EP 3
村長の思考回路(バグの発生)
『同情で優しくしないで。嘘つきの愛なら、最初からいらないんだ』
夜。ポポロ村の村長宅。
自室のベッドの上で、キャルルは人参の抱き枕をギュッと抱きしめながら、夕暮れの公園で銀河が放った拒絶の言葉を何度もリフレインさせていた。
「銀河君……」
彼が背負っていた、親に捨てられたという過酷な過去。
いつでもニカッと笑って見せていた彼の奥底に、あんなにも深く、冷たい傷が隠されていたなんて、キャルルは全く気づけなかった。
(私が「ドジだね」って笑うたびに、彼は「欠陥品だから捨てられた」っていう過去を思い出して、痛みを堪えてたんだ……っ。なんて可哀想な……っ!)
ギュゥゥッ、と人参抱き枕がきしむ音を立てる。
キャルルの胸の奥で、村長としての責任感と、月兎族特有の『群れの弱者を守らねば』という強烈な保護本能(ヤンデレの萌芽)が、マグマのようにグツグツと煮えたぎっていた。
「どうすればいいの……。どうすれば、彼の心を救えるの?」
言葉で説得する?
ダメだ。『嘘つきの愛』と拒絶されたばかりだ。今の彼にどんな優しい言葉をかけても、空回りするだけだろう。
ずっと寄り添う?
いや、それでは遅い。彼のあの今にも消えそうな虚ろな瞳を思い出すと、一刻も早く、強烈な【愛情】を実感させなければ、彼が壊れてしまう気がした。
(人間不信……親からの愛情不足……虚無感……)
キャルルは、かつてレオンハート獣人王国の近衛騎士隊長候補だった頃の経験と、野生の勘をフル回転させた。
そして、彼女の脳内で、とある結論が導き出された。
「……そうか。わかった!!」
ガバッ! とベッドから跳ね起きたキャルルのウサギ耳が、ピンッ! と天井を突くほど垂直に立ち上がった。
彼女の瞳には、一切の迷いがない、澄み切った確信の光が宿っていた。
「心が弱っているのは、体が弱っているからだ! 親に捨てられて、これまで満足に美味しいものを食べてこなかったに違いない!」
野生の獣人族にとって、世界は極めてシンプルである。
狩りの強さこそが群れを養う力であり、最高級の獲物を与えることこそが、最大級の求愛(愛情表現)なのだ。
「愛情不足なら、最高級の栄養を腹一杯食わせれば治る! 心の隙間は、美味い肉で埋める!!」
キャルルは、壁に立てかけてあった愛用の『ダブルトンファー』を両手に構えた。
さらに、足元には【雷竜石】が仕込まれた特注の強化靴を履く。
窓の外を見上げれば、見事な満月が夜空に輝いていた。月兎族の力が無限に湧き上がり、全身の細胞がハイテンションな戦闘モードへと切り替わるのを感じる。
「ただの肉じゃダメだ。ロックバイソンやトライバードなんかじゃ、彼の凍った心を溶かすほどの『愛』は伝わらない。……もっと、強くて、デカくて、生命力に溢れた超・高級食材じゃなきゃ!」
キャルルの頭の中に、ポポロ村の近隣にそびえる霊峰の頂――そこに巣食う、生態系の頂点であるS級魔獣の姿が浮かんだ。
「待っててね、銀河君! 私がポポロ村の村長として、絶っ対に君を笑顔にしてみせるんだから!!」
バァンッ!!
村長宅の窓が勢いよく開き、キャルルは満月の光を背に受けて、夜の空へと弾丸のように飛び出していった。
そのスピード、実にマッハ1。音を置き去りにした猛ダッシュによる衝撃波で、窓ガラスがビリビリと震える。
「ふぁぁ……村長ぉ、夜食の買い出しですかぁ?」
隣の部屋から、寝ぼけ眼のリーザがパンの耳をかじりながら顔を出したが、すでにキャルルの姿ははるか彼方の星屑となっていた。
◆ ◆ ◆
同じ頃。銀河とダイヤの家。
ふかふかのベッドの中でダイヤを抱きしめながら、銀河は静かにほくそ笑んでいた。
(……そろそろ、キャルルさんは僕の過去に同情して、眠れない夜を過ごしている頃だろうな)
銀河の脳内では、完璧なシミュレーションが完了していた。
明日、キャルルはきっと、腫れ物に触るような態度で僕に優しく声をかけてくる。僕はそれを何度も拒絶し、彼女の罪悪感と使命感を煽り続ける。
そして彼女が精神的に疲弊しきった絶妙のタイミングで、ほんの少しだけ甘えてみせるのだ。
そうすれば、彼女はダイヤのように、僕の鎖に繋がれた従順な人形になる。
(完璧だ。人間の感情なんて、所詮は簡単なパズルのようなものだよ)
銀河は、翌日に自分が仕掛ける残酷なゲームの続きを楽しみにしながら、ゆっくりと目を閉じた。
自らの緻密な計算が、明日、マッハの速度で飛来する『物理的なドラゴン』によって、盤面ごと木端微塵に粉砕されることなど、神に愛された彼ですら知る由もなかった。




