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EP 4

想定外のデリバリー

翌朝。

ポポロ村の朝は早い。農家たちが畑に出る活気ある声が、窓越しに聞こえてくる。

「銀河君、ハーブティーが入ったわ。熱いから気をつけてね」

「ありがとう、ダイヤさん」

銀河はダイヤからティーカップを受け取り、一口すする。

ダイヤは銀河の足元にぺたんと座り込み、うっとりとした顔で彼の膝に頬を擦り寄せていた。完全に飼い慣らされた、従順な大型犬のようだ。

(……時刻は朝の8時。そろそろかな)

銀河は、カップ越しに玄関の扉を見つめた。

昨日の夕暮れ、公園でキャルルを激しく拒絶した。責任感が強く、お人好しな彼女のことだ。一晩中悩み抜き、きっと今朝あたり、腫れ物に触るような態度で様子を見に来るはずだ。

(ノックの音は、きっと控えめだ。僕はドアを開けて、ひどく傷ついた、けれど無理をして笑っている顔を見せる。そうすれば彼女の胸は激しく痛み、僕への同情は決定的なものになる)

銀河は、自らの脳内で組み上げた完璧な『悲劇のシナリオ』に酔いしれていた。

人間の感情なんて、少しのスパイスとタイミングでどうにでもなる。神様が作ったこの世界で、僕の計算を狂わせるものなんて存在しないのだから。

――そう、確信していた、次の瞬間だった。

ズゥゥゥゥゥンッ!!

突如、村全体を揺るがすような局地的な地震が起きた。

「ひゃあっ!?」

ダイヤが驚いて銀河の足にしがみつく。

銀河もまた、ティーカップのお茶を少しだけこぼしそうになり、微かに眉をひそめた。

(地震? いや、地鳴りのような……何か巨大な質量が、地面に叩きつけられたような音だ)

ドスッ、ドスッ、という重い足音が、家の前に近づいてくる。

そして。

「銀河くぅぅぅぅぅんッ!!」

バンッ!! と、控えめどころか蝶番ちょうつがいが吹き飛ぶほどの勢いで、玄関の扉が開け放たれた。

「……え?」

銀河は、完璧に用意していた『無理して笑う傷ついた少年』の顔を作るのを、完全に忘れた。

ただ、目を丸くして、扉の向こうの光景を呆然と見つめることしかできなかった。

「おはよう、銀河君! すっごく美味しいご飯、持ってきたよおおお!!」

朝日を背にして立っていたのは、ポポロ村の村長、キャルル。

満面の、一点の曇りもないニカッとした笑顔。

ただし――その顔も、服も、ウサギの耳も。

頭のてっぺんから足の先まで、ドス黒い『返り血』でべっとりと染まっていた。

「キャ……ルル、さん……?」

銀河の口から、素の、ひどく間の抜けた声が漏れる。

「じゃじゃーん! 見て見て!」

キャルルが一歩退いて、自分の背後を指差した。

そこにあったのは、家の屋根よりも高い、緑色の鱗に覆われた小山だった。

いや、小山ではない。それは、首の骨を無残にへし折られ、白目を剥いて絶命している、体長三十メートルを超えるS級魔獣――『エメラルド・アース・ドラゴン』の死骸だった。

キャルルは、そのドラゴンの太い尻尾を片手で掴み、霊峰の山頂からここまで、一晩中マッハの速度で『引きずって』きたのだ。村のメインストリートには、ドラゴンが引きずられたことによる深いクレバス(地割れ)が一直線に刻まれていた。

「お、おい村長! なんだそのバカでかい死体は! 道がえらいことになってるぞ!」

「ひぃぃっ! 村長が血まみれぇ!」

周囲には、騒ぎを聞きつけた村人たちやリーザが、パニックを起こして集まってきている。

しかし、キャルルは周囲の騒ぎなど全く気にする様子もなく、血に染まった顔で銀河の前に歩み寄り、ドンッ! と自分の胸を叩いた。

「これね、お肉がすっごく柔らかくて、精力がつくんだよ! 栄養満点なの! これを腹一杯食べれば、過去の辛いこととか、心の傷なんて、全部ポーンって吹き飛ぶからね!!」

「…………」

銀河の思考回路が、完全に停止ブルー・スクリーンした。

(……は? 栄養? ドラゴン? え、僕の過去のトラウマを、コイツは『肉』で解決しようとしているのか?)

銀河のこれまでの人生で、こんな不条理は存在しなかった。

『影響力の武器』にも、『才能ある子のドラマ』にも、『愛するということ』にも。心理学や哲学のどのページを探しても、「悲しみを抱えた少年に、血まみれでドラゴンの死体をプレゼントする」などという解決策は載っていない。

「さあ! 今から解体して、特大のステーキにしてあげるからね! 銀河君はいっぱい食べて、いっぱい寝て、元気になってね!」

キラキラと星のように輝く純粋な瞳で、キャルルが銀河の手を握る。

その手はドラゴンの血でベタベタだったが、彼女から放たれる圧倒的な『善意』と『愛情』の熱量に、銀河は思わずたじろいだ。

「あ……えっと……」

常に相手の心理を読み、優越感に浸りながら言葉を紡いできた神の申し子。

そんな彼が、アナスタシア世界に降り立って初めて、引きつった笑顔を浮かべながら、ひどく凡庸な言葉を口にした。

「……ハハハ。ありがとう、と言うべき……なのかな?」

「うんっ! どういたしまして!!」

キャルルのウサギ耳が、嬉しそうにパタパタと揺れた。

ダイヤに仕掛けた心理操作は、完璧に機能した。

ギデオンに仕掛けた罠も、完璧だった。

だが、この脳筋ヤンデレ村長には――銀河の用意した『繊細な心のパズル』など、物理的質量ドラゴンによって盤面ごと粉砕される運命にあったのだ。

「よーし! それじゃあ村のみんなも手伝って! 今夜はドラゴン肉の大宴会だよー!」

「「「おおおおーっ!!」」」

お祭り騒ぎに沸く村人たちをよそに。

銀河は、血まみれのキャルルと、家の前に転がる巨大なドラゴンの死体を交互に見つめながら、かつてない頭痛にこめかみを押さえるのだった。

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