EP 9
銀河より高い愛
フェスの熱狂が去った後の、深夜のポポロ村広場。
そこには、二つの全く異なる『結果』が転がっていた。
「……う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だぁぁッ!!」
一つは、膝から崩れ落ち、白目を剥いて泡を吹く悪徳商人、ボルスの姿。
彼の足元には、たった今、ルナミス帝国の公証人によって突きつけられた『ガルダ商会・破産宣告書』が転がっている。
フェスの大失敗と、それに伴う投資家たちからの猛烈な資金回収。さらに、ジェム・ガールズのスキャンダルによる違約金と損害賠償。
銀河が裏で仕掛けた情報のリークと相まって、巨大ギルドだったガルダ商会は、たった数時間で完全に債務超過に陥り、崩壊したのだ。
「百億リルはお返ししますよ、元・幹部殿。……ただし、この村の土地ではなく、彼女が稼いだ『現金』でね」
村長であるキャルルが、ボルスの顔に「借用書の破棄」を証明する書類をピシャリと叩きつけた。
ボルスはそのまま、帝国の借金取りたちに両脇を抱えられ、夜の闇の中へと引きずられていった。
ポポロ村の平和は、完全な形で守られたのである。
◆ ◆ ◆
そして、もう一つの結果。
ステージ裏に設営された、特設の巨大な楽屋コンテナの中。
「あははははっ! お金! お金ですぅぅ!! 硬貨が擦れ合う音が、世界で一番美しい子守唄ですぅぅッ!!」
そこには、ステージから回収された金貨と宝石の山(推定・数百億リル)の頂上で、金貨のシャワーを浴びながら恍惚の表情を浮かべるリーザの姿があった。
「お疲れ様、リーザちゃん。最高のステージだったよ」
楽屋のドアを開け、銀河が静かに入ってくる。
その姿を見た瞬間、リーザは金貨の山からダイブし、黄金のドレスを翻して銀河の胸に勢いよく飛び込んだ。
「ダーリンッ!! やりました! やりましたよ私!! これでA5ランク和牛が一生食べ放題! ルナキンもタローマートも、お店ごと買い取れちゃいます!!」
「ははっ、そうだね。君の完全勝利だ」
銀河は、汗と金貨の匂いが染み付いたリーザの体を、優しく受け止めた。
(……僕の計算では、数万リルの肉で彼女を飼い慣らすはずだったんだけどな)
銀河は、目の前の常軌を逸した金貨の山を見上げて、小さく苦笑した。
数万リルどころか、数百億リル。
僕が教えた『資本主義の毒』を、彼女は一瞬で飲み込み、自分の血肉に変え、圧倒的な強欲さで世界をねじ伏せてみせたのだ。
依存でもなく、自己犠牲でもない。
ひたすらに、ただひたすらに自分の欲求(生きること)に忠実な、生命力のバケモノ。
「でも、これで終わりじゃありませんからね!」
リーザは、銀河の首に腕を回し、その顔をぐっと近づけた。
瞳には、愛する男に向ける熱情と……それ以上の、巨大な『¥』マークがギラギラと輝いている。
「ダーリンは、私をこんな最高のステージに立たせちゃったんです! だから、責任とってくださいね?」
「……責任?」
「はいっ! 私、もっともっと大きなお城に住んで、毎日美味しいものを食べて、世界で一番の贅沢をするんです! だから……」
リーザは、チュッ、と銀河の頬に熱いキスを落とし、悪魔のように甘く囁いた。
「これからも、私にいっぱい貢いでね♡ ダーリン♡(銀河君)」
「…………」
愛の破壊者・星月銀河は、言葉を失った。
これまで、どんな女も自分の思い通りに心を壊し、精神的に支配してきた。
自分が「与える側」であり、相手は「すがる側」であるという、絶対的な優位性。
しかし、この貧乏神の少女は違う。彼女の欲求は底なしであり、銀河がどれだけ富を与えても、決して満たされて壊れることはない。
むしろ、銀河自身が、彼女の『果てしない強欲を満たすための財布』として、永遠に逃げられない契約を結ばされてしまったのだ。
「……あはは。あーあ、負けたな」
銀河の口から、心底可笑しそうな、晴れやかな笑い声がこぼれた。
ダイヤのように、心をへし折って支配する必要もない。
キャルルのように、僕の計算を狂わせて傷つくこともない。
ただ、僕が金を出し続ける限り、彼女のこの眩しいほどの『愛と強欲』は、絶対に壊れることなく僕の隣で輝き続けるのだ。
「やれやれ……。君の愛は、星の愛より高そうだ」
銀河は、呆れたように肩をすくめながらも、リーザの腰を強く抱き寄せた。
初めて財布の紐を握られた、哀れで幸せなサイコパスの敗北宣言。
ポポロ村の夜空に、黄金の輝きと、資本主義の鐘の音が鳴り響く。
特異点のバグたちは、確実に、少しずつ、彼の中にある「愛への絶望」を塗り替えていた。
「さあ……明日は、何のお肉を食べに行こうか。僕の、強欲なお姫様」




