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戦えない調律係はいらないと追放されましたが、壊れた魔道具の声が聞こえるので辺境で重宝されています  作者: 空乃 カナタ
第1章:捨てられた少年と鳴らない鐘

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第15話 戻ってこいと言われても

 リント村に、迷宮都市アルバからの馬車が着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 その日、俺は水車小屋の裏にある作業場を開けていた。


 水守の作業小屋。


 ミラのおばあさんが使っていたというその場所は、長く閉ざされていたせいで、最初は湿った木と古い油の匂いがした。

 壁には小さな棚があり、錆びた金具、古い釘、用途の分からない石片、割れた魔力管が残っていた。


 窓は小さい。

 机も古い。

 床板もところどころ鳴る。


 それでも、俺にとっては十分すぎる場所だった。


 机の上には、昨日受け取った鍵を置いている。

 隣には、ミラが写してくれた依頼書の控え。

 それから、水脈石の清掃用に作る長柄道具の図。


 ガンツさんは朝から鍛冶場にこもり、長柄道具の先端に使う金具を作っている。

 ミラは集会所で、防護鐘の朝の手順を村人向けに書き直していた。

 ポロは、作業小屋の扉の前で何度も中を覗き込んでは、ハンナさんに畑へ連れ戻されている。


 そんな、穏やかな昼だった。


 水車が、小さく鳴る。


 こ、とん。


 俺は机の上の石片を指で弾いた。


 こん。


 少し硬い。

 井戸の水脈石には合わない。


 別の石片を取る。


 り。


 こっちの方が近い。

 ただ、少し軽い。


 そんなふうに音を確かめていると、外からポロの声が聞こえた。


「兄ちゃん!」


 いつもより高い声だった。


 俺は作業小屋の扉を開ける。


 ポロが水車小屋の前で、村の入口の方を指さしていた。


「来た! 馬車!」


 胸の奥が、一瞬だけ冷えた。


 来たのだ。


 《白狼の剣》が。


 俺は工具袋を腰につけ、机の上の鍵を手に取った。

 作業場の鍵は、手のひらで小さく鳴った。


 りん。


 その音を聞いて、息を整える。


 大丈夫。


 俺は今、リント村の正式依頼を受けている。

 逃げる必要はない。

 でも、戻る必要もない。


 村の入口へ向かうと、すでに何人かの村人が集まっていた。


 馬車から降りてきた三人は、見慣れた姿だった。


 銀の胸当てをつけた剣士、レオル。

 大きな槍を背負ったダリオ。

 青い外套を羽織った魔法使い、セシア。


 彼らは、リント村を見回していた。


 レオルは少し眉をひそめている。

 ダリオは、思ったより人がいることに驚いたような顔をしている。

 セシアだけは、村の中央にある防護鐘を見上げていた。


 彼女の表情には、驚きと、納得が混じっているように見えた。


「エイル」


 レオルが俺を見つけて、すぐに名前を呼んだ。


 その声は、以前と同じだった。

 命令の前に呼ぶ声。

 俺が返事をするのが当然だと思っている声。


 体が、少しだけ強張った。


 けれど、隣にミラが来た。


 彼女は帳面を抱え、静かに俺の横に立つ。

 少し遅れて、ガンツさんも鍛冶場の方から歩いてきた。

 ハンナさんとポロも、村人たちの後ろにいる。


 一人ではない。


 そう思うだけで、足が地面についた。


「お久しぶりです」


 俺は言った。


 レオルはわずかに目を細めた。


「ずいぶん落ち着いているな」


「はい」


「探したぞ」


 探した。


 その言葉に、胸の奥が少しだけざらついた。


 俺がどこへ行ったか、今さら探した。

 必要になったから。


 レオルは周囲を軽く見てから言った。


「話がある。戻ってこい」


 あまりにも当然のような言い方だった。


 ミラの指が、帳面の表紙を少し強く押さえたのが分かった。

 ガンツさんの眉も動く。


 俺は、すぐには答えなかった。


 レオルは続ける。


「第三層で道具に不調が出た。魔力灯、方位石、保存箱。細かい整備が必要だ。お前の仕事が、少しは役に立っていたことは認める」


 少しは。


 その言葉は、昔なら胸に刺さったかもしれない。


 でも今は、違う音に聞こえた。


 まだ、分かっていない音だ。


「報酬は前より出す」


 レオルは小さな革袋を取り出した。


 中で銀貨が鳴る。


「荷物持ちだけではなく、整備係として扱う。これなら不満はないだろう」


 ダリオが横から言う。


「よかったな、エイル。勇者候補パーティに戻れるんだぞ。こんな辺境より、ずっといいだろ」


 ポロが後ろで小さく息を呑んだ。


 ハンナさんの目が鋭くなる。

 ガンツさんは腕を組んだまま、黙っている。


 ミラは一歩前へ出ようとした。

 けれど、俺は小さく首を振った。


 まず、自分で答えたい。


「戻りません」


 俺は言った。


 レオルの表情が固まる。


「何?」


「俺は、《白狼の剣》には戻りません」


 言葉にした瞬間、自分の中で何かが静かに整った。


 怖くなかった。

 いや、少しは怖い。

 けれど、声は震えなかった。


 ダリオが信じられないという顔をする。


「おいおい、冗談だろ。お前、分かってるのか? 勇者候補パーティだぞ。こっちは王都の騎士団にだって近いんだ」


「分かっています」


「じゃあ、なんで」


「リント村の正式依頼を受けているからです」


 俺は腰の工具袋から、依頼書の控えを取り出した。


 ミラが昨日、作業用に写してくれたものだ。


 紙には、俺の名前が書かれている。


『音繕い エイル・ノート』


「井戸、水車、水路、結界石、防護鐘の点検と修理。それから作業記録の作成。俺は、リント村から正式に依頼を受けています」


 レオルは紙を一瞥した。


「そんな辺境の雑務依頼と、勇者候補パーティの仕事を比べるのか」


 辺境の雑務。


 その言葉に、村人たちの空気が変わった。


 ミラが静かに口を開く。


「辺境の雑務ではありません」


 レオルが彼女を見る。


 ミラは怯まなかった。


「リント村の井戸は、村人の水を支えています。水車は、麦を粉にするためのものです。結界石は畑と家々を守ります。防護鐘は森の魔物を遠ざけます」


 彼女の声は、よく通った。


「エイルさんは、それらを直し、記録し、村が自分たちで守れるようにする仕事を受けてくれました。これは、リント村にとって正式で大切な依頼です」


 レオルは少しだけ目を細めた。


「君は?」


「村長代理のミラ・リントです」


「村長代理か」


 レオルの声には、少し見下す響きがあった。


「なら分かるだろう。彼は元々、俺たちのパーティにいた。こちらには迷宮攻略の予定がある。返してもらいたい」


 返す。


 その言葉に、ガンツさんが低く笑った。


「物みたいに言うな」


 レオルがガンツさんを見る。


「あなたは?」


「鍛冶師だ」


「これはパーティの問題です」


「なら、まず本人に頼め。命令ではなくな」


 ガンツさんの声は、静かだが重かった。


「正式に依頼を受けた職人を、前に使っていたから返せとは、ずいぶんな言い草だ」


 ダリオが少し苛立ったように前へ出る。


「おい、じいさん。俺たちは別に喧嘩しに来たわけじゃない。必要だから呼びに来ただけだ」


「必要になってから、か」


 ガンツさんの目が細くなる。


「壊れる前に必要だと分からん道具持ちは、よく道具を壊す」


「何だと?」


「ダリオ」


 セシアが止めた。


 彼女はずっと黙っていた。

 けれど、目は俺を見ていた。


「エイル」


 セシアが静かに言う。


「第三層で、魔力灯が消えかけたわ。保存箱も、方位石もおかしくなった。あなたがいつも見ていた不調を、私たちは見落としていた」


 レオルがわずかに顔をしかめる。


 だが、セシアは続けた。


「あなたがいなくなって、初めて分かったの。あれは雑用ではなかった。探索を支える仕事だった」


 セシアは一歩前に出た。


「私は、謝りたい」


 その言葉に、レオルとダリオが彼女を見た。


 俺も、少し驚いた。


 セシアは、深く頭を下げた。


「あなたの整備を、当然のように受け取っていた。止まった方がいいという警告も、面倒なものとして扱っていた。本当に、ごめんなさい」


 村の入口に、静けさが落ちた。


 風が通る。

 遠くで水車が小さく鳴る。


 こ、とん。


 俺は、セシアの頭を下げた姿を見ていた。


 胸の奥にあった硬いものが、少しだけ動く。


 セシアは、あの時も迷っていた。

 俺の魔力灯への警告を、完全には笑わなかった。

 けれど、止めてもくれなかった。


 そのことを、彼女自身も分かっているのだろう。


「謝ってくれて、ありがとうございます」


 俺は言った。


 セシアは顔を上げる。


 その表情には、安堵ではなく、痛みが残っていた。


「でも、戻ることはできません」


「ええ」


 セシアは小さく頷いた。


「そう言うと思った」


 レオルが口を挟んだ。


「待て。セシアが謝っただろう。報酬も出すと言った。まだ何が不満なんだ」


 不満。


 その言葉で、分かった。


 レオルは、俺が怒っているから戻らないと思っている。

 条件が足りないから断っていると思っている。


 そうではない。


「不満だから戻らないんじゃありません」


「では何だ」


「ここに仕事があるからです」


 俺は作業場の鍵を取り出した。


 手のひらの上で、小さな鍵が光る。


「リント村は、俺に作業場を用意してくれました。報酬も、食事も、住む場所も、作業内容も決めてくれました。俺が聞いた音を、ミラさんが記録してくれます。ガンツさんは道具を作ってくれます。ハンナさんは畑の状態を教えてくれます。村の人たちも、次に壊れる前に気づこうとしてくれています」


 言いながら、一つずつ確かめる。


 俺がここに残る理由。


 それは、怒りではない。

 仕返しでもない。

 ただ、ここに必要な仕事があるからだ。


「俺は、ここで音繕いとして依頼を受けました」


 レオルは鍵を見た。


「そんな鍵一つで」


「鍵一つではありません」


 ポロが我慢できなくなったように言った。


「兄ちゃんの場所だよ!」


 ダリオが眉を上げる。


「子どもは黙ってろ」


「黙らない!」


 ポロはミラの後ろから一歩出た。


「兄ちゃんは井戸を直した! 水車も動かした! 畑も守った! 鐘も鳴らした! まだ水車はちゃんと直ってないし、北の石も見てないし、僕、まだ大きいパン食べてない!」


「ポロ」


 ミラが止めようとする。


 でも、ポロは真剣だった。


「だから、兄ちゃんは行っちゃだめ!」


 その言い方に、胸が熱くなる。


 行っちゃだめ。


 子どものわがままのようで、でも、ちゃんと仕事の理由が並んでいた。


 井戸。

 水車。

 畑。

 鐘。

 パン。


 この村の暮らしが、その中に全部入っていた。


 俺はポロに言った。


「行かないよ」


 ポロの顔がぱっと明るくなる。


 レオルの顔は険しくなった。


「エイル。冷静に考えろ。お前の能力は、迷宮攻略でこそ価値がある。ここで井戸や水車を触って終わるようなものじゃない」


「終わりません」


「何?」


「井戸も、水車も、結界石も、防護鐘も、終わりではありません。ここから維持しないといけない。記録を残して、村の人が分かるようにして、次に壊れる前に気づけるようにする。それが俺の仕事です」


 レオルは理解できないという顔をした。


「そんな地味なことを」


「その地味なことを、俺はやります」


 今度は、はっきり言えた。


 迷宮の奥へ進むことだけが価値ではない。

 勇者候補のパーティにいることだけが上ではない。


 水が出ること。

 畑が守られること。

 朝に鐘が鳴ること。

 パンが焼けること。


 それを支える仕事が、ここにある。


 セシアは、静かに村を見回していた。


 井戸。

 鐘楼。

 水車の方へ続く道。

 村人たち。


「リント村の防護鐘は、本当にあなたが?」


 彼女が聞いた。


「俺だけではありません。村のみんなで鳴らしました」


「そう」


 セシアは、ほんの少しだけ笑った。


「あなたらしい答えね」


 レオルが苛立ったように言う。


「セシア、納得するな」


「納得はしていないわ。ただ、分かっただけ」


「何が」


「彼は、もう私たちの荷物持ちではないということ」


 その言葉に、ダリオが気まずそうに目をそらした。


 レオルだけが、まだ納得していない。


「なら、依頼として頼む」


 レオルは声を低くした。


「魔力灯、保存箱、方位石を見ろ。報酬は払う」


 俺は少し考えた。


 ミラがこちらを見る。

 ガンツさんも何も言わない。

 判断を任せてくれている。


 俺はレオルの腰の道具袋を見た。


 そこから、嫌な音がしていた。


 ちり。

 ちり。


 魔力灯だ。


 たぶん、今朝も揺れている。

 このまま使えば、また迷宮で消える。


「正式な依頼としてなら、受けられます」


 俺は言った。


 レオルの表情が少し緩む。


「なら」


「ただし、順番があります」


 俺は続けた。


「俺は今、リント村の依頼を受けています。村の井戸と水車と結界石が優先です。あなたたちの魔道具を見るとしても、空いた時間に、有償の修理依頼としてです」


 レオルの顔が、再び険しくなった。


「俺たちを待たせるのか」


「はい」


 声は静かに出た。


「依頼の順番です」


 ガンツさんが、低く笑った。


「職人の返事だな」


 ミラも静かに頷く。


「リント村としても、エイルさんの作業予定は管理しています。外部依頼を受ける場合は、村の修理計画に支障がない範囲でお願いします」


 外部依頼。


 その言葉に、レオルの眉が動いた。


 彼にとって、自分たちが外側に置かれるのは想定外だったのだろう。


 ダリオが小声で言う。


「なあ、レオル。とりあえず灯りだけでも見てもらえばいいんじゃないか」


「黙れ」


「でもよ」


 セシアが一歩前に出て、魔力灯を外した。


「エイル。これを見てもらえる?」


 彼女は両手で差し出した。


 以前のように、当然のように投げ渡すのではない。

 壊れ物を扱うように、丁寧に。


「依頼としてお願いします。報酬も払います。順番も待ちます」


 俺はミラを見た。


 ミラは帳面を開いた。


「外部修理依頼、一件。内容は魔力灯の診断。リント村の本日の作業に支障がなければ、確認可能です」


 本当に記録するらしい。


 少し笑いそうになった。


「診断だけなら、今できます」


 俺はセシアから魔力灯を受け取った。


 手にした瞬間、音がはっきり聞こえる。


 ちり。

 ちりり。


 やはり、留め金が浮いている。

 魔力管の内側に湿気も入っている。

 第1話で、俺が警告した時より悪化していた。


「内側の留め金が浮いています。魔力管に湿気もあります。強く光らせると、消えるだけでなく、魔力が逆流する可能性があります」


 セシアの顔が青くなる。


「やっぱり……」


「昨日、迷宮で強く光らせましたか?」


「ええ。湿泥蜥蜴が出て」


「危なかったと思います」


 ダリオが口を開く。


「そんなにまずいのか?」


「はい」


 俺は魔力灯を布で包んだ。


「これは、分解して乾かして、留め金を調整しないと使わない方がいいです」


 レオルは黙っている。


 セシアは深く息を吐いた。


「ありがとう」


「診断料は、村の外部依頼記録に」


「払うわ」


 彼女はすぐに頷いた。


 レオルが低く言った。


「そんなものまで金を取るのか」


 その場の空気が、一気に冷えた。


 俺が何か言う前に、ガンツさんが前に出た。


「今、命に関わる不調を見た」


 声は低かった。


「それを『そんなもの』と言うなら、お前は道具を持つな」


 レオルの目が鋭くなる。


「何だと」


「剣も同じだ。刃こぼれを見てもらって、そんなものと言う剣士はいない。魔力灯も保存箱も方位石も、迷宮で命をつなぐ道具だ。それを整える仕事を軽んじるなら、迷宮に入る資格がない」


 レオルは言い返せなかった。


 ガンツさんの言葉は、怒鳴り声ではない。

 けれど、一つ一つが重かった。


 セシアが静かに言う。


「レオル。払うべきよ」


「セシア」


「私たちは、今まで払ってこなかったの。お金だけじゃなく、感謝も、確認する時間も」


 ダリオは頭をかいた。


「……まあ、今のはレオルが悪い」


「ダリオ」


「いや、だってよ。昨日の迷宮で消えてたら、俺たち困ってたぞ」


 レオルの表情は硬いままだった。


 しかし、彼は革袋から銀貨を一枚出し、俺へ差し出した。


「診断料だ」


 受け取るべきか、迷った。


 するとミラが横から言った。


「外部依頼料として、村の記録に残します。エイルさん個人への支払いですが、作業場を使用する場合は村の規定も決めておきましょう」


「村の規定?」


 俺が聞くと、ミラは真面目に頷いた。


「外部依頼が増えるかもしれませんから」


「増えますかね」


「防護鐘が鳴った村に、音繕いの職人がいると知られれば、増えると思います」


 考えてもいなかった。


 リント村の依頼だけでなく、外から修理を頼まれる可能性。

 俺の仕事が、村の収入にもつながるかもしれない。


 そのことに、少し驚いた。


 セシアが魔力灯を見つめる。


「修理は、お願いできますか?」


「できます。ただ、今日中に完全に直すのは難しいです。乾燥に時間が必要なので」


「待ちます」


 セシアはすぐに言った。


 レオルが口を開く。


「俺たちは明日には第三層へ戻る」


「この魔力灯は、明日には間に合いません」


 俺ははっきり言った。


「予備も全部見た方がいいです。保存箱と方位石も。最低でも二日は欲しいです」


「二日も待てるか」


「なら、第三層へ入らない方がいいです」


 レオルの表情が変わる。


「お前が、それを決めるのか」


「決めるのはレオルさんです」


 俺は魔力灯を机に置くように、手の中で安定させた。


「俺は、聞こえた不調を伝えるだけです。進むかどうかを決めるのは、使う人です。でも、危険は危険だと言います」


 昔なら、ここで黙ったかもしれない。

 怒られるのが嫌で。

 面倒だと言われるのが嫌で。


 でも今は、言える。


「この灯りを直さずに第三層へ入るのは危険です」


 レオルは、しばらく俺を見ていた。


 それから、銀貨を俺の手に置いた。


「……明日の朝までに、できるだけ見ろ」


「できる範囲で見ます。ただし、リント村の作業が終わった後です」


「まだ言うか」


「はい」


 レオルは苛立ちを飲み込むように息を吐いた。


「分かった」


 その一言に、セシアが少しだけ安堵した顔をした。


 ダリオも肩の力を抜く。


「じゃあ、俺の槍の留め具も見てもらえるか? 昨日からちょっと鳴るんだよ」


 ガンツさんが睨む。


「武器は鍛冶師の領分だ」


「あ、じゃあ、お願いします」


「後で持ってこい。見積もりを出す」


「見積もり……」


 ダリオが困った顔をする。


 ポロが後ろで小さく笑った。


 村の空気が、少しだけ緩む。


 けれど、レオルだけはまだ硬いままだった。


 彼はリント村を見回した。


 井戸。

 鐘楼。

 水車へ続く道。

 村人たち。

 そして俺。


 何かを測るような目だった。


「エイル」


「はい」


「お前は、本当に戻らないんだな」


「はい」


「勇者候補パーティより、この村を選ぶのか」


 俺は少し考えた。


 選ぶ。


 たしかに、選ぶのだと思う。


 以前の俺は、選べなかった。

 必要とされるならどこでもよかった。

 追い出されないように、怒られないように、黙って仕事をしていた。


 でも今は違う。


 俺は、ここで聞きたい音がある。


「はい」


 俺は答えた。


「俺は、リント村の依頼を選びます」


 鐘楼の方から、風が吹いた。


 防護鐘が鳴ったわけではない。

 けれど、かすかに低い余韻が広場を通った。


 ごぉん。


 それは、俺の答えを静かに支えてくれるような音だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、《白狼の剣》との再会回でした。


レオルはまだ、エイルを「必要だから戻すべき人材」として見ています。

一方で、セシアはエイルの仕事が雑用ではなかったことに気づき、初めて謝罪しました。


エイルは怒りではなく、リント村の正式依頼を受けた職人として「戻らない」と答えます。


次回は、外部依頼として《白狼の剣》の魔道具を診断する回へ。

エイルの仕事が、村の外にも少しずつ知られ始めます。


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