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続きです。
みんなでだべって過ごして、そして夜が訪れる。
「はーあ、もう学校始まってるしあんま夜更かししたくないんだけどなぁ」
「まぁ別にいいじゃない。真夜中までやるってわけでもあるまいし」
既に会場に降りた私は、明日もある学校に思いを馳せながらさくらに文句を言っていた。
どらこちゃんはさっきまで食べていたお菓子の袋を抱えたまま、まるで家で映画干渉でもするかのように開始を待っていた。
みこちゃんはその隣で、真剣な面持ちで始まりを待っている。
「だんだんと人が集まってきたニャ……」
ゴローの言うように、既に会場には私たち以外のお客さんもちらほら。
ライブ開始まではもうしばらくあるけど、現段階でこのくらいの集まりなら始まる頃にはぎゅうぎゅうだろう。
やっぱりアイドルのファンだし、いわゆるオタクっぽい男の人ばっかりなのかなと思っていたけど、集まって来ている人たちは意外にも女の子が多い。
周りのざわめきに少し聞き耳を立ててみると、どうやらアリスはその音楽性が高く評価されているみたいだ。
身につけているグッズらしきものも、アリスそのものを前面に押し出している感じじゃなくて、イメージグッズというか……なんなら普通にアクセサリーとしてあってもおかしくないようなデザインのものだった。
でもしっかりアリスらしさは表れてるので、これがグッズだと分かる。
「……」
正直、アリスの活動には詳しくない。
ミラクルみたいにテレビで見られる人って感じではまだないし、日頃から音楽を聞くような感じでもない。
だけど会場の空気感が、始まりを待つどこかひりついた感覚が、胸を高鳴らせる。
最初は私が流されやすすぎるだけかとも思ったが、開始が近づくにつれ照明を映したさくらの瞳もステージの方を向いて期待に輝いているのを見て“私だけじゃない”と分かった。
人の密度が増していく。
ガヤガヤと、無数の声が狭い空間で無秩序にぶつかって、一塊の熱になる。
来る、始まる。
その予感になんだか緊張すらしてくる。
そして……。
「わ……」
バッと、一気に照明が落ちる。
辺りが真っ暗になって、隣にいるさくら以外の顔はもう判別できなくなってしまう。
そんな中、聞く。
みんなの興味の方向を、バラバラだった人々の心を一気に引き寄せる、この場においては支配的とも言える軽い足音を。
姿は見えないのに感じる。
張り詰めた空気を、まるで神聖なものかのように貫く存在感を。
「ふふ……」
マイクが、その姿の見えない“アイドル”のイタズラっぽい笑い声を拾う。
「やっほ! 今日は私のライブに来てくれて、みんなありがと!! 絶対最高の時間にするって約束するから! だから……この夜の全部をどうか、見逃さないで、ね?」
湧き上がる歓声。
それはまるで地響きのようだった。
最初はいきなりの加熱にびっくりしたけど、すぐにこの空間に心を鷲掴みにされて、心臓が疼いて、私も大きな声を出さないと我慢できなくなる。
「「うおおおおおおおッッッ!!」」
照明が消されてるせいか、会場のお客さんと自分の境目が無くなったようにすら感じられる。
そして、私たちの歓声に答えるように一気に眩しいくらいの光量がステージに立つ更に眩しいアリスを照らし出した。
同時に爆音で音楽が鳴り出し、このライブハウス全体を揺らす。
「おお……! さくら! ほら見て見て! アリスだよ!」
「そんなの見りゃ分かるっての! けど、あんたの気持ちもまぁ……分からなくはないわね」
会場の高まりに思わず、見てわかることをさくらの手を取って騒ぎ立ててしまう。
音楽に内臓を揺らされるまま、いや……さらに音楽に身を預けるために自らその場で跳ねて体を揺らした。
そこから時間は加速する。
弾け出るドーパミンが、視界で激しく動く照明とケミカルライトが、私をアリスに吸い込んでいく。
天井知らずに高まっていく熱に、叫び、汗をかき、涙すら溢れてくる。
そしてその熱を、鼓動の疼きを残したまま、ライブはあっという間に終わってしまった。
「終わっちゃっ、たぁ!」
「そうね」
さくらも自身のイメージがあるから表には出さないようにはしているが、その瞳が興奮に爛々と輝き潤んでいる。
私の後ろ辺りにいる女子高生は「アリスーーーッ!!」と叫びながら号泣していた。
嵐のように過ぎ去ったライブ。
脳はずっと「もっと欲しい!」を訴えているが、体の心地よい疲労感が「いや、ここまででいい!」と相反する主張をしている。
なんだか勢いのままさくらに抱きついちゃいそうだが、わりと冗談にならないレベルの汗をかいているのでぐっと堪えた。
「やば、私今日眠れないかも」
この興奮が、永遠に脳から抜けきらない気さえする。
瞼を閉じれば何度でもステージ上のアリスの姿が鮮明に浮かび上がった。
さくらと一緒に、いつの間にか少し離れた位置まで人に流されてしまっていたどらこちゃんとみこちゃんのところへ向かう。
どらこちゃんも汗をかいたのか額に髪が張り付いていて、みこちゃんに至ってはまだその瞳をステージの方に向けたまま半ば放心状態だった。
みんな体温が上がってるからか、頬が赤い。
ミラクルのような大きなステージとはまた違った盛り上がり方だった。
時間にして一時間あったかも分からない。
しかし最も濃密な時間だったかもしれない。
続きます。




