EP 2
道路陥没と、3日限りの偽金
農家のおじさんたちがマナ・キャベツの山を前に絶望の涙を流す中、銀河は広場の隅へルナを誘導し、冷や汗を拭っていた。
(……誤算だった。まさか『食べ物』というワード一つで、村の市場経済が崩壊するとは思わなかった)
銀河は、深呼吸をして気を取り直した。
相手は規格外の魔法使いだが、その本質は「純粋でお人好しな箱入り娘」。ならば、アプローチの方向性を変えればいい。
(金だ。圧倒的な『貧困』をアピールして、彼女の母性を刺激するんだ)
「……ルナさん。さっきはありがとう。でもね、僕の悩みはそれだけじゃないんだ」
銀河は、足元に視線を落とし、両手で自分の腕を抱きしめるようにして震えてみせた。
完璧な『親に捨てられ、社会から見放された哀れな少年』の顔。
「僕、実はお金がなくて……。今日泊まる宿の代金も、明日生きていくためのお金も、一リルも持ってないんだ。……こんな惨めな僕じゃ、ルナさんに釣り合わないよね……」
(さあ、どうだ。これで彼女は「私が面倒を見てあげますわ」と、僕を保護対象として認識し、依存のサイクルが始まる――)
「まぁっ! それは一大事ですわ!」
ルナのウサギのように長い耳が、ピンと立ち上がった。
彼女はふんわりと微笑むと、しゃがみ込み、道端に転がっていた『握り拳大の石ころ』を拾い上げた。
「お金に困っているのなら、私がすぐに解決して差し上げますわ!」
ルナが世界樹の杖で石ころを軽く叩く。
ピロロロリンッ! という軽快な魔法の音と共に、ただの石ころが眩い光を放ち――次の瞬間、極上の輝きを放つ純度100%の『巨大な金塊』へと変貌したのだ。
「はい、銀河様! これで美味しいものを食べて、暖かいお部屋に泊まってくださいな!」
「えっ……」
銀河は、手渡されたずっしりと重い金塊を見て、目を丸くした。
石を純金に変える錬金術。ファンタジー世界とはいえ、そんなデタラメな魔法が実在するとは。
「すごい……ルナさん。こんな魔法が使えるなんて」
「うふふっ、大したことはありませんわ。ただ、この魔法には少しだけ欠点がありまして」
ルナは、てへっ、と愛らしく舌を出した。
「三日経つと、魔法が解けてただの石ころに戻ってしまうんですの。ですから、三日以内に急いでお買い物をして使ってしまってくださいね♡」
「…………はい?」
銀河の思考が、ピタリと停止した。
数秒遅れて、彼の脳内に現代地球の法律に基づく『超特大のコンプライアンス・アラート』が鳴り響いた。
(いやいやいやいや!! それ、ただの『偽金』じゃん!!)
三日で石に戻る金塊で買い物をしろ?
そんなものを市場に流通させたら、後日、石に戻った金塊を見た商人から通報され、僕はルナミス帝国警察に『国家反逆レベルの通貨偽造罪』で指名手配されることになる。
「ル、ルナさん……あのね、こういうのを人に渡して買い物をさせちゃダメなんだよ……っ。これは犯罪――」
慌てて金塊を突き返そうと後ずさった瞬間。
生来のドジが発動し、銀河の足が別の石ころに引っかかった。
「あっ」
見事にバランスを崩し、銀河はスッテンコロリンと派手に尻餅をついた。
泥水が跳ね、彼が着ていた高級ブランドのジャージが汚れてしまう。
「まぁぁぁッ!! 銀河様が転んで泥が!!」
ルナが、悲鳴のような声を上げた。
「大丈夫だよ、ルナさん。ちょっと転んだだけだから――」
「いいえ、大丈夫ではありませんわ! この村の道路は、石ころだらけで危険で汚すぎます!! 心優しき銀河様が怪我をしてしまうなんて、絶対に許せませんわ!」
ルナの瞳に、謎の使命感がメラメラと燃え上がった。
「お掃除しなくては! 銀河様が安心して歩けるように、道端のゴミや石ころをすべて片付けますわ! 出番ですわよ、ロック・ゴーレム!!」
ルナが世界樹の杖を地面に突き立てる。
ドゴォォォォォンッ!!!
地響きと共に、広場の横の地面が隆起し、体長十メートルを超える巨大な岩の巨人が立ち上がった。
村の建物の屋根よりも高い、完全な『攻城兵器(兵器クラスの魔物)』である。
『オソウジ……シマス』
ゴーレムが、重低音の声で応え、道端に落ちていた小石を拾おうと、その巨大な丸太のような指を地面に突き立てた。
メシャァァァァッ!!
小石を拾うどころではない。
ゴーレムの圧倒的なパワーと重量によって、ポポロ村の丁寧に舗装された石畳が、指ごと根こそぎえぐり取られた。
さらにゴーレムが一歩踏み出すたびに、ズドンッ! ズドンッ! と地面が陥没し、水道管(魔導パイプ)が破裂して水柱が吹き上がる。
「ぎゃあああ! 村のメインストリートがぁぁぁ!!」
「逃げろォォォ! 村が更地にされるぞォォォ!!」
今度は農家だけでなく、村の商人や住人たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う。
「うふふっ、これで道が綺麗になりますわね、銀河様!」
ルナは、陥没していく道路と吹き上がる水柱を背景に、実に清々しい、聖母のような笑顔で微笑んでいた。
「…………」
その横で。
銀河は、三日で石に戻る偽の金塊を抱えたまま、クレーターのようにボコボコに陥没していく村の道路を、ただ虚ろな目で見つめていた。
(……勝てない。僕のどんな悪意ある計算も、このエルフの『底抜けの善意』の前には、ただのちっぽけな砂粒でしかないんだ)
愛の破壊者・星月銀河。
彼は今、自らのサイコパスとしてのアイデンティティが、圧倒的な天然の狂気によって、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。




