


 でも、今こうして、魔力灯を挟んで向き合っている。


 それは、少しだけ前に進んでいる音だった。


 外から、レオルの声が聞こえた。


「セシア、まだか」


 少し苛立っている。

 けれど、以前ほど強くはない。


 セシアは魔力灯を布の上に戻し、扉の方を見た。


「まだよ。修理には時間がかかる」


 彼女の声は、はっきりしていた。


 レオルが黙る。


 セシアは続ける。


「待つと決めたでしょう」


 少しの沈黙。


 やがて、レオルの低い声が返ってきた。


「……分かった」


 セシアは小さく息を吐いた。


「今の、言えました」


「はい」


「前は言えなかった」


 彼女はそう言って、少しだけ笑った。


 ミラが帳面に何かを書いている。


 セシアが気づいた。


「今のも記録するの?」


「整備に必要な会話だったので」


「どのあたりが?」


「修理には時間がかかる、という確認です」


 セシアは苦笑した。


「本当に、記録係ね」


「はい」


 ミラは胸を張った。


 その時、ポロが窓の外から紙を差し出した。


「兄ちゃん! これ、点検表の絵!」


 紙には、少し歪んだ魔力灯の絵が描かれていた。

 横には、大きな丸とばつがある。


 丸の方は、まっすぐ光る魔力灯。

 ばつの方は、ぐにゃぐにゃに揺れる光。


「分かりやすいです」


 俺が言うと、ポロの顔が輝いた。


「本当?」


「はい。灯りが揺れていたら注意、というのが伝わります」


 セシアも紙を覗き込んだ。


「私にも分かるわ」


「魔法使いなのに?」


 ポロが不思議そうに言う。


 セシアは少し笑った。


「魔法使いでも、見ていなかったら分からないの」


「じゃあ、見る練習だね」


「そうね。見る練習」


 ポロは満足そうに頷いた。


 小屋の外で、ガンツさんがダリオに槍の手入れを教える声がする。


「拭く方向が逆だ」


「逆とかあるのかよ」


「ある」


「はい」


 レオルは何も言わない。

 けれど、時々こちらの作業小屋を見ている気配があった。


 セシアの魔力灯を修理する間、彼は何を考えているのだろう。


 自分が軽く見ていた仕事。

 自分のパーティが失ったもの。

 それを、今は辺境の村の作業小屋で、村人たちが囲んで見ている。


 面白くないはずだ。


 それでも、彼は待っている。


 以前なら、待たなかったかもしれない。


 魔力灯の仮修理が終わる頃、空は少し傾き始めていた。


 俺は最後に中心魔石を戻し、外殻を閉じた。


 かち。


 留め金が噛み合う。


 音は、まだ完全ではない。

 でも、もう危ない音ではなかった。


「仮修理完了です」


 ミラが記録する。


「魔力灯、仮修理完了。強光使用は明日まで禁止。完全安定には追加乾燥」


 セシアが頷く。


「分かったわ」


「点検方法も書きます」


 俺は紙に簡単な項目を書いた。


『魔力灯の確認』

 一、光が細く揺れていないか。

 二、色が青く濁っていないか。

 三、外殻が熱くなりすぎていないか。

 四、強く光らせる前に留め金を確認する。

 五、湿った階層へ入った後は布で拭く。


 横に、ポロが描いた丸とばつの絵を添える。


 ミラがそれを見て頷いた。


「これなら写せます」


 セシアは紙を受け取り、丁寧に読んだ。


「これを、レオルにも読ませるわ」


「読んでくれるでしょうか」


「読ませる」


 短い返事だった。


 その声に、以前のセシアにはなかった強さがあった。


 俺は思わず笑った。


「お願いします」


 セシアは魔力灯を胸に抱え、少しだけ迷ったように俺を見た。


「エイル」


「はい」


「あなたは、私を許してくれる?」


 突然の問いに、手が止まった。


 許す。


 簡単には答えられない言葉だった。


 俺は、セシアを憎んでいるわけではない。

 でも、何もなかったことにはできない。

 黙っていたこと。

 止めなかったこと。

 それで俺が傷ついたこと。


 それは、消えない。


 俺は少し考えてから言った。


「まだ、分かりません」


 セシアは静かに頷いた。


「そうよね」


「でも」


 俺は続けた。


「今、ちゃんと見ようとしてくれていることは、分かります」


 セシアの目が少し揺れた。


「それで、今は十分だと思います」


 彼女は、長く息を吐いた。


「ありがとう」


 外から、防護鐘の低い余韻が風に乗って届いた。


 ごぉん。


 鳴ったわけではない。

 けれど、村の中にはまだあの朝の音が残っている。


 セシアはその音に顔を上げた。


「いい音ね」


「はい」


「この村が、あなたを見つけた音みたい」


 俺は、少し照れくさくなって視線をそらした。


「俺が、呼ばれたのかもしれません」


「井戸に?」


「井戸と、水車と、結界石と、防護鐘に」


 セシアは小さく笑った。


「本当に、あなたらしい」


 その時、扉の外からレオルの声がした。


「セシア。終わったのか」


 セシアは魔力灯を手に、扉へ向かった。


 外へ出る前に、一度だけ振り返る。


「エイル。整備記録の写し、明日受け取りに来るわ」


「はい」


「それから、点検表も」


「用意しておきます」


「ありがとう」


 セシアが外へ出ると、レオルとダリオの声が続いた。


「直ったのか」

「仮修理よ。強く光らせるのは禁止」

「また禁止か」

「必要な禁止よ」


 その会話は、以前より少しだけ違って聞こえた。


 俺は作業机の上に残った整備記録を見た。


 昔の俺が、誰かに読んでほしくて書いたもの。

 読まれないと思っていたもの。

 それが今、セシアの手で持ち込まれ、ミラの手で写され、ポロの絵で分かりやすくされようとしている。


 記録も、直せるのかもしれない。


 誰にも届かなかったものを、届く形に直す。


 それも、音繕いの仕事なのかもしれなかった。


 水車が鳴る。


 こ、とん。


 俺は新しい紙を取り出し、表題を書いた。


『迷宮用魔道具 出発前点検表』


 その横で、ミラが静かに言った。


「忙しくなりますね」


「はい」


「食事時間も書きます」


「……はい」


 俺が頷くと、窓の外でポロが笑った。


 作業小屋の中には、魔力灯の落ち着いた音が残っている。


 りん。


 それは、過去の記録が、少しだけ新しい形に変わり始めた音だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、セシアの魔力灯修理と、エイルが昔残していた整備記録の回でした。


セシアは、エイルの仕事に意味があることを分かっていながら、当時は庇うことができませんでした。

その後悔を抱えたまま、彼女は今度こそ「見る」側に立とうとします。


エイルもまた、過去をすぐに許すのではなく、今のセシアの変化を受け止めました。


次回は、ダリオの槍とガンツの手入れ指導。

軽く見ていた道具と向き合うことで、ダリオにも少しずつ変化が出てきます。


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