EP 6
裏工作と、欲望のレッスン
「違うよリーザちゃん! ターンのキレが甘い! 観客席から飛んできた金貨を、空中で全回収するつもりで回るんだ!!」
「は、はいっ! ダーリン!!」
ポポロ村のはずれにある廃倉庫。
銀河の檄が飛ぶ中、リーザは滝のような汗を流しながら、軽快なステップとターンを繰り返していた。
村の差し押さえまで、残り五日。
銀河は【ネット通販】で現代地球の「最強アイドル育成マニュアル」と「ボイストレーニング機材」を大量に買い込み、リーザのプロデュースを文字通り『スパルタ』で進めていた。
「声が出てない! 腹から声を出すんだ! スーパーのタイムセールで、最後の一つの半額シール付き総菜を奪い取る時の、あの執念を歌に乗せて!!」
「アァァァァァーーッ!! 愛で生きていけるぅぅーーッ!!」
ビリビリと倉庫の窓ガラスが震えるほどの、凄まじいハイトーンボイス。
ただの歌ではない。彼女の歌声には、長年の極貧生活で培われた「生きるためのエネルギー(強欲)」が120%乗っている。
(……すごい。とんでもない吸収力だ)
銀河は、ストップウォッチを片手に、驚きを隠せなかった。
最初、「愛と笑顔を届けるように歌って」と指示した時は、学芸会以下のクオリティだった。しかし、「愛=金貨」としてイメージさせ、すべての振り付けを「硬貨を拾う動作」「札束を数える動作」に置き換えた瞬間、彼女の動きは一流のダンサーすら凌駕するキレを見せ始めたのだ。
「オッケー、そこまで! 完璧だよ、リーザちゃん」
「はぁっ、はぁっ……! やりました、ダーリン! 私、やりましたよ!」
銀河が【ネット通販】で買ったミネラルウォーター(あえて水道水に入れ替えてある。その方が彼女は安心するからだ)を差し出すと、リーザはそれを一気に飲み干し、満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ。君のその美しい強欲があれば、フェスの観客は全員、君のATMになるよ」
「ATM……なんだか分からないけど、最高に甘美な響きですね♡」
無邪気に笑うリーザの頭を撫でながら、銀河はふと、冷たい視線を倉庫の外――ルナミス帝国の帝都の方角へと向けた。
(さあ、表の準備は順調だ。次は『裏』の掃除といくか)
◆ ◆ ◆
同じ頃。
帝都にある『ガルダ商会』の豪奢な本部ビルでは、幹部ボルスが顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「どういうことだッ!! フェスの目玉である『魔法の巨大ステージセット』が届かないだと!?」
「も、申し訳ありません、ボルス様! 輸送中の馬車が、忽然と姿を消したのです! 襲われた形跡も、荷物を奪われた跡もありません。ただ、巨大なセットだけが『空間ごと削り取られた』ように消失しており……っ!」
報告する部下の言葉に、ボルスは爪を噛んだ。
空間ごと消失? そんな真似ができるのは、超一級の空間魔法使いだけだ。
「ええい、構わん! ステージは木組みで急造しろ! 我々には、莫大な金をつぎ込んで育てたトップアイドルグループ『輝く宝石』がいる! 彼女たちの美貌さえあれば、貴族どもはアホみたいに投資(投げ銭)をするはずだ!」
「そ、それが……ボルス様……っ」
別の部下が、青ざめた顔で数枚のビラを持って駆け込んできた。
「け、今朝から、帝都中の貴族の屋敷に、このような怪文書がバラ撒かれておりまして……っ!」
ボルスがそのビラをひったくるようにして見る。
そこには、極めて精巧な『写真(魔導写し絵)』がデカデカと載っていた。
ジェム・ガールズのメンバーたちが、楽屋で幻惑魔法を解き、ヒゲ面のドワーフのおっさんに戻ってタバコを吹かしている、決定的すぎる裏の顔が。
《スクープ! ガルダ商会のトップアイドル、中身は全員『おっさん』だった! 幻惑魔法の闇に迫る!》
「な、ななな……ッ! なんだこれはァァァッ!!?」
ボルスは泡を吹いて卒倒しかけた。
異世界の住人が知る由もない。これが、現代地球の『週刊誌のパパラッチ手法』と、『高性能隠しカメラ』によって暴かれた、完全なる社会規模のスキャンダルであることを。
「おのれ……一体誰だ! 誰が我が商会を邪魔しているというのだ!!」
ボルスの悲痛な叫びは、帝都の空に虚しく響き渡るだけだった。
◆ ◆ ◆
「ふふっ……あー、おかしい」
ポポロ村の空き家で。
銀河は、ネット通販の端末で『ドワーフのおっさんアイドルの炎上具合』を示すSNS(異世界情報網)のデータを見ながら、お腹を抱えて笑っていた。
彼の【無限収納】の中には、商会から丸ごと掠め取った巨大なステージセットがちゃっかり収まっている。
(武力で村を脅すなら、僕も武力で消し飛ばした。でも、法律と経済で戦うと言うなら、僕の【情報】と【チート】で、君の人生のすべてを社会的に抹殺してあげるよ、ボルスさん)
愛の破壊者は、極上のワイングラスを傾けながら、来るべきフェスの日を心待ちにしていた。
彼が鍛え上げた『貧乏神アイドル』が、借金まみれの村を熱狂の渦に巻き込み、敵の富を根こそぎ吸い尽くす、その痛快な瞬間を。




