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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第16話 外部依頼第一号

 リント村の水守小屋に、《白狼の剣》の魔道具が並べられた。


 最初に置かれたのは、セシアの魔力灯。

 青い外套の胸元に下げられていた、小型の灯りだ。


 次に、保存箱。

 第三層で冷えが弱くなったという箱で、蓋の留め金が少し浮いている。


 その隣には方位石。

 迷宮内で帰り道を示すための小さな魔道具で、針が不安定に揺れているらしい。


 最後に、ダリオの槍。

 本人は「ちょっと鳴るだけ」と言っていたが、穂先の根元にある金具がわずかに緩んでいた。


 俺は作業机の前に立ち、深く息を吸った。


 ここは、昨日まで閉ざされていた水守の作業小屋だ。

 古い机。

 小さな窓。

 壁に残された棚。

 水車の音がかすかに届く場所。


 そこに、リント村ではない場所からの依頼品が置かれている。


 外部依頼第一号。


 ミラはそう記録していた。


「依頼者は、勇者候補パーティ《白狼の剣》。依頼内容は、魔力灯、保存箱、方位石、槍の留め具の診断と、可能な範囲での修理」


 ミラは作業机の端で帳面を開いている。

 いつもの村の記録帳とは別に、新しく外部依頼用の帳面を用意したらしい。


 表紙には、丁寧な文字でこう書かれていた。


『リント村修理依頼控』


 その文字を見るたびに、胸の奥が少し落ち着かなくなる。


 リント村。

 修理依頼。

 控え。


 俺の仕事が、記録として残っていく。


「納期は?」


 ミラが尋ねる。


 俺は並べられた道具を見た。


「魔力灯は、乾燥と留め金の調整が必要です。今日中に診断、明日の昼までに仮修理。完全に安定させるなら二日ほしいです」


「魔力灯、完全修理には二日」


 ミラが書く。


「保存箱は?」


「留め金の曲がりと、魔冷石の向きのずれ。これは今日中に応急修理できます。ただ、内側に湿気が残っているので、乾燥は必要です」


「保存箱、応急修理は本日中。乾燥必要」


「方位石は、針の軸が湿気を吸っています。迷宮の魔力で乱れたというより、保管状態が悪いです。分解して乾かさないと」


「方位石、保管状態不良。分解乾燥」


 ミラは書きながら、ちらりと《白狼の剣》の三人を見た。


 水守小屋の中は広くないため、三人は入口の近くに立っていた。

 レオルは腕を組み、少し不機嫌そうにしている。

 ダリオは落ち着かない様子で槍を見ていた。

 セシアは、俺の作業机を真剣に見つめている。


 ガンツさんは、入口の外にある丸太に腰を下ろしていた。

 槍の金具を見るために呼ばれているが、魔道具の診断中は黙って見守るつもりらしい。


 ポロは小屋の窓の外から覗き込んでいた。


「ポロ」


 ミラが名前を呼ぶ。


「中には入らない約束ですよ」


「入ってないよ。窓の外」


「窓に顔をくっつけすぎです」


「見たいんだもん」


 ポロはそう言いながらも、少しだけ顔を離した。


 ダリオが小さく笑う。


「人気者だな、エイル」


 以前なら、その言葉にどう返せばいいか分からなかった。

 からかわれているのか、本気なのか、判断できなかったからだ。


 でも今は、少し違う。


「作業中なので、静かにお願いします」


 俺が言うと、ダリオは目を丸くした。


 そして、苦笑する。


「お、おう」


 ミラが帳面に目を落としたまま、少しだけ口元を緩めた。


 最初に見るのは、魔力灯だ。


 セシアが使っていた小型の灯り。

 表面は磨かれているが、内側から悪い音がしている。


 ちり。

 ちりり。


 細い金具が浮いている音。

 湿った魔力管が、光を通すたびに少しずつ曇る音。


 俺は布の上に魔力灯を置き、外側の蓋を外した。


 セシアが息を呑む。


「壊れそう?」


「壊れる前です」


 俺は答えた。


「でも、このまま強く光らせれば危なかったと思います」


 レオルの眉が動く。


「どの程度だ」


「迷宮の暗い場所で一気に出力を上げた場合、灯りが消えるだけでなく、魔力が逆流して手元で弾ける可能性がありました」


 ダリオが小さく口笛を吹きかけて、セシアに睨まれた。


「昨日、強く光らせたわ」


 セシアが言う。


「湿泥蜥蜴が出た時です」


「その時、灯りが一瞬細くなりませんでしたか?」


「なった」


「そこで止めて正解です。続けていたら、内側の留め金が外れていたかもしれません」


 セシアの顔が青くなる。


 レオルは黙っていた。


 俺は細い工具で留め金を押さえた。

 浮いている場所は、昨日の診断通りだ。

 ただし、思ったより歪みが進んでいる。


「セシアさん」


「はい」


「この灯り、以前から揺れていましたよね」


 セシアは少しだけ目を伏せた。


「ええ。あなたが追放される前にも、同じことを言っていた」


 その場の空気が静かになる。


 俺は手を止めなかった。


「あの時は、ここまで悪くありませんでした。出発前に調整すれば、すぐ戻せたと思います」


「今は?」


「時間が必要です。湿気を抜かないと、留め金だけ直してもまた曇ります」


 セシアは小さく頷いた。


「分かった。待つわ」


 その声は、以前よりずっと穏やかだった。


 俺は魔力灯を分解し、部品を順番に布の上へ並べた。


 魔力管。

 小さな留め金。

 外殻。

 光を広げる薄い硝子板。

 中心の魔石。


 ミラがそれを記録していく。


「魔力灯、部品順。外殻、硝子板、留め金、魔力管、中心魔石……」


 ポロが窓の外で小さく呟いた。


「部品いっぱい」


「順番を間違えると戻せないんだよ」


 俺が言うと、ポロは真剣に頷いた。


「だからミラ姉が書くんだね」


「そうです」


「僕も覚える」


「まずは名前からですね」


「魔力管!」


「それは合っています」


 ポロは嬉しそうに笑った。


 ダリオがその様子を見て、不思議そうな顔をする。


「子どもにまで教えるのか?」


「危ない作業はさせません。でも、名前を知っているだけで、次に誰かへ伝えられます」


「そんなもんかね」


 ガンツさんが入口の外から低く言った。


「そんなものだ。道具の名を知らん者は、壊れた時に『あれ』としか言えん」


 ダリオは少し気まずそうに黙った。


 次に、保存箱を見た。


 箱を机に置いた瞬間、悪い音がはっきり聞こえた。


 かた。

 かたり。


 蓋の留め金が斜めに噛んでいる。

 内側の魔冷石は、本来の溝から半分ずれていた。


「これ、無理に閉めましたか?」


 俺が聞くと、ダリオが目をそらした。


「まあ、ちょっとな」


「ちょっとではないです」


 俺は留め金を指で押さえた。


 歪みが強い。

 強く押した時に、噛み合わせがさらに悪くなっている。


「蓋を押す時、上から体重をかけましたか?」


「急いでたんだよ」


「それで冷えが逃げました」


「……悪かったよ」


 ダリオは頭をかいた。


 以前なら、そこで笑ってごまかしただろう。

 でも今日は、一応謝った。


 それだけでも少し違った。


 俺は保存箱を開け、中の魔冷石を取り出した。

 石は青く濁っている。


「魔冷石が湿気を吸っています。あと、薬草の匂いが移っています」


「匂い?」


 ダリオが首を傾げる。


「薬草をむき出しで入れましたか?」


「包みがほどけてたかもしれん」


「湿気と薬草の匂いで、魔冷石の冷え方が偏っています。保存箱の中では、薬草、食料、魔冷石を直接触れさせない方がいいです」


 ミラがすぐに書いた。


「保存箱、薬草と魔冷石を直接触れさせない。布で分ける」


 セシアが小さく言う。


「エイル、前にも同じことを言っていたわね」


「言いました」


「ごめんなさい。聞き流していた」


 俺は首を振った。


「今、記録しているので大丈夫です」


 レオルが少し苛立ったように腕を組み直す。


「それで、直せるのか」


「応急修理ならできます。ただし、今日のうちは保存力が弱いので、大事な薬草は入れないでください」


「迷宮に持っていけないということか」


「はい。少なくとも明日は、第三層へ持っていくのはおすすめしません」


 レオルの顔が険しくなる。


「また明日も待てと?」


「保存箱なしで行くなら、薬草が傷む可能性があります。薬草が傷めば、探索中の回復に影響します」


「俺たちは薬草に頼るほど弱くない」


 その言葉に、ハンナさんが外から口を挟んだ。


「強い人ほど、備えを軽く見るのかい?」


 彼女は畑仕事の帰りらしく、手袋を腰に挟んで立っていた。


「うちの麦だって、元気そうに見えても根が弱っていた。見えないところを軽く見れば、後で困るよ」


 レオルは不快そうにしたが、反論はしなかった。


 ハンナさんは保存箱をちらりと見て続ける。


「食べ物や薬を守る箱なら、なおさらだね」


「はい」


 俺は頷いた。


 ダリオは頭をかきながら、小さく言った。


「……まあ、薬草がぬるくなってたのは困った」


 保存箱の応急処置には、ガンツさんが作った小さな金具を使うことになった。

 元の留め金を完全に戻すには時間が足りない。

 今日は噛み合わせを支える仮留め具を入れる。


 ガンツさんがそれを見て、低く言った。


「雑な押し方をすると、また曲がる」


「俺か」


 ダリオが言う。


「お前だ」


「はい」


 素直に返事をしたので、ガンツさんが少しだけ眉を動かした。


 次は、方位石だった。


 丸い石の中に細い針が浮かび、迷宮内で出口の方角を示す魔道具。

 見た目には綺麗だったが、手に取るとすぐに分かった。


 音が重い。


 く。

 くく。


 針の軸が湿気を吸っている。

 さらに、保管袋の内側に魔力石の粉がついていた。


「方位石と魔力石を同じ袋に入れていましたか?」


 俺が聞くと、レオルが答えた。


「荷物を減らすためだ」


「それが原因の一つです。方位石の針が、魔力石の粉を吸って乱れています」


「粉程度で?」


「はい。迷宮内では、その少しの乱れが大きく出ます」


 レオルは黙った。


 セシアが静かに言う。


「昨日、針が何度も揺れたわ」


「第三層は湿気も多いので、余計に乱れます。今の状態だと、同じ場所を回っていても気づけない可能性があります」


 ダリオが顔をしかめる。


「それ、昨日の俺たちじゃないか?」


「可能性はあります」


 空気が重くなる。


 俺は方位石を布の上に置いた。


「これは分解して、針の軸を乾かします。あと、専用の袋が必要です。魔力石や薬草とは分けてください」


 ミラが記録する。


「方位石、専用袋必要。魔力石と同じ袋に入れない」


 ポロが窓の外で手を上げた。


「袋なら、僕作れる?」


「縫い物はできるの?」


「できない!」


「なら、まずハンナさんに聞いてください」


 ハンナさんが笑う。


「布を切るくらいなら教えるよ。針はまだ危ないけどね」


「やる!」


 ポロは嬉しそうだった。


 レオルは、そうしたやり取りを不思議そうに見ていた。


「ただの袋まで作るのか」


 ミラが答える。


「ただの袋ではありません。道具を守るためのものです」


「袋が?」


「はい。方位石を迷宮で正しく使うために必要なら、それは修理の一部だと思います」


 レオルは、すぐに返事をしなかった。


 小さな袋。

 留め金。

 湿気。

 布の分け方。


 彼が今まで軽く見ていたものが、次々に必要なものとして扱われていく。


 それを受け入れきれないのかもしれない。


 最後は、ダリオの槍だった。


 ここからはガンツさんの出番だ。


 ダリオは少し気まずそうに、槍を差し出した。


「ちょっと鳴るだけなんだが」


 ガンツさんは受け取り、穂先の根元を見た。


「ちょっとで済んでいるうちに持ってきたのは、悪くない」


「お、褒められた?」


「まだだ」


 ガンツさんは槍を軽く床に立て、根元の金具を指で叩いた。


 きん。

 ……かた。


 俺にも聞こえた。


 留め具の内側が浮いている。


「雑に扱ったな」


 ガンツさんが言う。


「槍は普通に使ってる」


「普通が雑なんだ」


 ダリオが言葉に詰まる。


 ガンツさんは槍の柄を回し、傷を確認した。


「穂先は悪くない。だが、根元の留め具に泥が入っている。湿った迷宮で使った後、拭かずに袋へ入れただろう」


「……急いでたんだよ」


「道具は、お前の急ぎに合わせて丈夫になるわけじゃない」


 その一言に、ダリオは肩を落とした。


「はい」


 さっきから、ダリオの返事が少しずつ素直になっている。

 ガンツさんの圧が強いせいもあるだろう。

 けれど、自分の槍が本当に危なかったと分かってきたのかもしれない。


 ガンツさんは槍を俺へ少し傾けた。


「エイル、聞け」


「はい」


 俺は穂先の根元へ耳を近づけた。


 かた。

 きし。


 金属の留め具だけではない。

 柄の内側にも小さな空きがある。


「留め具の下、柄との間に隙間があります。強く突いた時、穂先がわずかに遅れて揺れます」


 ガンツさんが頷く。


「俺もそう見た」


「直せるか?」


 ダリオが聞く。


「直せる。ただし、これは今日返せん」


「えっ」


「一度外して、泥を取り、柄の内側を乾かし、留め直す。仮留めで戦いたいなら止めはしないが、槍を失う覚悟で使え」


「……預けます」


 ダリオは素直に言った。


 ガンツさんは槍を作業台の横へ置いた。


「見積もりは後で出す」


「本当に見積もり出るんだな」


「当たり前だ」


 ミラがすぐに書いた。


「槍、鍛冶修理扱い。ガンツさん見積もり」


 こうして、依頼品の診断は一通り終わった。


 机の上には、分解された魔力灯。

 湿気抜き中の魔冷石。

 布に包まれた方位石。

 ガンツさんに預けられた槍。


 その横には、ミラの記録帳がある。


 俺は、改めて《白狼の剣》の三人を見た。


「今日分かったことをまとめます」


 セシアが頷く。


 レオルも黙って聞いている。

 ダリオは少し緊張した顔で立っていた。


「魔力灯は湿気と留め金の浮き。保存箱は蓋の歪みと魔冷石のずれ。方位石は保管袋の問題と針の湿気。槍は留め具と柄の隙間」


 俺は一つずつ言った。


「どれも、突然壊れたものではありません。少しずつ悪くなっていたものです」


 レオルの表情がわずかに動く。


「つまり?」


「探索前に点検していれば、迷宮内で困る前に直せたと思います」


 作業小屋の中が静かになった。


 水車の音だけが、遠くで鳴っている。


 こ、とん。


 セシアが小さく言った。


「あなたが、いつもしていたことね」


「はい」


 俺は頷いた。


「俺がしていたことです。でも、俺だけができることではありません。使った後に拭く。袋を分ける。蓋を無理に押さない。灯りが揺れたら強くしない。そういうことだけでも、不調は減ります」


 ミラが帳面から顔を上げる。


「では、外部依頼用に、迷宮用魔道具の簡単な点検表を作りますか?」


「点検表?」


「はい。出発前、探索後、雨の日、湿気の多い階層用、というように」


 俺は少し驚いた。


「作れると思います」


「では作りましょう」


 セシアがすぐに言った。


「私も写させてもらっていい?」


「もちろんです」


 ミラが頷く。


「外部依頼記録の一部として残します。写しを渡す場合は、写し代も必要ですね」


「払います」


 セシアは迷わず言った。


 レオルが少しだけ顔をしかめたが、何も言わなかった。


 ダリオは低く呟く。


「点検表か……俺、読めるかな」


「読めるように書きます」


 ミラが真面目に答えた。


 ポロが窓の外から口を出す。


「絵も描けばいいんじゃない?」


 ミラが目を瞬かせる。


「絵?」


「保存箱は、薬草と石を離す絵。方位石は、別の袋の絵」


 俺はポロを見た。


「それ、いいかもしれない」


「本当?」


「はい。文字が苦手な人でも分かります」


 ダリオが少し気まずそうに言う。


「……助かる」


 ポロは胸を張った。


「じゃあ僕、絵係?」


「絵係見習いですね」


 ミラが言う。


「やった!」


 作業小屋の中に、小さな笑いが広がった。


 レオルだけは、まだ笑っていなかった。


 彼は分解された魔力灯を見ている。


「エイル」


「はい」


「俺たちは、これほどひどい状態で第三層へ入っていたのか」


「はい」


 俺は正直に答えた。


「ただ、戦闘力で押し切れていたので、大きな事故にならなかっただけです」


 レオルの手が、剣の柄に触れる。


「俺は、道具に頼るなと教えられてきた」


 彼が初めて、自分から理由を話した。


「剣士は自分の腕で道を開け。道具に頼る者は、道具を失った時に死ぬ。そう言われてきた」


 声は低かった。


「だから、細かい整備に時間をかけるのが、弱さに見えた」


 セシアが静かに彼を見る。


 ダリオも黙っている。


 レオルは続けた。


「だが昨日、灯りが消えかけた時、腕だけではどうにもならないと思った」


 俺は、レオルを見た。


 彼の言葉には、まだ謝罪はなかった。

 でも、初めて自分の考えを見直そうとしている音がした。


「道具に頼ることと、道具を整えることは違うと思います」


 俺は言った。


「剣士が剣を磨くのは、弱いからではないですよね」


 レオルは黙った。


 ガンツさんが外から低く言う。


「磨かない剣士は、腕がよくても三流だ」


 レオルはガンツさんを見た。

 反論はしなかった。


 しばらくして、彼は短く言った。


「覚えておく」


 それは、謝罪ではない。

 でも、今までのレオルからすれば大きな変化だった。


 セシアは小さく息を吐いた。


 ダリオは肩を回しながら言う。


「じゃあ、俺も槍を拭くところから覚えるか」


「そこからだな」


 ガンツさんが即答する。


「うへえ」


「嫌なら折れる」


「拭きます」


 また小さな笑いが起きた。


 その時、作業小屋の外から鐘楼の方へ風が抜けた。


 防護鐘が鳴ったわけではない。

 でも、低い余韻が村の中を静かに巡った。


 ごぉん。


 レオルが鐘楼を見上げる。


「本当に鳴ったんだな」


「はい」


 俺は答えた。


「村のみんなで鳴らしました」


「お前一人ではなく?」


「はい」


 レオルは、何かを考えるように黙った。


 その横で、セシアが作業小屋の中を見回す。


「ここは、いい場所ね」


「まだ片づけ中です」


「そうじゃなくて」


 彼女は分解された魔力灯、ミラの帳面、ポロが描き始めた袋の絵、ガンツさんの道具袋を順に見た。


「あなたの仕事を、みんなが見ている場所だから」


 俺は、すぐには返せなかった。


 セシアは続ける。


「私たちは、見ていなかった」


 その言葉は、静かだった。


 責めるためではなく、自分に言うための言葉に聞こえた。


 俺は首を振った。


「今は、見ています」


 セシアは少し驚いたように俺を見て、それから小さく頷いた。


「ええ。今度はちゃんと見るわ」


 ミラが帳面に目を落としながら言った。


「では、外部依頼第一号の診断結果をまとめます」


 彼女は読み上げた。


「一、魔力灯。湿気と留め金の浮き。二日修理。

 二、保存箱。蓋の歪みと魔冷石のずれ。本日応急処置。

 三、方位石。専用袋作成、分解乾燥。

 四、槍。ガンツさんによる金具修理。見積もり後、作業。

 五、迷宮用魔道具の点検表を作成。絵入り」


 ポロが嬉しそうに言う。


「絵入り!」


 ミラは頷いた。


「絵入りです」


 ダリオが苦笑する。


「俺のためみたいだな」


「あなたのためでもあります」


 ミラが真面目に答えたので、ダリオは何も言えなくなった。


 レオルは、深く息を吐いた。


「分かった。二日待つ」


 セシアが顔を上げる。


「レオル」


「第三層は、道具が戻ってからだ」


 その声には、まだ悔しさがあった。

 でも、無理に押し切る響きはなかった。


 俺は頷いた。


「その方がいいと思います」


「ただし」


 レオルは俺を見た。


「二日後、道具が整ったら、もう一度診断しろ」


「外部依頼としてなら」


「分かっている」


 レオルは革袋を取り出し、ミラの前に置いた。


「前金だ」


 ミラは一瞬驚いたが、すぐに帳面を開いた。


「外部依頼前金。受領します。金額を確認しますね」


「そこまでやるのか」


「やります」


 ミラの声はきっぱりしていた。


 レオルは少し困ったような顔をした。

 セシアは笑いをこらえていた。


 ミラが金額を確認し、帳面に記録する。

 その後、俺の作業予定と、リント村の修理予定を照らし合わせる。


 それは、以前の俺には想像もできない光景だった。


 俺の仕事に、順番がある。

 納期がある。

 料金がある。

 記録がある。


 そして、それを守ってくれる人がいる。


 水車が鳴る。


 こ、とん。


 俺は作業机の上の魔力灯を見た。


 まだ直っていない。

 保存箱も、方位石も、槍も。

 リント村の井戸も、水車も、結界石も。


 直すものは増えている。


 でも、不思議と苦しくなかった。


 それぞれに名前があり、依頼があり、記録がある。

 一つずつ向き合えばいい。


 ポロが窓の外から言った。


「兄ちゃん、外からも依頼来たね」


「そうだね」


「忙しくなる?」


「なるかも」


「ごはん忘れない?」


「忘れないようにします」


 ミラがすぐに言う。


「食事時間も作業予定に入れます」


「そこまで?」


「入れます」


 セシアが小さく笑った。


「安心ね」


 俺は少し恥ずかしくなりながら、魔力灯の部品を並べ直した。


 ちり。


 まだ悪い音がする。


 でも、もう消える寸前の音ではない。

 直されるのを待っている音だ。


 俺は布を取り、魔力管の湿気を丁寧に拭き始めた。


 外部依頼第一号。


 それは、俺が《白狼の剣》へ戻るための仕事ではない。


 リント村の音繕いとして、初めて村の外から受けた仕事だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、リント村の作業場で初めて外部依頼を受ける回でした。


魔力灯、保存箱、方位石、槍。

どれも大きく壊れたわけではありません。

けれど、小さな不調を放っておいたことで、迷宮では危険につながる状態になっていました。


エイルの仕事は「壊れてから直す」だけではなく、「壊れる前に気づく」こと。

リント村の記録係になったミラ、鍛冶師ガンツ、そしてポロの絵入り点検表案によって、作業場は少しずつ工房らしくなっていきます。


次回は、魔力灯の修理と、セシアが抱えていた後悔に少し踏み込む回です。


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