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13.私を、攫ってくれませんか?

 儀式を終え、アンジェリカという名の自分を捨てたアンリは一度屋敷に戻ることにした。

 まるで戦地にでも行くような表情で、聖堂を出ようとしたアンリにミシェルはこう提案した。


「どうせ聖女になったのですから、そのまま舞踏会に行かないという選択肢もあるのでは?」


 その誘いは、アンリにとっては魅惑的な蜜の香りがした。

 だが、アンリが望んでいたのは生ぬるい、フェードアウトのような滑らかな終わりなどではない。

 かつて自分がされたような、たった一瞬で天国から地獄に突き落とされる……そんな衝撃を味わせることこそが、哀れなアンジェリカとしての自分の魂が、本当の意味で昇華されるのではないかとアンリは考えた。


「いいえ。私には、やらなくてはいけないことがあるのです」

「それは、あなた…………いや、君がそんな苦しい顔をしてまでやらねばならないことかい?」

「勿論です」


 即答以外、ありえなかった。

 手の微かな震えからは考えられないような、覚悟を秘めた瞳でアンリがミシェルを射抜くように見つめてからしばらくの間、ミシェルとアンリの呼吸音だけが室内に響き渡っていた。

 次第に、どちらからともなく、心臓の音まで聞こえ始めた。

 それが一体どちらのものだったのか……はたまた、どちらのものでもあったのか、その決着がつかないまま、次に口を開いたのはミシェルの方だった。


「僕にできることは?」

「え?」


 仮にも、教皇という立場に就いている人間からは出てこないような質問に、アンリは目を丸くする他なかった。


「私はともかく、教皇様がその…………そういうことを手伝ってもいいのですか?」

「そういうこと?」

「…………恨みを晴らすような、俗っぽいことです」

「そうだな……聖人聖女が人を陥れるような事は本来は許されることではない」

「ですよね」

 

 ミシェルは、このタイミングでは確かにアンリの予想通りの言葉を放った、はずだった。


「ただ」

「ただ?」


 ミシェルは人差し指を立てて口元に当てながら、まるでいたずらを仕掛ける子供のような表情をした。


「悪いことをしたら、お仕置きはしてもいいんだよ」

「お仕置き……?」

「僕たちはいわば、神の代理人。つまり、神が本来罰を与えなければいけない人間に、神の代わりに罰を下す事は許されるんだ」

「…………そんな話、聞いた事ないですわ」

「そうでしょうね。これは、僕の解釈だからね」

「教皇様の、解釈……?」

「でも…………正解に限りなく近いと思わない?」


 アンリは、その言葉の裏側にある、アンリにとってはありがたい意図に気づいた。

 その上で、あえて気づかないフリをした。

 それを言葉にして、この世界に放ってしまうことで、自分がこれからしようとしていることをわざと見逃そうとしてくれるミシェルに、悪いことが起きるのではないかと思ってしまったから。


「そうですわね。正解に限りなく近いと、私は思います」

「であれば、アンリ」

「はい」

「僕は、明日何をすれば……?」


 教皇自らが、自分の1回目と2回目の人生を賭けた最初で最後の復讐を手伝ってくれると言う。

 アンリがこの世で最も嫌悪する人間達が、おいそれと手を出すことができない存在が、だ。

 これを使わない手はないだろう。


「では、教皇様。1つお願いがあります」

「なんなりと」


 自分の思い通りになると本気で信じていた存在が、急に態度を変えた時。

 そんな存在が、自分たちよりずっと価値ある存在に認められた時。

 あの人間達がどれだけ醜い感情を抱き、みっともない姿を晒すのだろうか。

 アンリは、これこそがあの人間達への最も効果的な罰だと気づいてしまっていた。

 だから、アンリはミシェルに依頼することにした。


「私を、攫ってくれませんか?」

「攫う?」

「ええ。あいつらは、自分の所有物を何者かに掻っ攫われることを嫌悪する生き物なのです。まして、あいつらは私を自分たちより下に見ています。そんな人間をもし教皇様のような高貴な方が欲しがったとしたら……さぞ、醜く歪んだ顔を晒すことでしょう」

「……なるほど。分かった。君の言うとおりに動こう」

「感謝いたします」


 そうしてアンリは、自分が目指している復讐の形をミシェルに説明してから、今度は1人でミシェルが用意した馬車に揺られて戻った。

 それが、アンリが用意した復讐の序章だった。

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