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EP 5

噛み合わない愛のテストと、初めてのツッコミ

その日の夜。ポポロ村の広場は、空前の『エメラルド・アース・ドラゴン大宴会』の熱気に包まれていた。

「はい、銀河君! ドラゴンの希少部位、シャトーブリアンのステーキよ! 私がふーふーしてあげるわね。ふー、ふー……あーん」

「……あーん。美味しいです、ダイヤさん」

銀河は、ダイヤに口まで運んでもらった極厚のドラゴン肉を咀嚼しながら、遠い目をしていた。

隣の席では、極貧人魚のリーザが「お肉! タダのお肉! 脂が脳に直接ガツンと来ますぅぅ!」と涙を流しながら、自分の顔より大きな骨付き肉に齧り付いている。

(どうして、こうなったんだろう……)

村人たちは「さすが村長!」「これで今年の冬も越せるぜ!」と大はしゃぎだ。

銀河が仕掛けたはずの『同情を誘って心を支配する』という陰湿な悲劇のシナリオは、ドラゴンの莫大なカロリーと村のどんちゃん騒ぎによって、跡形もなく消し飛んでいた。

「銀河君! お肉、美味しい!? 足りてる!?」

そこへ、顔の血汚れだけを適当に洗い落としたキャルルが、満面の笑みでジョッキ(中身はハーブティー)を片手にやってきた。

(……ここだ。ここで軌道修正するんだ)

銀河は、深呼吸をして気を取り直した。

相手は脳筋だが、責任感の強いお人好しだ。論理的に、かつ『健気な少年』を演じて諭せば、必ず僕のペース(共依存関係)に引きずり込めるはず。

銀河は立ち上がり、困ったような、けれど精一杯の感謝を込めた『完璧な良い子』の顔を作った。

「うん……キャルルさん。君が僕のために、こんなに頑張ってくれたのは、すごく嬉しかった」

「ほんと!? よかったぁ!」

「でもね……」

銀河は少しだけ眉を下げ、上目遣いでキャルルを見つめた。

「流石に、ドラゴンは限度があると思うんだ。……僕のために、キャルルさんが怪我でもしたら、僕、自分のこと許せなくなるから」

相手を心配する、健気で優しい言葉。

普通のヒロインならここで「銀河君……私のこと、そんなに心配してくれて……っ」と胸を打たれ、ホロリと涙を流す確定演出だ。

キャルルは、ハッと息を呑み、そのウサギ耳をピーンと立てた。

「えっ……? ドラゴンじゃ、ダメだった……?」

(よし、伝わった。ここで彼女に『やりすぎた』という罪悪感を抱かせて、精神的優位に――)

「そっか! そうだよね!!」

キャルルが、ポンッ! と手のひらを拳で叩いた。

「ドラゴンのお肉じゃ、銀河君の『親に捨てられた深い心の傷』を埋めるには足りなかったんだね! ごめんね、私ったら村長なのに配慮が足りなくて!」

「…………え?」

銀河の笑顔が、ピシリと固まった。

「普通のドラゴンじゃ、生命力が足りないんだ! もっとこう、生きるエネルギーに満ち溢れた、最強の魔獣のお肉じゃないと、銀河君の虚無感は癒やせないよね!」

「いや、キャルルさん? 僕の話、聞いて――」

「わかった! じゃあ次は、もっと強くて栄養満点な『ケルベロス』を狩ってくるね!! 任せて!!」

キャルルは、夜空の月に向かってビシッとサムズアップを決めた。

その瞳には、村長としての責任感と、銀河への純度1000%のズレた無償の愛が燃えたぎっている。

「違うがな」

気がつけば。

星月銀河の口から、演技でも計算でもない、心の底からのド直球のツッコミが漏れ出ていた。

だが、その声が届くより早く。

キャルルは「待っててねー!」という言葉を残し、再びマッハ1の速度で夜の森の奥深く――凶悪な魔獣が巣食うという『天魔窟』の方向へと、弾丸のように飛び去っていってしまった。

「あ、ちょっと……ッ!」

銀河が手を伸ばした先には、彼女が巻き起こした突風で舞い散る木の葉だけが残されていた。

「ケルベロス……ケルベロスって、あの、口が三つある厄災クラスの魔獣ですよね!? さすがの村長でも、単独じゃ死んじゃうかもしれないのに……っ」

隣で肉を貪っていたリーザが、青ざめた顔で呟く。

「……っ」

銀河は、伸ばした手をゆっくりと下ろした。

心臓が、妙なリズムで跳ねている。

(勝手に死ねばいい。……僕の言うことも聞かずに暴走したんだ。あんなの、僕が求めてる『愛』じゃない。ただのバカだ)

銀河は心の中で、必死に冷徹な自分を保とうと理屈を並べ立てる。

これまでは、どんな女も自分の思い通りに動かしてきた。ダイヤも、あのギデオンでさえも。

なのに、あのウサギ耳の村長だけは、僕の言葉を一つも正しく受け取らない。

(ほっとけばいいんだ。僕には関係ない)

そう念じて、銀河は再び椅子に座り直した。

しかし。

「銀河君? どうしたの、顔が怖い……お肉、冷めちゃうわよ?」

ダイヤに心配そうに覗き込まれても。

目の前の極上のドラゴンステーキの匂いも。

今の銀河には、まったく意識に入ってこなかった。

僕が欲しいのは、依存という鎖で繋がれた、絶対に壊れない安全な愛のはずなのに。

なぜ、見返りも求めず、僕のトラウマのために命を懸けにいくあの背中が、こんなにも目障りで、焦燥感を煽るのだろうか。

アナスタシア世界に降り立って初めて。

愛の破壊者・星月銀河の『絶対的な計算』に、修復不可能なエラーが発生していた。

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