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EP 3

善意の放火魔

昼間の『マナ・キャベツ市場崩壊事件』と『巨大ゴーレム道路陥没事件』の後始末に追われ、ポポロ村の太陽はすでに沈んでいた。

ボコボコになった広場の片隅のベンチで、銀河は魂が半分抜けかけた顔で夜空の星を見上げていた。

(……おかしい。僕が学んだ『影響力の武器』にも『愛するということ』にも、「相手が善意で村を更地にしようとしてきた場合の対処法」なんて、一行も書かれていなかったぞ……)

だが、愛の破壊者としての矜持が、彼に白旗を上げることを許さなかった。

ダイヤやキャルル、リーザを屈服させてきた僕だ。こんな天然エルフ一人に、僕の完璧な心理学が通じないはずがない。

(言葉や同情がダメなら、もっと原始的なアプローチだ。……『物理的なスキンシップ』による、ロマンチックな依存の誘発)

夜風が、ヒュオォッと冷たく吹き抜けた。

銀河は、隣で優雅に星を眺めているルナの肩に、そっと自分の肩を寄せた。

「……ルナさん。少し、肌寒いね」

銀河は、上目遣いでルナを見つめ、微かに震えてみせた。

頼る者のいない、孤独で可哀想な少年。彼が寒さに震えているのを見れば、どんな女性でも「私が温めてあげますわ」と抱きしめたくなるはずだ。そこから生まれる体温の共有こそが、共依存の第一歩となる。

(さあ、僕を抱きしめてごらん。君のその胸の奥底にある、母性という名の沼に――)

「まぁっ! 肌寒い!? それはいけませんわ!!」

ルナの長い耳が、危険を察知したレーダーのようにピクリと動いた。

彼女は銀河を抱きしめる……ことはせず、ガバッと立ち上がり、世界樹の杖を夜空に向かって高々と突き上げた。

「心優しき銀河様に、風邪など引かせるわけにはいきません! すぐに暖かくして差し上げますわ! ……出番ですわよ、火炎龍フレイム・ドレイク!!」

「…………はい?」

ルナの杖の先端から、極大の魔法陣が展開された。

次の瞬間、轟音と共に魔法陣から飛び出したのは、文字通り燃え盛る炎で構成された『巨大な龍』だった。

火炎龍は、ポポロ村のすぐ隣に広がる鬱蒼とした森に向かって一直線に飛翔し、ドォォォォォンッ!! と凄まじい爆発を起こした。

「ギャァァァァァッ!!?」

森に住んでいた野鳥や魔獣たちが、悲鳴を上げて一斉に飛び立っていく。

乾燥した冬の森の木々に炎が燃え移り、あっという間に夜空を焦がす大火柱が立ち上がった。

「うふふふっ! 見てください銀河様! キャンプファイヤーみたいで、とっても暖かくなりましたわね♡」

ルナは、燃え盛る森を背景に、両手を合わせて満面の笑みを浮かべていた。

「暖かく……いや、熱いよ! ていうか、アレただの『大山火事』じゃん!!」

銀河は、これまでの人生で出したことがないほどの大声でツッコミを入れた。

村人たちが寝間着姿で飛び出してきて、「火事だァァァ!」「今度は森が燃えてるぞォォォ!」「誰か水を持ってこい!!」とパニックに陥っている。

(ふざけるな! この村は僕の大切な『おもちゃ箱』なんだぞ! 僕の依存対象ダイヤも、財布リーザも、用心棒キャルルもいるんだ! こんなところで燃やされてたまるか!!)

サイコパスの冷静な計算など、完全に消し飛んだ。

銀河はベンチから飛び起きると、虚空に手を突っ込み【無限収納】を全開にした。

「シールド最大出力! 延焼を防げ!」

銀河が指を弾くと、【自動展開シールド】が森と村の境界線に巨大な光の壁となって出現し、炎の熱波をギリギリで遮断する。

さらに彼は【ネット通販】のインターフェースを猛スピードで操作し、現代地球から『業務用大型消火器』と『消防用ホース』を大量に購入(チートの無駄遣い)して無限収納から引きずり出した。

「消えろ! 消えろぉぉぉっ!!」

プシュゥゥゥゥッ!!

バシャァァァァッ!!

神に愛された美少年が。

S級魔獣をワンパンで塵にする愛の破壊者が。

高級シルクの服をススと泥と消火剤で真っ白に汚しながら、必死の形相でホースを抱えて消火活動に走り回る。

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

数十分後。

なんとか火を消し止め、顔中を真っ黒なススだらけにした銀河は、黒焦げになった森の入り口で、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。

HPもMPも、そして精神力(SAN値)も、完全にゼロだった。

「まぁ! 銀河様ったら、お顔が真っ黒ですわよ?」

そこへ、ルナが日傘を差しながら、まったく悪びれる様子もなく近づいてきた。

彼女の純白のドレスには、スス一つ付いていない。

「お顔を拭かなくては。……銀河様は、本当にドジで手のかかる方ですわね。うふふっ」

ルナが、純白のハンカチで銀河の顔のススを優しく拭き取ってくれる。

「…………」

銀河は、虚無の目をしたまま、なすがままに顔を拭かれていた。

ドジで手がかかる? 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ。

(……ダメだ。完全にペースを握られてる。僕が何をしても、このエルフの規格外の善意バグの前では、すべてが裏目に出る)

サイコパス・星月銀河の心の中に、初めて「恐怖」に似た感情が芽生え始めていた。

しかし、天然エルフ・ルナの『善意のテロリズム』は、まだ終わらない。

次回、彼女の純粋すぎる善意は、ついにファンタジーの枠を飛び越え、現代倫理コンプライアンスのタブーへと踏み込むのだった。

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