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EP 7

無償の愛の証明

『天魔窟』の最深部。

そこは、地獄を煮詰め、硫黄と血の臭いをぶちまけたような地獄絵図だった。

「――ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」

暗闇の中で、荒い呼吸音が響く。

そこには、全身を焦がし、返り血と自分の血で泥まみれになったキャルルが立っていた。

愛用のダブルトンファーはボロボロに欠け、特注の強化靴も片方が砕けている。それでも、彼女の瞳だけは、暗闇の中でらんらんと金色に輝いていた。

その正面。三つの巨大な首を持つ、漆黒の魔犬『ケルベロス』が、低い唸り声を上げている。

周囲の岩壁はケルベロスの吐いた業火で赤く溶け、溶岩のように滴っていた。

(……馬鹿だ。本当に、救いようのない馬鹿だ)

岩陰に潜み、銀河は冷や汗を流しながらその光景を【鑑定】していた。

キャルルのHPは残り一割を切っている。骨は数箇所折れ、内臓も焼かれているはずだ。普通なら、立っていることすら奇跡に近い。

(なぜそこまでやる? 僕を依存させるためか? 恩を売って、僕を一生縛り付けるためか? ……いや、違う。彼女の瞳には、そんな濁った『計算』なんて一欠片もない)

銀河は、自分の指先が微かに震えていることに気づいた。

理解できない。

ダイヤのように「自分を守ってくれる神」に縋る愛なら知っている。

ギデオンのように「自分の所有物」を支配する愛なら知っている。

だが、このウサギの少女が体現しているものは、銀河の知るどの『愛』の定義にも当てはまらなかった。

その時、ケルベロスの三つの首が、一斉に大きく口を開いた。

標的は、満身創痍のキャルル――ではない。

魔犬の鋭い嗅覚が、岩陰に潜む『異物(銀河)』の存在を、正確に捉えていた。

「――っ! しまった!」

銀河が身を隠す岩場に向けて、三つの頭から同時に、すべてを灰にする極大の火炎放射が放たれた。

回避は不可能。直撃すれば、アマテラスの加護があるとはいえ、ただでは済まない。

だが。

「させない……っ!!」

音を置き去りにした紫電の閃光が、銀河の視界を横切った。

ボロボロの体で、キャルルがマッハの速度で銀河の前に割り込んだのだ。

ドォォォォォンッ!!

爆発的な衝撃波と、皮膚が焼ける嫌な臭いが辺りに充満する。

キャルルは、銀河を庇うように両腕を広げ、ケルベロスの業火をその身で直接、真正面から受け止めた。

「が、はっ……あ、あああああッ!!」

「キャルルさん……!?」

銀河が岩陰から飛び出し、背後から彼女の体を支える。

キャルルの背中は無惨に焼け爛れ、白い煙が上がっていた。あまりの激痛に、彼女の意識は混濁し、膝がガクガクと折れそうになる。

「な、なんで……! なんで君は、僕のために……っ。僕を助けても、君には何のメリットもないんだよ!? 僕が君を愛する保証なんて、どこにもないんだよ!?」

銀河の声が、初めて震えていた。

計算が合わない。論理が通らない。

パニックに陥った銀河が叫ぶ中、キャルルは血を吐きながらも、微かに、けれど力強く笑った。

「メリット、とか……保証、なんて……関係ないよ……」

キャルルは、震える手で銀河の頬に触れた。その手は熱く、血に濡れていた。

「だって……私はポポロ村の村長だよ? 村長が、困ってる村人を守るのは、当たり前でしょ……!!」

「っ――――」

銀河の思考が、真っ白に塗り潰された。

村長だから。

たった、それだけの理由。

銀河が『ドジな少年』を演じたからでも、同情を引いたからでも、心理操作をしたからでもない。

彼女は、彼女自身の「信念(芯)」のために、銀河という存在そのものを、無条件で守ると言い切ったのだ。

(あ、ああ……。なんだよ、それ……)

銀河の胸の奥にある、冷え切った虚無。

「愛なんて条件付きのゴミだ」と決めつけていた鉄の防壁が、キャルルのあまりにも純粋で、暴力的なまでの『無償の愛』に直面し、激しく、脆く、音を立てて崩壊していく。

「……あ、あはは。……参ったな」

銀河は、うつむいたまま、喉の奥で乾いた笑いを漏らした。

キャルルを抱きしめる腕に、力がこもる。

「……君のそれは、本当にかっこ悪いよ。ズレてるし、乱暴だし、僕の計算をめちゃくちゃにする、最悪のバグだ」

銀河は、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳は、もはや『良い子』の演技でも、絶望した『虚無』でもなかった。

自分の大切な『所有物(向けられた愛)』を傷つけられたことへの、そして自分自身の価値観を破壊されたことへの、静かで、圧倒的な怒り。

「――でも、決めたよ」

銀河は、気絶しかけているキャルルを優しく地面に横たえた。

そして、前方のケルベロスを見据え、腰から神銃『ガイアリボルバー』を、淀みのない動作で引き抜く。

「消えろ。……それは(=彼女からの無償の愛は)、僕のものだろ」

銀河の周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍りつく。

アマテラスの息子としての、本物の『神の威光』が、その華奢な体から溢れ出していた。

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