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第二章 月明かりの雷神

特異点の食卓と、新たな標的

ポポロ村のメインストリートに鎮座する、24時間営業のファミレス『ルナキン・ポポロ支店』。

昼下がりの店内は、近隣の農家や冒険者たちの喧騒に包まれていた。

「はい、銀河君。あーん……」

「あーん……。美味しいです、ダイヤさん」

窓際のボックス席。

ルナミス帝国が誇る魔導スナイパーにして、かつて『紅蓮の戦乙女』と恐れられたダイヤ・マーキスは、スプーンに乗せたオムライスを、銀河の口へと甲斐甲斐しく運んでいた。

彼女はもう、重いクリムゾンアーマーを着ていない。

銀河が『ネット通販』で買い与えた、パステルカラーの柔らかいワンピースに身を包み、その瞳はただひたすらに、目の前でオムライスを頬張る美しい少年の唇だけを熱っぽく見つめている。

「ふふっ。ケチャップ、ついてるわよ」

ダイヤは愛おしそうに目を細め、自分の親指で銀河の口元を拭い、その指を躊躇いなく自分の口に含んだ。

戦場を駆け抜けた女の誇りは、そこには一欠片もない。ただ、銀河という『神』に仕え、彼を世話することだけに己の全存在を懸ける、幸福な狂信者がそこにいるだけだった。

「ごちそうさまでした、ダイヤさん。ダイヤさんが食べさせてくれると、すごく美味しいです」

「ええ……っ! また夜も、私が君の好きなものを作って……あっ、いえ、君に食べさせてもらうわね」

銀河の純朴な笑顔に、ダイヤはうっとりと頬を染めて身悶えする。

そんな二人の向かいの席で、ずずずぅっ、と下品な音が響いた。

「ぷはぁっ! メロンソーダとコーラとオレンジジュースを3:3:4で割った『特製無限カロリーエルフ水』! ドリンクバー最高ぉ!」

極貧人魚のリーザが、無料のドリンクバーで錬成した謎の液体を飲み干し、至福の表情を浮かべていた。

そして、その隣。

「もー、リーザちゃん。お腹壊すよ? ちゃんとサラダバーの野菜も食べなきゃ」

呆れたように言いながら、人参サラダを山盛りにした皿をつついているのは、ラフな格好をした兎耳の少女――ポポロ村村長のキャルルだった。

(……キャルルさん、か)

銀河は、ニコニコと微笑んだまま、キャルルの横顔を観察していた。

【鑑定】によれば、彼女はこの空間で誰よりも強い。マッハ1の速度で顎を粉砕し、致命傷すら全回復させる理不尽なまでの武力と治癒力。

そして何より、精神的に完全に自立している。ダイヤのような過去のトラウマもなく、村長としての確固たる責任感で生きている女だ。

(ダイヤさんは、あっという間に壊れちゃった。僕なしじゃ生きられない、従順で退屈な人形にね)

銀河の心の奥底に広がる、底なしの暗い穴。

満たされない虚無感が、チリチリと音を立てて彼の衝動を突き動かす。

(ねえ、村長さん。君みたいに強くて、明るくて、優しい女の子は……僕の『弱さ』を見たら、どんな顔で僕に依存してくれるのかな?)

銀河は、テーブルの上に置かれていた自分のアイスティーのグラスに、さりげなく手を伸ばした。

そして、わざとらしく、しかし誰の目にも自然な「不注意」として――グラスの端を、指で引っ掛けた。

ガシャンッ!

「ああっ!」

グラスが倒れ、氷と琥珀色の液体がテーブルにぶちまけられる。

冷たいお茶が、銀河のズボンの裾を濡らした。

「ぎ、銀河君!? 大丈夫!? 濡れてない!?」

ダイヤが悲鳴を上げ、慌てて自分の服の袖で銀河のズボンを拭こうとする。

「ご、ごめんなさい……僕、またドジを……っ」

銀河はシュンと肩を落とし、今にも泣き出しそうな顔でうつむいた。

「もー、しょうがないなー!」

パンッ、と小気味良い音がした。

キャルルが立ち上がり、ドリンクバーのコーナーから大量の紙ナプキンとダスターを引っ掴んで、テキパキとテーブルのお茶を拭き始めたのだ。

「ダイヤちゃん、銀河君は子供じゃないんだから、そんなに過保護にしないの! ほら銀河君、ズボンは自分で拭く! 冷えちゃうよ!」

「あ……はいっ。ごめんなさい、村長さん……」

キャルルはダイヤの依存的なパニックとは違い、あくまで「世話の焼ける弟」を見るような、からりとした姉御肌の優しさでテーブルを片付けていく。

「謝らなくていいよ。怪我がなくてよかった。……銀河君って、ほんとに見かけによらずドジなんだから。私がちゃんと見ててあげないとね!」

キャルルはニカッと笑い、銀河の頭をポンポンと乱暴に撫でた。

「……っ」

頭を撫でられた瞬間、銀河はビクッと体を震わせ、少しだけ頬を赤らめて見せた。

「ありがとう、ございます……キャルルさん」

照れたように笑う、完璧な『弱くて可愛い少年』の顔。

だが、その前髪の奥に隠された瞳は、捕食対象の急所を見定めた蛇のように、恐ろしく冷ややかに淀んでいた。

(……よし。第一段階クリアだ)

君のその「私が面倒を見てあげなきゃ」という親切心。

それこそが、自立した強い人間を内側から食い破る、最悪のバグ(弱点)なんだよ。

(さあ、始めようか。君のその元気な笑顔が、僕への同情と罪悪感でぐちゃぐちゃに歪んでいくのを……特等席で見せてよ)

愛を試す化け物の視線が、ポポロ村の太陽に、真っ黒な影を落としていた。

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