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EP 2

地獄のモーニング・ルーティンと野良犬の死闘

翌朝、午前6時30分。

朝靄あさもやが立ち込めるポポロ村の広場に、軽快で、どこか気の抜けた笛の音が響き渡っていた。

「はいっ! 腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動〜! いっち、にっ、さーん、しっ!」

広場の中央。ツギハギだらけのジャージを着たリーザが、村の老人たちに混じって、キレッキレの動きで『ラジオ体操(的なもの)』をこなしていた。

そして、その隣。

「ごっ、ろくっ……ひちっ、はち……」

【ネット通販】で取り寄せた数万円の高級ブランドジャージに身を包んだ銀河が、虚ろな目で手足を動かしていた。

(……なんで僕は、朝っぱらから老人たちと一緒に、奇妙な踊りをさせられているんだろう)

銀河は、全く状況が理解できていなかった。

約束通り、朝6時半に広場へ行くと、リーザに「ほら、スタンプの時間が始まりますよ!」と首根っこを掴まれ、この謎の運動の列に放り込まれたのだ。

「甘いですよダーリン! 指先までピンと伸ばして! 血流を良くしないと、この後の『戦い』に響きますからね!」

「た、戦い……?」

体操が終わると、首から下げたカードにスタンプを押してもらったリーザが、ホクホク顔で戻ってきた。

「ふふふっ! これでスタンプ30個目! 努力の結晶、500リル(約500円)の図書カード・ゲットです! これは立派な『資産』ですからね、ダーリン♡」

(……たった500円。僕が昨日奢った肉の、百分の一の価値もない紙切れのために、こんな朝早くから……)

圧倒的な貧困を生き抜いてきた彼女の金銭感覚は、銀河の理解を遥かに超えていた。

だが、地獄のモーニング・ルーティンはこれで終わりではなかった。

「さあ! 体も温まったところで、朝ご飯の調達に行きますよ! ついてきてください!」

リーザは銀河の手を引き、広場から裏路地へと駆け出した。

着いた先は、村で唯一の大型スーパー『タローマート』の裏口。ゴミ箱が立ち並ぶ、薄暗く生臭い路地裏だった。

「……リーザちゃん。ここで、何をするの? 朝ご飯なら、僕がお金を出してカフェにでも――」

「しーっ! 黙って! 来ますよ……っ」

リーザが、殺し屋のような鋭い目つきでゴミ箱の影を睨む。

ギィィ、とスーパーの裏口のドアが開き、店員がドサリと大きなゴミ袋を放り投げて中へ戻っていった。

袋の中には、賞味期限が切れて『廃棄』となった弁当やパンが詰まっている。

「よしっ! 今日の獲物は『特製ハンバーグ弁当』! ダーリンの分も確保しますよぉぉッ!!」

リーザが歓喜の叫びを上げて飛び出そうとした、その瞬間。

路地裏の奥から、グルルル……と低く禍々しい唸り声が響いた。

現れたのは、ポポロ村の残飯を狙う凶暴な野良犬(というより、立派な牙を持つウルフ系の低級魔獣)の群れ、三匹。

「チッ……またお前たちですか。言っておきますけど、今日の私は『愛する男』を養わなきゃいけないんで、一歩も引きませんよ!!」

リーザは、その細い腕を構え、野良犬の群れへ向かって文字通り『特攻』を仕掛けた。

「ウォォォンッ!!」

「シャラァァァァッ!! そこをどけぇぇ!! それは私とダーリンの朝ご飯ですぅぅッ!!」

噛みつこうとする野良犬の顎を紙一重でかわし、延髄に手刀を叩き込み、ゴミ袋を漁る別の犬を蹴り飛ばす。

魔法もスキルも使っていない。ただ「飯を奪われると死ぬ」という極限の生存本能だけで、リーザは魔獣と互角以上の死闘を演じていた。

「…………」

壁際に隠れた銀河は、その地獄絵図を、完全に魂の抜けた顔で見つめていた。

(僕は……僕の無限収納には、今すぐ五つ星ホテルの朝食をデリバリーできるだけの金が入ってるんだ。……なのに、どうして、あのド底辺の争いを見せられてるんだ?)

数分後。

「ふしゅーっ……勝ち、ました……」

顔に犬の引っかき傷を作り、ジャージを泥だらけにしたリーザが、息も絶え絶えに銀河の元へ戻ってきた。

その両手には、潰れて中身が寄ってしまった『特製ハンバーグ弁当(半額シール付き)』が二つ、大切に抱えられている。

「はい、ダーリン。……温かくないし、ちょっと潰れちゃいましたけど、私の愛の結晶です♡」

銀河は、震える手でその潰れた弁当を受け取った。

近くの公園のダンボールの上に並んで座り、冷たいハンバーグを口に運ぶ。

パサパサの米と、ソースが偏った冷たい肉。

(……不味い。圧倒的に不味い。昨日のA5ランク和牛とは、天と地ほどの差がある。……なのに)

「美味しいですか!? 労働の後のご飯は最高ですよね!!」

隣で、顔に泥と血をつけながら、この世のすべての幸せを手に入れたような顔で弁当を掻き込む少女。

自分がどれだけ金を積んで豪勢な食事を与えようと、彼女のこの「サバイバルで得た飯」の輝きには、どうやっても勝てない気がした。

「……リーザちゃんは、すごいね」

銀河の口から、呆れとも、感嘆ともつかない本音がポロリとこぼれた。

彼がこれまで見下してきた「金で釣れる愚かな人間」とは、生命力の次元が違う。

弁当を綺麗に平らげたリーザは、口の周りにソースをつけたまま、ギラギラと欲望に燃える瞳で銀河を見つめた。

「ふぅー! ごちそうさまでした! ……でも」

リーザは、血の滲む泥だらけの笑顔で、銀河に顔を近づけた。

「銀河君。お腹、まだ空いてますよね? こんなの、ただの前菜ですから。これじゃあ全然、足りないですよね♡」

「……え?」

「さあ! 次はメインディッシュの調達に行きますよ! 今日はダーリンの『血と汗』を、限界まで搾り取らせてもらいますからね!!」

リーザにぐいっと腕を引っ張られ、立ち上がらされる銀河。

愛の破壊者・星月銀河の、資本主義の根底を揺るがす「地獄のデート」は、まだ始まったばかりだった。

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