EP 7
決裂の時
「時間だ。さっさと馬に乗れ、ダイヤ」
容赦のないギデオンの声が、朝靄の野営地に響き渡った。
彼は嫌がるダイヤの腕を強引に掴み、ルナミス軍の軍馬の方へと引きずっていく。
「嫌……っ、離して……!」
ダイヤは悲痛な声を上げ、ブーツの踵を土に食い込ませて抵抗した。
以前の彼女なら、恐怖とトラウマで声を上げることもできなかっただろう。だが今の彼女の心には、『そのままの君でいい』と全肯定してくれた銀河の存在がある。
だからこそ、この呪縛のような男のもとへ戻るわけにはいかなかった。
「……あ?」
ギデオンが、不快そうに足を止めた。
彼にとって、自らの『剣(道具)』が反抗するなど、あってはならないことだった。
「この俺に逆らう気か、ダイヤ。たかが数ヶ月、泥水を啜る野良犬生活をしただけで、自分の立場を忘れたようだな」
「違う……私は、あなたの道具じゃないっ! 私は……っ」
「口答えするなッ!!」
――バァァンッ!!
乾いた音が響いた。
ギデオンの裏拳がダイヤの頬を容赦なく打ち据え、彼女の細い体はたまらず地面に投げ出された。
「ああっ……!」
「俺が白と言えば白、殺せと言えば殺すのがお前の役目だ。……いい加減、目を覚まさせてやらねばならんようだな」
ギデオンが腰の軍刀に手をかけ、冷酷な目で倒れたダイヤを見下ろした。
――その瞬間。
「や、やめてくださいっ!!」
血に染まったシャツを押さえながら、銀河がダイヤを庇うように立ち塞がった。
ガタガタと情けなく膝を震わせ、大粒の涙をポロポロとこぼしながら、ギデオンを睨みつける。
「彼女をいじめないで……っ! ダイヤさんは、君の物なんかじゃない! 感情のある、一人の女の子なんだっ!」
「また貴様か。……どこまでも目障りなゴミ虫だ」
ギデオンは心底汚い物を見るような目で、銀河を見下ろした。
「銀河君、逃げて……っ。お願い、私のせいで君が殺されてしまう……!」
ダイヤが泣き叫び、銀河の足にすがりつく。
だが、銀河は首を横に振り、か細い声で、けれどハッキリとギデオンに向かって言い放った。
「僕の命はどうなってもいい……! だから、彼女を自由にしてください! ダイヤさんを傷つけるなら、僕が相手になります!」
ボロボロの体で、圧倒的な強者を前にして、愛する女を守るために立ち向かう哀れな青年。
そのあまりにも悲劇的で健気な姿に、ダイヤの胸は張り裂けそうだった。
(ああ、銀河君……っ。私なんかのために、命をかけて……っ。もう嫌だ、彼を失うくらいなら、私は……!)
ダイヤが絶望に打ちひしがれる中。
ギデオンは腹を抱え、狂ったように高笑いを始めた。
「クハハハハッ!! 傑作だな。底辺のゴミ虫同士で、愛の逃避行のつもりか? ああ!?」
ギデオンの笑い声がピタリと止み、その顔に凄惨な殺意が浮かび上がった。
「いいだろう。ダイヤ、お前がその虫ケラに情を移しているなら……お前の目の前で、そいつの脳漿をぶち撒けてやろう。そうすれば、お前も二度と逆らう気は起きまい」
ギデオンは一歩後ろへ下がり、周囲を取り囲む私兵たちへ向けて、傲慢に右手を振り上げた。
「おい、お前ら。構えろ」
チャキ、と軍用ライフルの安全装置が外れる音が響く。
銃口が、一斉に銀河へと向けられた。
「や、やめてぇぇぇッ!!」
ダイヤが絶叫し、銀河に覆い被さろうとする。
銀河はダイヤを抱きしめ、怯えたようにギュッと目を瞑った。
「撃て」
ギデオンの無慈悲な処刑命令が下された。
――だが。
目を瞑り、ダイヤの腕の中で震える銀河の唇は。
誰にも見えない死角で、歓喜に歪み、三日月のようにつり上がっていた。
(……さあ、ギデオン。君が振った指揮棒で、絶望のオーケストラを開幕しようか)




