第3章「強欲の歌姫と、資本主義の愛」
誤算のディナーと、貧乏神の標的
ジュゥゥゥゥゥッ……!!
ポポロ村のファミレス『ルナキン』の特別個室。
熱々に熱された鉄板の上で、分厚いA5ランク黒毛和牛のステーキが、暴力的なまでの脂の弾ける音と芳醇な香りを撒き散らしていた。
「あ、あぁぁぁ……っ! 脂が! お肉の脂が脳髄に直接語りかけてきますぅぅッ!!」
極貧人魚のリーザは、顔中を肉汁と涙と涎でぐしゃぐしゃにしながら、自分の顔より大きなステーキ肉を両手で掴み、猛然と齧り付いていた。
もはや人魚としての可憐さなど微塵もない。何日も飢えを凌いできた野犬のような、凄まじいまでの食い意地である。
「ゆっくり食べていいよ、リーザちゃん。お代わりならいくらでもあるからね」
その対面。
銀河は、アイスティーを優雅に傾けながら、聖母のように柔らかい微笑みを浮かべていた。
(……ダイヤさんの依存は、重くて退屈だ。キャルルさんの無償の愛は、僕の計算を狂わせるバグだった。なら、次は――)
銀河の冷めきった、ひどく歪んだ観察眼が、肉を貪るリーザを値踏みする。
(彼女の行動原理は、極めてシンプルだ。愛だの絆だのという不確かなものではなく、ただ『金と飯』。圧倒的な貧困から来る、生存本能としての強欲さ。……これなら、僕の得意分野だ)
銀河には【無限収納】と【ネット通販】というチートがある。資金は文字通り無限だ。
圧倒的な資本力で彼女の胃袋と生活水準を極限まで引き上げ、僕の金なしでは生きていけない体にする。そうすれば、彼女は一生、僕という絶対的なパトロン(ATM)に縋り付いて生きていくことになる。
「銀河、くぅん……っ!」
二枚目のステーキを平らげたリーザが、油まみれの手を胸の前で組み、目を星のようにキラキラと輝かせて銀河を見つめた。
「どうして、こんなに良くしてくれるんですかぁ? 私、パンの耳と川のメダカしか食べてこなかったのに……こんな贅沢、バチが当たっちゃうかも……っ」
(よし、食いついた。ここで『君の笑顔が見たかったから』とでも言えば、完璧だ)
銀河は少しだけ伏し目がちに、憂いを帯びた表情を作った。
「僕、親に捨てられてから……誰かと一緒に、こうやって美味しいご飯を食べたことがなかったんだ。だから、リーザちゃんが美味しそうに食べてくれるのが、本当に嬉しくて。……迷惑、だったかな?」
「め、迷惑なわけないじゃないですかぁぁッ!!」
ガタンッ! と椅子を蹴り飛ばし、リーザがテーブル越しに身を乗り出してきた。
その瞳には、かつてないほどの熱烈な『愛(物理)』が燃え盛っている。
「銀河君! 貴方は神様です! いや、私のダーリンですっ♡ これからは、私がずーっと銀河君のそばにいてあげますからね!」
「……ふふっ。嬉しいな」
(あはっ。チョロい、チョロすぎる。たかが数万円の肉で、あっさりと僕の所有物に成り下がった。やはり人間なんて、金と欲で簡単に支配できる、単純で愚かな生き物だ)
銀河は内心で高笑いしながら、彼女の濡れた髪を優しく撫でた。
完璧な計算。完璧な支配の完了。銀河は、自分が再び「すべてを掌握する神」の座に戻ったことを確信し、満ち足りた虚無感に浸っていた。
「あ、そうだ! 銀河君!」
食後のデザート(高級メロンパフェ)をかき込みながら、リーザが思い出したようにポンと手を打った。
「これだけご馳走になっちゃったら、私からも『お返し』しなきゃバチが当たりますよね! 明日、私とデートに行きましょう!」
「えっ? デート?」
予想外の提案に、銀河は目をパチクリとさせた。
(デート? ……ああ、なるほど。僕に恩を売って、さらに自分を高く売り込もうというわけか。いいだろう、その浅ましい努力も可愛いものだ)
「うん、いいよ。どこに行くの? 綺麗な景色が見える場所?」
「ふふふっ、それは明日のお楽しみです♡」
リーザはウィンクをして、ビシッと銀河を指差した。
「明日は朝6時半に、広場の時計台前に集合ね! あ、服は汚れてもいい、動きやすいジャージとかで来てくださいね! 絶対ですよ、ダーリン♡」
「……ジャージ?」
銀河は微かに眉をひそめた。
デートで、朝の6時半? しかも汚れてもいい服?
ピクニックか何かだろうか。まあいい、彼女がどんな安っぽいデートプランを用意しようと、僕が圧倒的な財力でエスコートして、さらに彼女の自尊心をひれ伏させてやるだけだ。
「わかった。楽しみにしてるよ、リーザちゃん」
銀河は余裕の笑みを浮かべ、甘い紅茶を飲み干した。
――だが。
哀れな愛の破壊者は、この時、決定的な計算違いをしていた。
彼が【ネット通販】というチートで「金」を得たのと同じように。
リーザという少女もまた、この過酷な異世界のアナスタシアにおいて、常軌を逸した貧困を生き抜いてきた【本物のサバイバー(貧乏神)】であるということを。
圧倒的な資本主義の暴力と、底辺を這いずるドケチの執念。
ポポロ村の静かな夜明けとともに、星月銀河の「完璧なサイコパス・ライフ」を物理的に粉砕する、地獄のモーニング・ルーティンが幕を開けようとしていた。




